"普通"が嫌いだった私が、一番"普通"に縛られていた。
こんばんは、ぺくです。
対話やインタビューを通して、
楽しみながら自分を知り、
自分のストーリーを捉え直す
時間を届けています。
今日は、
日常でぶつかった違和感から、
自分を見つめ直す
きっかけをもらった話です。
「普通」という言葉が、私は苦手です。
その言葉ひとつで
“何か”を押し付けてくるような気がして。
人それぞれ「違う」ことが当たり前で、
そこに本来は「正解」も「不正解」もありません。
身を置く環境が変われば、
“常識”だって変わります。
それなのに…
「普通」という言葉は、
「違いがある」や「常識が違う」という
余地を与えてくれないように感じる。
その窮屈さが、私は苦手なのです。
「普通」が苦手になったのは、
海外で働くようになってからでした。
自分の“当たり前”は、
誰かの“当たり前”ではない。
そんな場面を何度も経験したことで、
「普通」という言葉に、
息苦しさを感じるようになりました。
▼詳しくは、過去記事に譲ります
先日、
職場で他の方から
テキストで意見をもらいました。
そのとき、
意見の最後についていた言葉が
ってか、それが“普通”だと思います。
だったんです。
カッチーン。
正直、かなり頭に来ました。
言われたこと自体は、ごもっともでした。
私自身に非がないと言うつもりはない。
それでも、
私は怒りを抑えられませんでした。
幸か不幸か、
その日はとても忙しい日でした。
次から次へと、タスクがやってきます。
とてもじゃないけど、
争う時間も、気力も…ない。
どうにかぐっと我慢して、
「仕事を早く終わらせる」ことだけに
意識を向けて注意を逸らすことで、
その場はどうにかしのぎましたが、
夜になっても、モヤモヤは消えません。
その日の出来事を
ノートに書き出しながら、
改めて、思い返してみたんです。
「カッチーン」は、
いったい、どこからやってきたんだろう、と。
最初に出てきたのは、
ひとこと、余計なんだよなぁ。
でした。
もちろん、
注意や指摘自体も、
正直嬉しいものではないし、
めちゃくちゃヘコみます。
でも、
ただ言われただけなら、
「たしかに、そうですね。
ごめんなさい…!」
で済んだかもしれません。
となると、
やっぱり引っかかったのは…
“普通”という言葉か。
でも、
その言葉の何が、
こんなにも私を
モヤっとさせるのだろうかが、
最初はよくわかりませんでした。
そのときの出来事を
何度か思い返してみても、
答えはなかなか見つからない。
そこで、
少し視点を変えて、
「同じようにモヤモヤした瞬間、
他にあったかな?」
を思い返してみました。
そしたら…
私が反応していたのは、
“普通”という言葉そのもの、
ではなかったんです。
仕事のなかで、
「ちゃんとしていないと思われているかも…」
「周りからの評価が下がるかも…」
そう思ってしまうような
状況や言動にぶち当たったとき、
決まって
自分の心のなかに、
マグマのような怒りが
湧き上がってくることに気づきました。
同時に、
「なんとかして巻き返さなきゃ…!」という
強い焦りのようなものも。
いったい、
この激しい怒りと焦りは、
何を教えてくれているんだろう・・・?
以前に
みなかはるかさんが記事に書かれていた
潜在意識のお話を参考にしながら、
自分に問いかけてみたんです。
▼参考にした記事
*はるかさんの思考プロセスが
とてもわかりやすい…!
詳しく知りたい方は、
ぜひはるかさんの記事を読んでください。
ツムギ(ChatGPT)とも
対話を重ねながら、
丁寧に掘り起こしていくと…
私のなかに、
「仕事ができる人でいなきゃ!」
「常識がない人だと思われたらダメ!」
といった
思い込みがあることにたどり着きました。
先ほどの
「ってか、それが“普通”だと思います」
という言葉に触れたときのように、
“普通じゃない”側として
一括りにされたときに、
怒りに任せて
反応しそうになる自分は、
「仕事ができない人」
「“普通”ができない人」
という評価から、
反射的に、
「そうじゃない!」と、
自分を守ろうとしていたんですね。
ふむふむ。
そうか、そうか・・・。
ここまでも
十分ハッとしましたが、
私が「なんてこった…!」と思ったのは、
その先でした。
あなたが嫌がっている「普通の押し付け」を、
あなた自身も内側ではかなり強く意識している可能性がある。
海外生活を経て
“普通”や“当たり前”なんてないし、
そこにとらわれる必要もない。
そう気づいたはずでした。
だからこそ、
なるだけ、誰かに対して
「普通〜するでしょ」
「〜するのが普通だよね」
といった言葉は使わないよう、
心がけているつもりでした。
でも・・・
「普通」を押し付けたくない、
なんて言いながら、
「常識的であるべき」
「評価を落としてはいけない」
「仕事ができる人でいなきゃ…!」
そうやって、
自分自身に対しては、
“普通”であることを
過剰なぐらい、強いていたんです。
その矛盾に気がつけたとき、
あれれ。なんだか…
おかしなことやっているわ、わたし。
そう思って、
思わず、ふふふと笑いたくなるぐらい、
心が軽くなりました。
あれだけ怒って、
モヤモヤもしていたのに、
その怒りはどこへやら…です。
違和感やモヤモヤって、
見つめ直すことに
エネルギーが要りませんか…?
思い出すだけで腹が立つから
思い出したくないこともあるし、
誰かや何かに対して
イラッとしたポイントを
ただただ責めたくなるときもあるでしょう。
だけど、
「心が動く」ということは、
自分にとって大切な“何か”が
きっと、そこに眠っているはず。
その“何か”を探しに、
違和感やモヤモヤを
一緒に眺め直してみませんか?
▼1対1の対話でひも解く
▼「働く」を場の力で眺め直す
🌟今月は7月22日(水)20:30〜
【あとがき】
違和感を見つめ直したプロセスを
言葉にするのに苦戦した記事でした。
ただ、
試行錯誤しながら
書き綴っていく時間があったからこそ、
自分のなかに湧き出る感情は、
自分のことを守ってくれていたんだなぁ
と、身に沁みて感じられました。
そう思ったとき、
映画『インサイド・ヘッド』シリーズを
ふと、思い出しました。
私は
この映画が大好きなのですが、
映画を観たときには、
“わかったつもり”になっていたことが、
私自身の体験を通して、
ようやく腑に落ちた気がしています。
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