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信貴山城の戦いと久秀爆発(豊臣兄弟! 第20回 本物の平蜘蛛 歴史解説)

NHKの大河ドラマ「豊臣兄弟!」の第20回「本物の平蜘蛛」の、簡潔な歴史解説です。
今回は1577年の秋、信長に反逆していた松永久秀が爆死した頃を背景としています。

ついに来ました松永久秀 爆発回!
「本当は爆発してない」とか言うのは置いといて、久秀が爆散するのは日本の歴史ドラマにおける花形であり見どころであり必然です。
松永久秀は爆発物なのです。 それはもう、ニトロやダイナマイトとかと同じレベルで。

過去の大河ドラマでも天守が爆裂するとか、下の階が爆発して上の階がダルマ落としみたいに落ちてくるとか、色々な趣向を凝らしたボンバー久秀が描かれてきました。
また、豊臣兄弟では永世名誉秀吉と言われる竹中直人さんが松永久秀を演じているので、「平成秀吉 VS 令和秀吉」という東映特撮映画的な期待もありました。

ただ、今回はまず「手取川の戦い」で、秀吉が無断で離脱した件で怒られるところからスタートです。


秀吉は一族の血判状で許して貰えたの?

織田軍と上杉軍が戦った「手取川の戦い」で総大将の柴田勝家とケンカし、勝手に戦線離脱して信長に激怒される秀吉。
さすがに指揮官が勝手に帰ったら洋の東西を問わず重罪です。

ドラマでは秀吉の家族や家臣たちが、秀吉の赦免を訴える血判状を提出していましたが、それはドラマのフィクションと思われます。
そうした話があったのは聞いたことがありません。
ただ、誰かの赦免を要請するために連名状を出すこと自体は、戦国時代にもありました。

ドラマでは秀吉は安土城の牢屋に監禁されていましたが、実際には長浜城で謹慎処分となっています。
秀吉は自ら門を閉ざし、外出もせず、復帰の機会を待ったと言います。

これを受けて、寧々が夫の赦免を訴えるため安土城に行ったようで、これが秀吉が許された理由のひとつと思われます。
ドラマではこのくだりを血判という「秀吉ファミリーでお願いした」表現にしていました。

もう一つの理由はドラマでも描かれていたように、松永久秀が信長に反逆したからです。
信長はすぐ軍勢を派遣しようとしますが、当時、織田家の他の軍勢は、柴田勝家は北陸、明智光秀は丹波、佐久間信盛は紀伊など、各方面に出払っていました。
しかし秀吉は謹慎中だったのでフルで動けた、しかも手取川ですぐ帰ったのでダメージがない、というのが幸いしました。

なお、江戸時代に書かれた「太閤記」などには、謹慎中の秀吉が宴会などを開いて信長の側近にも贈り物を届け、陽気にふるまい、小一郎が「そんなことしてたらますます怒られるぞ!」と言うと、「塞ぎ込んでると恨みを募らせたり、謀反を企んでいると怪しまれる。遊び惚けていた方が安心される」と言ったというエピソードが書かれています。
ただ、ありそうな話ではありますが、創作の可能性が高そうです。

また、蜂須賀正勝などの秀吉の側近たちも尋問のため安土に呼ばれていて、控室で「俺らも切腹か?」「そのときはいっそ暴れてやろうか」みたいな話をしていたとき、竹中半兵衛だけは「まあ、大丈夫でしょ」みたいな感じで飄々としていたので、それを見てみんな安心した、という話があったようです。(ただ、この話の出所はちょっと不明)

松永久秀はなぜ織田信長に反逆したの?

そもそも松永久秀は反逆や離反を繰り返した人物で、なぜ反逆したのかと言われても「だって久秀だもん」で片付きそうな人ですが……
それでも経緯を説明すると、大和(奈良)の支配を巡って争っていた、筒井順慶の存在があります。

松永久秀は元は三好家の家臣であり、三好軍を率いて大和に進攻、その前に大和を支配していた筒井家を打倒しました。
しかし大和には興福寺&春日大社という大きな寺社勢力があり、筒井家はそのリーダー格。
つまり大和に根付いており、そう簡単に没落するような勢力ではありませんでした。

そして三好三人衆と松永久秀が仲違いを始めると、筒井家を継いだ筒井順慶は三好三人衆と結託。
松永久秀はこれと戦いますが敗れ、勢力が衰えます。
久秀は挽回のため、三好三人衆&筒井軍が本陣にしていた奈良の大仏がある東大寺を急襲!
これによって大仏殿は炎上し、松永久秀は「大仏を焼いた男」として悪名が轟くことになります。

