Take-62 映画『爆弾(2025)』は面白かったのか?
【この映画のキャッチコピー】
「じゃあ、始めましょうかスズキさん。化け物退治を」
「でも、爆発したって、べつによくないですか?」
「……人を傷つけて平気な顔をする奴を、俺は人間とは呼ばない」
──などなど、各登場人物のヴィジュアル・ポスターにまるで脚本からそのまま貼り付けたようなそれぞれの印象的な台詞がそのままキャッチコピーになってますね。ここからも「これは濃厚な会話劇の作品ですよ」と示唆しているのが伺えますね。
【この映画の舞台】
現代。東京都内──中野区野方警察署内の取り調べ室を中心に、爆弾が仕掛けられてると思われる様々な場所を捜査する外回り警官たちとのカットバックでストーリーは展開されます。秋葉原、代々木、九段下などなど都内の有名な駅名が出てきますが、容疑者スズキタゴサクとのまるで言葉遊びのような“謎解きの会話ゲーム”が魅力的で飽きさせません。
【上映時間:137分】

𓃠「壊すのは簡単なんだよ、だけど面白くないんだよ!」
──そんな台詞がありましたが「信用」などもその一つですね。作り上げるのは難しく、“壊す”のは非常に簡単であります。
𓃠皆様、よき映画ライフをお過ごしでしょうか?
N市の野良猫、ペイザンヌです。
ボク自身、いつの頃からか自分が勝手に作った座右の銘で「なんでもかんでも否定するのは簡単、だったらそんなもん、死ぬ間際にいくらでもすればいい」てのがあります。
それでも時々は、他人の言葉に惑わされたり、煽られたり、心の闇──場合によっては日常で爆発しそうになる感情も沸くこともあるわけで、自身の中にいるその「化け物」を押さえ込みながら日々過ごし、闘っていかなければならない──ボクだけでなく、そういった方々も少なくはないことでしょう。
そういった人間の内面に潜む光と影、この二極の狭間を様々な立場の登場人物たちに当てはめつつ、飛び交う言葉のラリーが見事でした。
考えてみるとこれは先日、ここにも感想を書きました映画『宝島(2025)』でボクがガン泣きしたクライマックス「もう他人は頼れん!俺が全部壊してやる」というオンちゃん(永山瑛太)を「俺だって同じこと思ってるけどさ、希望を持とうや」と、なだめるグスク(妻夫木聡)──あの対立とも似ており、それがまあ面白くないわきゃなく😂邦画もついにここまでキタか!──と圧巻でした😲
よく使われる「カタルシス」という言葉ですが本来は「カタルシスの解放」までがワンセットの言葉で、心の中に溜まったネガティブな感情を解放して浄化することを指します。
これは物語を創作するうえでは欠かせないペーソスですが、この映画はこれが二つあり、ダブルで交互に訪れますよね🙄
しかもこの“カタルシス”、本来であれば物語の終盤で解放されることが多いわけですが、この作品ではラスト近くというよりも“物語の半ば辺り”に「ピーク」を配置してある気がして面白いなと唸りましたね。
一つは「今まで俺をゴミのように見てた奴全員爆発しろ!」という負のカタルシス。
もう一つが“とある人物の豹変”──あれは😲ギョッとしたというか「気持ちいい〜」と感じたというか😂
まるでコンビニで酔っ払いが販売員に因縁つけてたら「うっせえ、ヨシもう店員やめた、話聞いてやるからこっちこいや」とそんな逆転の爽快感がありましたね😸
そのカタルシスの代わりに──最後の最後に仕掛けられた“爆弾”は何かといえば──モヤモヤと残留する「問題定義」。最後にスカッとして終わらないのも単なるエンタメとは一線を画す作りで、呉勝浩さんによる同タイトルの原作『爆弾』が「このミステリーがすごい」の第一位に選ばれたのも頷ける気がします。
観る前、ボクは『ユージュアル・サスペクツ(1995)』みたいなんかな?🙄 佐藤二朗どんはカイザー・ソゼなのか? はたまた「単なる無敵の人」なのか?──そんなことをXで呟いてました。まあどっちかというとブラピ主演の『セブン(1995)』に近かったのも嬉しかったですね😸
もっとも“7つの大罪”ならぬ予告にもある謎解き「9つの尻尾」──なので『ナイン』かもだけど😂
知恵や魔力の象徴である“九尾の狐🦊”に掛けてあるのかもしれませんね、この“化かし合い”もめっちゃオモロい😹
他の方の感想を見てると『ダイ・ハード3(1995)』を思い出した人も多かったみたいですね。ボクも思い出しました😸
なんなら遡って『ダーティーハリー(1971)』や黒澤明監督の『天国と地獄(1963)』辺りまで😂「持たざる者」である犯人の脅迫によって国家権力である警察側が右往左往させられるのも往年のミステリの醍醐味、言ってしまえばその部分にも“カタルシス”は潜んでおりますね。

