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【完全版】なぜ働くことと読書が切り分けられるのか

電子書籍にもなりました!!お好きなフォーマットで!!!


今日も働く、人類へ -野崎まど『タイタン』帯文より


本を読めないことは流行っている

はじめに

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆、集英社新書、2024、以下なぜ働)は、新書大賞2025受賞、2024年 年間ベストセラー1位(新書ノンフィクション/日販・トーハン・オリコン調べ)、第2回書店員が選ぶノンフィクション大賞2024 受賞、紀伊國屋じんぶん大賞2025 3位、キノベス!2025 5位という華々しい成績を残し、今もなお三宅の他の著書と合わせて書店では平置き・面陳されている。同書について以前、『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む』(かまど・みくのしん、大和書房、2024、以下はじ読)と合わせて「本が読めない」とは何か、読めなさについてどう対応するか、という内容で記事を一つ執筆した。

読者(となりうる人々)が本を様々な理由で読めないことについて、個人的な苦手意識や思考の癖から語られているのが『はじ読』であり、社会的・環境的な一因として労働という側面から整理したのが『なぜ働』である。習慣的に読書をする人は、前者における読めないという悩みはもしかすると努力不足や興味のなさとして処理してしまうかもしれない。逆に、読書を特殊なものと捉えている人は、後者における読めないという悩みは、その必要性自体がわからないと捉えるかもしれない。「本を読まない/読めない」と一口で述べられるとしても、そこには様々な理由が隠れている。

人々が本を読めないと悩むとき、『はじ読』が示唆するように個人の生来的な癖や経験的な苦手意識によって阻害されているのかもしれないし、『なぜ働』が述べるように社会の構造や思想の潮流によってリソースを割きにくい環境になっているのかもしれない。

上記記事より

2冊の重なるところ、異なるところを踏まえ、結びは次のようにした。

『はじ読』のように、みくのしんのように自分の尺度でゆっくりじっくりと、かまどのようなサポートをしてくれるツールやサービスを活用して読み進めてよいという安心を確保すること。『なぜ働』の三宅の主張のように、全身全霊で働いて何かを生産し続けることに体力や時間を捧げなくてもよい、ほどほどに働いて本を読めるような日々を社会で目指すこと。何かに追われながら読むのではなく、自分の時間で本が読めるようになること。きれいごとだが、今のところの目標であり、「本を読めない」という流行病への対処法なのだ。

上記記事結び より

2つの「本を読めない」への対処について言い換えると、『はじ読』は、読書は本と自分という一対一関係をベースに、身一つで孤独に行うことではなく、サポートする外部があってよいことを示している。ここには、読書ツールや図書館等のサービスのみならず、本をすべて読み通さなくてもよいタイプの読書会や、作者や本を先んじて読んだ人が本について語るトークイベント、動画や音声媒体での解説や感想といったものも含まれるだろう。一方『なぜ働』は、読書それ自体に割けるリソースが過度な労働によって削られていることから、労働へ明け渡すリソース自体を小さくした方がよいことを示している。あわせてテクニカルに短時間で読書をする方法を紹介しつつ、仕事を整理し過剰にならないようコントロールするか、というライフハック的な要素も読み込めるようになっている。

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