最近はこの大仏炎上は「失火であり久秀の責任じゃない」という意見が多いのですが、東大寺の大仏は筒井家のバックにある奈良の寺社勢力にとっては象徴的な存在。
松永久秀が「そんなもん燃やしてしまえ」と思っていても不思議ではないでしょう。

そして松永久秀は、将軍 足利義昭と共に上洛した織田信長が三好三人衆と戦い始めたのを見て、名物茶器である九十九髪茄子(つくもなす)を手土産に信長と同盟。
信長と足利義昭から大和支配のお墨付きを貰い、織田家の援軍も得ることに成功します。
「金ヶ崎の戦い」では退却する織田信長に付き従い、道中を支配していた朽木元綱を説得して味方に付ける、大きな役割を果たしました。

こうして名実ともに大和を統治できる立場になった、と思いきや……
足利義昭が養女を筒井順慶に嫁がせ、友好関係となります。
義昭としては興福寺の顔役である筒井順慶を味方にしたいと考えたようですが、松永久秀はこれに怒って足利義昭と手を切り、三好三人衆と同盟。
そして幕府軍と戦い始めます。

三好家と織田家は敵対していて、将軍の足利義昭も織田家が庇護していたのですから、それは織田家と対立する行為と言えます。
松永久秀的には「三好と同盟して幕府と敵対したけど、織田との同盟はそのままだよ」と思っていたのかもしれませんが、そんないびつな外交関係は続きません。

こうして1573年、武田信玄の上洛、浅井朝倉と織田の戦い、将軍義昭の挙兵を見て、松永久秀は織田信長に反逆することを決めたのですが……
信玄は病死、将軍はあっさり追放、浅井朝倉は滅亡、自分の城も包囲されたため、こりゃダメだと信長に謝って出戻りします。
ただこの時、筒井順慶も信長に臣従したため、ライバルで同席することになってしまいます。

そして1575年、織田信長は塙直政という人を大和の守護に命じます。
これは彼が大和で起こっていたトラブルを無難に仲裁したからのようですが、松永久秀や筒井順慶を差しおいての大和守護任命ですから、両名にとっては面白くなかったでしょう。
とは言え、松永久秀は一度反逆しているので、反対できる立場でもありませんでした。

そして1576年、前回のドラマの頃、織田家と本願寺が戦った「天王寺の戦い」が起こり、織田信長は負傷&苦戦、塙直政も戦死してしまいます。
そのため信長は筒井順慶を、新たに大和の守護に任命しました。
もちろん松永久秀としては、かなり屈辱だったはず。
おまけに守護となった筒井順慶は、松永久秀が改築した「多聞山城」を破却し、久秀の勢力を削ぎにかかります。

さらに1577年、前回と今回のドラマの年、毛利家が織田海軍を破って本願寺に補給を行った「第一次 木津川口の戦い」が起こり、さらに柴田勝家の率いる織田軍が「手取川の戦い」で上杉軍に大敗します。

これを見た松永久秀は織田家を見限ったのか、それとも今しか大和の支配者に復帰するチャンスはないと思ったのか、織田信長に4年ぶり2度目の反逆を起こしました。
ただ、この辺りの過程は、豊臣兄弟では本願寺や興福寺が全面スルーなのでわかり辛いと思います。

でも最も大きな要因は、毛利家による調略、すなわち離反工作だったと見られています。
松永久秀はこの頃の離反のトップバッターで、この後も続々と織田家では離反が続きます。
それは偶然とは思えず、同時期に毛利家と織田家の戦いが起こっていること、近畿から西で発生していること、久秀が本願寺の援軍をアテにしていたことから、大きな計画の一部であった可能性もあります。

松永久秀って本当に爆発したの?