また、その『ダイ・ハード3』に出てたサミュエル・L・ジャクソン繋がりで『4デイズ(2010)』という映画も少し思い出してました。こちらは爆弾は爆弾でも「核爆弾」なので取り調べもタゴサクどころでなくもはや「拷問」でしたが😅
まあTVドラマ『24』のジャック・バウアーのようですが“枝分かれ映画”としてここに記しておきます。なかなか面白いです😊
そして当然ながらクリストファー・ノーランのバットマン──『ダークナイト(2008)』のジョーカーを連想してしまった方も多いようですね😸
『ダークナイト』では二隻の船に仕掛けられた爆弾を「自分たちが助かりたいなら、もう一方の船を爆破しろ」という“囚人のジレンマ”のようなゲームをジョーカーが仕掛けるわけですが、本作でもその要素が「とある場面」に仕掛けられておりました。
スズキタゴサクが「実はホッとしてるんじゃないですか?」──と言い、指を折られるあの場面ですね。

特筆すべきは結構怖さを“引きずられた”な……というのがありましたね🙄
映画を観てる間も(-_-;)後ろからタゴサクみたいな奴に急にバットでぶん殴られたらどうすべとか……なんかフト急に怖くなったり😂また観終わって外に出た後もいきなりこの建物が爆発したらどうすべ……とか😅
まあ缶コーヒーでも飲むか……と思い自販機に近づいたけど、やっぱコンビニで買おう〜と思った自分がいたのでありましたw(謎
タゴサクもある時点まではひょっとしてまだ幸せたったのかもな~なんてついつい同情にも似た気持ちになるのはハタシテ危険思想なのでしょうか……
ボクはこの辺りがこの作品の本当に言わんとすることのようにも実は思えております。
🙄以前どこかで似たようなこと書いた覚えが……と思いましたが『ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000)』を観たときの感想にボクはこう書いております。これと少し似た気持ちにもなったり。こちらはnoteの方には書いておりませんがXに4ページほどツリーにしてますのでよろしければ読んでみてくださいませ。
(Xではこちらnoteよりも先に新作の感想を書くことが多いので、よろしければフォローもお願い致します🙇)
『#ダンサー・イン・ザ・ダーク』を配信にて
— ペイザンヌ (@Tatan8Tathu) February 12, 2024
自分の中では決して胸糞映画ではないのよね🙄
むしろ「純粋無垢な映画」
だからこそキツい…物理的ブッシャーではないが目を背けそうになるほど「痛い」
一度停止し、結構本気で吐きそうになった部分もあった
感情移入、没入度が高いと思う人は注意して然り pic.twitter.com/iEWiuzMUuU
自分の人生がうまくいってなかったり精神的に疲れて厭世的になっちゃってたりすると⤵️ニュースで見かける事件の犯人に対しても、場合によってはつい「わからんでもないよ……」となっちゃうのよね、人間て😩
もちろん非人道的、残忍な犯行などにはそんなことは思ってはいけないのですが「なぜ彼はそうなったのか?」「何が彼をそうさせたのか?」というのは映画やドキュメンタリー小説にもなりますし、人間として興味が沸くところではありますよね。
(さて、ここまではXでも呟いたのですが、ここからはnoteということで少々ネタバレを含んだ感想を述べたいと思っております。もし、ネタバレが嫌だと言う方は、回避してくださいね。観た後にでもまた読んで頂けると嬉しいです😺『爆弾』のエンドクレジットで流れたテーマソング宮本浩次さんの「I AM HERO」でも聴きながらお決めくださいませ😂)
いや〜いい曲ですね。
では続けます。よろしいでしょうか?
けれどこの映画『爆弾』の中で染谷将太さんが演ずる等々力という刑事──上司の不祥事(些細……とは言いませんが「え?😲こいつどうしちゃったの?」というようなおかしな不祥事でしたね)が発覚した時、彼が記者たちの質問に「わからんでもない」と似たようなことを呟いてたことも忘れてはならない、大事なポイントだと思います。
この御時世、人間なのでストレスや溜まりに溜まったものがどこかで奇妙な形として「爆発」してしまうことは、むしろ人間として当然といえば当然なのかもしれません。なせなら──人間は機械ではありませんからね。大事なのはその「兆し」を見つけたら「大丈夫?」と声をかけてあげられるほんの少しの優しさかもしれません。
「僕は見なかったことにします、ただし精神科へ行ってください」──等々力が彼の上司にそう言ったように。
そもそもこの『爆弾』のストーリーは、そんな身も心も疲れ果ててミス、不祥事、あるいは“魔がさしてしまった”とある刑事が世間から弾圧され、行き場を無くし、一家離散してしまうことがスタート地点となってるんですよね。
刑事のちょっとした不祥事……というよりも「ある一人の男」の精神不安定に始まり、それが形を変えて、事態が大きくなり、やがてスズキタゴサクとして「警察署」に返ってきた──ともいえます。
そのループはいわゆる「完全な悪循環」と言っていいかもしれません。
そういう意味では、そもそもこの事件の源、発端は現代社会が生み出したストレス──というよりむしろ、そういったことに手を差し伸べるどころか互いに叩きあって潰し合う、ちょっとした「不寛容さ」こそ、いずれ巨悪を産んでしまうのかもよ、社会に潜む爆弾を爆発させてしまうのかもよ──という負の連鎖の始まりの一歩ではないか? とも思えてきますね。
この辺りがこのストーリーに内蔵された“大テーマ”であるといっても過言ではありません。

