写真学科に行かなくてよかった。
ななしきくんのnoteが素晴らしい。
同時に、自分は写真学科に行かなくて本当に良かったと思う。
自分は理系の大学院卒で、大学で学んでいたのは機械工学。
修士論文は渦の方程式を解いていました。
その後リコーに就職するも、カメラ部門が無くなり退職。
27歳の時にbird and insectという写真・映像のプロダクションを立ち上げてやっと写真の道を歩み始めます。
結果として9年後の2023年に写真を仕事で撮ることは辞め、今は趣味で写真を楽しんでいます。
写真を仕事にすることを辞めたのは、生活を安定させるためです。
写真を自分のPRに使うと割り切って、1年で今後の一生分の生活を安定させるところまで来ました。
ずっとまともな生活が出来ず、仕事が忙しいかお金が無いかの二択で35年間生きてきた自分は、あまりにも余裕がなくて同棲していた彼女との結婚も諦めていました。
しかしふと「生活を安定させるのも良いかもしれない…」と思い、それまでの写真に対する思いを全部捨てて「自分をPRすることだけに写真を使う」と決めました。
商業写真も作品としての写真も辞め、ただ自分のために写真を撮る。
すると簡単に収入がそれまでの10倍くらいになり、1年で生活は驚くほど安定。
「これなら今後も生活出来る」と結婚に踏み切ることが出来、結果として仕事の取りやすい東京を離れることにも繋がり、人生が変わりました。
これって写真学科行ってたら出来てないと思うんですよね。
自分のことなので、写真学科に行ったら多分写真のことを捨てられなくなっていたと思います。
写真で何かをしなくては
写真を神聖なものとして扱わなければ
自分には写真しかない
自分の作品を汚したくない
そんな考えになっていたことが、自分の性格を考えると容易に想像出来ます。
その世界線の自分は、多分平和な生活はしていない。
日々写真のことを考え、写真の制作に明け暮れ、幸せに過ごしてしまっていたと思います。
代わりに生活を犠牲にして。
自分は今の生活に心から満足しています。
妻が無線教習から帰還した記念にマック買ってお花見しながら食べてます pic.twitter.com/r4SteZI4r0
— 🌲🌲 (@hayashiwithcats) April 18, 2025
しかしそれは写真を犠牲にしたことで得た生活です。
写真で何者かになるという夢を捨て、生活を取ったから今の自分がある。
自分には写真と生活を両立することは難しかった。
写真のことを考え始めたら生活は捨てたくなってしまうし、生活のことを考えながら写真のことを考えてもそれは優先順位で言うと2番手でしかない。
自分は極端な思考なので、2番手の優先順位では絶対に満足しません。
今でも毎日何回かは「この生活を捨てて写真をやるべきなんじゃないだろうか」と思います。
それはほんの一瞬ですが。
自分は今の生活に心から満足しています。
それがすごく幸せで、とてつもなく悔しい。