松永久秀と言えば、名物茶器「古天明 平蜘蛛」を差し出せば許すと信長から言われるものの、「この白髪頭と平蜘蛛だけは譲れん」と拒絶、平蜘蛛の中に火薬を詰めて爆死したエピソードで知られています。
以後、松永久秀は戦隊ヒーロー並みに爆発する人物として描かれてきた訳ですが、一方で「これは史実ではない」という話も広まっています。

では、実際はどうだったのか?
一次史料とされる「信長公記」には「平蜘蛛の釜を打ち砕いて焼け死んだ」と書かれていて、「兼見卿記」などの他の記録には「自ら天守に火をつけて切腹した」と書かれています。
よって、平蜘蛛が砕かれ、天守に火を放ち、切腹して、城が焼け落ちた、というのが信憑性のある流れです。

一方、江戸時代に書かれた「川角太閤記」には、「久秀は平蜘蛛の釜を粉々に打ち砕くと、自らの首も釜と同様、鉄砲の火薬で木っ端みじんに砕いた」と書かれており、これが久秀爆死の元ネタだろうと言われています。

川角太閤記は軍記物語(歴史小説)ではありますが、ここにしか見られない人物の記録や逸話も含まれており、太閤記の中では史料価値が高いとされています。

川角太閤記でも「平蜘蛛に火薬を詰め、それを抱えて爆発」とはなっていないのですが、切腹後に首や体を火薬で爆破するには、誰かに頼むのでなければ何らかの方法で自爆するしかないので、その辺で「首から釜をぶら下げて火薬で爆散」といった話に膨らんでいったものと見られます。
ただ、有名な「平蜘蛛に火薬を詰めて爆死」というのは、近年(昭和期)の歴史小説が元のようです。

ともあれ、江戸時代の頃から久秀と平蜘蛛の話は有名で、茶会での話のタネ(数寄雑談)で好まれ、画家が平蜘蛛を砕く久秀の浮世絵を描き、民衆にも広まっていきました。

ですので今日の「歴史物語で松永久秀が爆発するシーンをみんなで楽しむ」というのは、江戸時代から延々と続いてきた日本の文化なのです。(大ゲサ

ちなみに、松永久秀が死んだのは大仏炎上のちょうど10年後でした。
これについて信長公記を書いた太田牛一は、「鹿の角の兜を付けた織田信忠に攻められ、大仏炎上と同じ月日に死んだことは、まさに春日明神(奈良の神様)の行いである」と書いています。

実際の信貴山城の戦いはどんな感じ?

松永久秀が反逆したことを聞いた信長は、すぐに祐筆(書状発行役)や外交官を務めていた松井友閑を派遣し、「どうしてこんなことしたの? 存分に言って。ちゃんと聞くよ」と伝えますが、松永久秀は聞き入れませんでした。
まあ、「そもそも信長が筒井を大和守護にしたからだろ」とツッ込みたくはなりますが。

仕方なく織田信長は、息子の織田信忠を総大将に、筒井順慶、羽柴秀吉、明智光秀、細川藤孝、佐久間信盛、丹羽長秀などが率いる4万の軍勢を派遣。
松永久秀の居城である信貴山城(しぎさんじょう)を包囲します。

軍議のシーンでチラッと登場した信貴山城の CG
なにか展望台っぽい

一方、松永軍は兵力は少ないながらも堅牢な山城でガッチリ守っており、織田軍も苦戦。
さらに松永久秀は本願寺に救援を要請します。
ところが、ここで内乱が発生、反逆した家臣が鉄砲衆を率いて城の一部を占拠してしまいます。

記録(和州諸将軍伝)には、森好久(森好之)という松永家の家臣が本願寺に救援を求めに行くフリをして、筒井家の武将である松倉(右近)重信の陣に駆け込み、状況を伝えて相談。
話を聞いた筒井順慶は鉄砲衆200名を預けて城内に潜伏するよう命じ、それを連れて戻った森好久は松永久秀に「まず200名の援軍を連れてきました。近日中に更なる本願寺軍が来援いたします」と伝え、松永久秀が安心しきったところで織田軍に呼応して蜂起した、と書かれています。

この内乱が決定打となって松永久秀は籠城を断念。
それでも織田軍は最後に「信長とお茶するって言ってたじゃん。平蜘蛛の釜を差し出せば、信長は全部許すって言ってたよ」と伝えますが、久秀は平蜘蛛は渡せんと言って叩き割り、城と共に炎上もしくは火薬で爆裂。
その苛烈な生涯を閉じました。
ドラマでは平蜘蛛を砕いたのは、まさかの小一郎でしたが。

結局、本物の平蜘蛛はどこ?