もちろん佐藤二朗さんや山田裕貴さんの人を食ったような演技は見ているだけで引き込まれ、エンタメとして非常に面白いものでありました。なんならホント「それだけでもいい」のですが、上に述べたようなことを、よりもう一歩、奥に潜んでいるものを感じ取りながら観ることにより、一層この『爆弾』という映画の本来の面白さに気付けるのではないか──などと、ボクは思いました😊
おそらく原作小説の方ではその辺りがもう少し細かに書かれてるのではないのでしょうかね?
原作は一応「ミステリ」であるのでやはりそういった二転三転の部分が必ずあるわけで、後半その部分の頻度が上がってくると、きちんと観てないと「ん、ちょっと待って」と映像スピード的に少し置いていかれそうになる部分もあるのがやや難点かもしれなかったですね。小説や配信なら一旦戻ることも可能なのですが😅
ただそういったストーリー、ミステリ要素(多少「ん?」と思ったとしても)すらも「二の次」にしてしまうくらいの登場人物たちの表情、掛け合いの魅力──こちらの方の面白さがまあグンバツであり、しかも映画的であり、そこが観客に受け入れられ、口コミでヒットした理由でもあると思います。ぶっちゃけそれだけでも十二分面白いので、いまボクがこれを書いてる行為は単に「もう一つ奥のカーテンをめくってみよう」というだけの行為、好奇心だけです😂あしからずw
「このスイッチを押せば誰かが死ぬが自分は大金を手に入れられる、そんなボタンがあったらどうします?」──劇中、タゴサクが言ったこの台詞。
これはもちろん映画化もされたリチャード・マシスン原作の『運命のボタン(2009)』のオマージュなのでしょうけれど、ふとしたきっかけでタゴサクはそのボタンを手にしてしまったわけです。
タゴサクはどこまでが本当のことを言ってるのかわかりませんが、彼が好きだった女の子が教師に殺され、ストーカーまがいなことをしてた自分が疑われた──あの供述もはたして全部が全部「嘘だった」のでしょうか? 一概にそうとも言えない気もするんですよね。
ストーカーというと聞こえはよくないですが、少年だった頃、好きな女の子に話しかけたいけど話しかけられない。ついつい後を追ってしまい、どこに住んでるんだろう? 名前は何ていうんだろう?──そういった経験は誰しもある“純粋な好意の部分”もある気がしますからね。(もちろんいい大人がやったり、エスカレートすることは絶対にいけないことです)
もし彼の話が全部嘘だったとしても、彼の容姿、性格からして、それに似たようなことを何度も経験したんじゃないかな?──ともボクは少し思いました。そしておそらくはこれまで何度も何度も傷ついてきたのでしょう。