実は松永久秀が叩き割った平蜘蛛は、偽物という記録があったりします。
今回のドラマのシナリオはそれを元に作られたと思われます。

有名な剣豪一族で、柳生新陰流を創始した柳生宗厳、徳川幕府の剣術指南役となった柳生宗矩、物語やゲームで有名な隻眼の剣士 柳生十兵衛(三厳)で知られる柳生家の記録(玉栄拾遺)には、こんなことが記されています

「松永久秀と柳生松吟庵(柳生宗厳の弟)は『断金之友』(親友)であった。故に本物の平蜘蛛は密かに松吟庵に送られた。打ち壊したものは偽物と云う。今は松吟庵の家に代々伝わっている」

柳生家は大和の有力な豪族で、最初は筒井家に仕えていたのですが、松永久秀が三好軍を率いて大和を掌握した頃に松永家の配下となったようです。
以後、松永軍の一員として戦っていましたが、松永久秀が織田家に臣従した頃から、柳生家に目立った動きはなくなっています。
よって信貴山城の戦いには柳生家は参加していなかったと思われます。

柳生松吟庵は筒井順慶と三好三人衆が結託し、松永久秀がこれと戦って敗れた戦で重傷を負い、ずっと隠棲していたようです。
ただ、久秀とは親交があったようで、柳生宗厳も松永久秀とは親しかったようです。

のちに柳生家は大和に赴任した小一郎こと豊臣秀長に仕えるのですが、隠し田(脱税)が発覚して没落。
その後、徳川家康に出会って息子が幕府の剣術指南役となりますが、それは小一郎の死後の話となります。

なお、大和に南朝の財宝(埋蔵金)があるという話は、伝説として確かにあります。
軍資金や宝物が、洞窟や寺社に隠されたと言われていますが……
と言ったら、信じるか?

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今回登場した武将や家族の(史実の)動向

・羽柴小一郎長秀
本ドラマの主人公。のちの豊臣秀長。
史実でも秀吉の城代(副城主)としての活動が認められる頃。
よって手取川のあとは実際に大変だったと思われます。
ドラマで金銀財宝と聞いて声を上げるところがそれっぽくて笑いました。

・羽柴筑前守秀吉
本ドラマのもう一人の主人公。のちの豊臣秀吉。
手取川の戦いで柴田勝家とケンカして独断で戦線離脱。
怒った信長によって長浜城に蟄居、謹慎処分とされます。
しかし寧々の嘆願と、松永久秀が反逆したことで謹慎を解かれ、久秀の討伐に向かうことになります。

・慶、与一郎
主人公の小一郎と結婚したヒロイン。ドラマでの読みは「ちか」。
ほぼドラマオリジナルの設定です。
ドラマでは、武家の娘なので血を見ても平気。

・寧々
秀吉の奥さん。ドラマでは髪が長くなりました。
秀吉の助命を訴えに、安土城の信長の元に行こうとしていたのは史実です。
ドラマではそのシーンで、前田利家とまつから貰った女児が早くも「豪姫」と呼ばれていました。
秀吉の屋敷は安土城にもあって、この頃は安土城と長浜城を往復していたと考えられます。

・なか、とも、あさひ
秀吉の母と姉と妹。 ドラマでは血判状のシーンで登場。
この頃の秀吉の家族は長浜城で暮らしていることが史料でも見られます。
ドラマでは、農家の娘だったので血を見たらこわい。

・蜂須賀正勝
秀吉の片腕である「蜂須賀小六」。
美濃の木曽川流域の土豪である川並衆の頭領の一人でした。
手取川の戦いのあとには、秀吉の離脱問題で事情聴取を受けた模様。

・宮部継潤
元比叡山の僧侶で、元浅井家の家臣。 武闘派の僧兵です。
秀吉の姉の子である万丸(よろずまる、豊臣秀次)を養子にしています。
ドラマでは柴田勝家を愚痴る役。

・長尾弥兵衛、副田甚兵衛
弥兵衛は秀吉の姉「とも」の夫で弥助から改名。
甚兵衛は秀吉の妹「あさひ」の夫で甚助から改名。
弥兵衛は書状などでは武蔵守を称したようです。

・浅野長吉
寧々と同じく浅野家の養子で、同じ浅野家の養女の やや と結婚。
のちの浅野長政で、加藤清正や福島正則、藤堂高虎らの先輩と言えます。

・藤堂高虎
元浅井家の家臣の大男。 のちの名将ですが、まだ勤め先でケンカしてクビになりまくっていた頃。
小一郎の直属の家臣(与力、陪臣)となります。

・加藤清正
片鎌槍がトレードマークの秀吉子飼いの名将。 幼名&通称は虎之助。
まだ寧々の元に居候中で、家臣見習いといったところ。

・福島正則
水牛の兜がトレードマークの秀吉子飼いの猛将。 幼名&通称は市松。
こちらも寧々の元に居候中で、まだ家臣見習い。

・佐久間信盛
織田家の古参の家臣。 退き佐久間の異名を持ちます。
この頃は織田軍による二度目の雑賀攻めの総大将をしていたのですが、大軍を率いていたにも関わらず苦戦。
その最中に松永久秀が反逆したため、中断してそちらに転進しています。

・丹羽長秀
政務・調略・兵站まで何でもできる、米五郎左と呼ばれた織田家の重臣。
この頃は安土城の建設の総指揮を任されています。
その手腕を発揮し、城はかなりのスピードで建てられていました。
松永久秀が反逆すると、その討伐軍にも参加しています。

・前田利家
織田家の家臣。この頃は柴田勝家の与力(配下)に任命されており、いわゆる「府中三人衆」の一人となっています。
柴田勝家を「おやじ殿」と呼んでいたのは、歴史ドラマでは定番。

・荒木村重
ようやくセリフが増えて、ちょい役ではなくなりました。
主家であった池田家を乗っ取り、信長に反逆するものの出戻りして、摂津の守りを任されている信長お気に入りの武将。
武勇に優れましたが、茶の湯が大好きで、ドラマでも平蜘蛛の価値を語っていました。
また、松永久秀と共闘していたことが多いためか、彼の出自を語るシーンでも登場しています。

・明智光秀
足利義昭の配下でしたが、比叡山焼き討ちの手柄で織田家の坂本城の城主に任命され、正式に織田家の重臣となりました。
この頃は丹波(京都・兵庫の北部)攻略の総大将を任されていたのですが、丹波の赤鬼こと赤井直正を攻めている最中、波多野家の寝返りにより挟撃される「赤井の呼び込み軍法」を受けて敗戦、以後は一進一退に。

足がかりとするため丹波亀山城の築城を始め、雑賀攻めや松永久秀討伐にも参加しますが、奥さんが死んだり過労で倒れたり、大変だった頃。

なお、この頃に流浪していた山中鹿之介を配下にしており、松永久秀討伐戦にも参加、支城の片岡城では一番槍、信貴山城でも二番槍の手柄を立てています。
彼はのちに秀吉の中国地方への進軍で、大きく関わることになります。
ドラマで出てくるかはわかりませんが……

・織田信忠
織田信長の長男。 信長から家督を譲られていますが、実質的なトップは信長のままです。
当主に相応しい武勲を得るため、あちこちの大きな、しかし割と安全そうな戦いに総大将として派遣されています。
今回は松永久秀討伐軍の大将を務めます。

松永久秀(爆死)
乱世の梟雄。 主君と将軍を殺し、大仏を焼いた戦国のダークヒーロー。
筒井順慶とは大和の支配を巡って争う犬猿の仲。

大和の守護職が筒井順慶に与えられてしまい、織田家が本願寺・毛利・上杉に苦戦し始めたのを見て、再び信長に反逆。
しかし上杉謙信は越後に帰ってしまい、本願寺の援軍も到来せず、織田軍も素早く進軍してきて居城を包囲され万事休す。
「平蜘蛛を差し出せば許す」という信長の申し出を蹴って爆裂しました。

ドラマでは最期の瞬間まで、めっちゃいいキャラでした。
ハデな爆発シーンもあり、かなり満足です。

・柴田勝家
織田家の猛将で、秀吉のライバル。「かかれ柴田」の異名を持ちます。
北陸方面軍の総大将を任されていますが、手取川で上杉謙信に大敗してしまいました。
ダメージが大きかったようで、しばらくは軍備に専念しています。
信貴山城の戦いには参加していません。

・市
嫁ぎ先の浅井家が滅んだため織田家に戻ってきた信長の妹。
その茶器、それも本物なんですかね……?

・織田信長
自らの新しい城として安土城を築城中。
佐久間信盛に雑賀攻めをやらせるも成果は上がらず、明智光秀も丹波で敗れて苦戦、柴田勝家は秀吉とケンカして上杉謙信に大敗。
海上でも毛利水軍に敗れ、いいところなしの状態で松永久秀が反逆。
これ以上の離反を防ぐべく、織田信忠に大軍を与えて急行させ、松永久秀の城を包囲します。
久秀には「平蜘蛛を差し出せば許すよ」と言うものの拒否されて爆発。
そして離反の火種は、まだまだ燻り続けます。

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次回、第21回の記事は こちら
前回、第19回の記事は こちら です。

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