タゴサクはついにホームレスになってしまい、とある人からドラゴンズの帽子をもらう。その時のタゴサクの顔は、なんとまあ嬉しそうな顔ではなかったですか。
けれど──
「裏切られた」と思ってしまう出来事が起こる。
「またか」と思ったのではないでしょうか?
「またか」から「もういいや……」となるのにそう時間はかからないかもしれません。ひょっとするとタゴサクにとっては最後の希望だったのかもしれませんね。
「裏切られた」と思ったその人──その人はあなたに止めてほしかったんじゃないのか? 自首するように説得してほしかったんじゃないか?
山田裕貴さん演ずる類家は最後にそう言います。

当然、凶悪・残忍な犯罪は残念ながら許せる余地がありません。けれど「まだ引き返せる失敗」や「本当の本当に事故」であった場合「許し」によってやり直し・再生がきくこともありますよね。言ってみれば「法」というものはそのためにある──とも言えます。もちろん「裁き」という罪の大きさによっては厳重な処罰が付いてくることも含め──ですが。
社会のルールは出来うる限り守らなければなりません。ですが本当に「魔が差す」ことはあります。人間ですからね。もちろん何もかもを許せと言ってるわけではありませんよ。人によって「これだけは許せない」という優先順位も確実に違うと思いますし、仮に自分が被害者や時には遺族となってしまった場合などは特にそうでしょうからね。
ただ、単なる弾圧や「皆が悪口言ってるから自分も同調する」といった不寛容さや「自分はいい人だ、正義だ」を主張するための同調圧力や洗脳行為ではなく、まだ「時により、許せるものは許すこと」も社会を、周りの人間を良くしていく一環なのではないか?──ことわざでいう「できぬ我慢、するが我慢」というのもまた人間らしさ、強さのひとつではないかと頭のどこかでぼんやり考えたりもします。
誤解を産んではいけないので再三言いますが、許されることと許されないことは人によって違いますからキリがないんですよね──それをきちんと目盛りにしてメジャー化したのが「法」であり、何のためにあるのか?──も忘れてはならないところですね。日本は法治国家であります。
そして、もっとも大事なのは当然ながら「許す側」では決してなく「許して頂く方」なのですが。「まだ引き返せる、ちょっとした罪を犯してしまった者」がきちんと更生しやり直そうと思うこと、“償おう”とする心──これが一番大事なのですけれど。
「もういいや……」──タゴサクだけでなく、次に「爆弾」の最後のボタンを押してしまうのは、誰かの、ひょっとしたら「あなたの」ちょっとした「不寛容さ」かもしれないわけで。
逆にまた「あなたの身にいつか起こるかもしれない“爆発”を止めてくれる」のもひょっとしたら「誰かの寛容さ」なのかもしれないわけで。
“最後の爆弾はまだ見つかっていない”──というのはおそらくそういうことなのだとボクは思いました。

ちなみに原作の第二弾『法廷占拠/爆弾2』て全く別の話なのかと思ってたらタゴちゃんやら主要メンバーもちゃんと出るのね😲
しかも『3』があるような匂わせもあるっぽいし三部作とかになるのかしらん?🙄これもいずれ映画化されそうだけど、ん〜、我慢できなければ書籍、いっちゃおかな……
最後に、これはまあ余談も余談ですが『爆弾』を観てる時、この映画も思い出しちゃいましたねw
『宇宙人王さんとの遭遇(2010)』😂
やってきた宇宙人の目的は「侵略」なのか「友好」なのか???
タゴサクとどちらがキモカワ怖いかは人それぞれでしょうけど、映画『爆弾』と肩を並べる、これもまた最高の「取り調べ映画」の大傑作であります😸
面白いですよ✨️
#まだ観ていない人に強く推薦したい映画③
— ペイザンヌ (@Tatan8Tathu) June 28, 2023
『宇宙人 王〈ワン〉さんとの遭遇』
宇宙人の事情聴取──決してトンデモ映画でもコメディでもないです。
イヤまさかここまで面白いとは…と唸った映画。
彼の目的は侵略なのか?友好なのか?
「最後の一言」がまたなんとも言えぬ気持ちになる作品。お奨め pic.twitter.com/Pepk72x5I7
では、また次回に!👋🐈️

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