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【掌編小説】ころがりこんできた招き猫 - あんぱん

ここは「パンと喫茶 ねこのて」。

下町の少し込み入った場所にある、昭和時代の純喫茶のようなたたずまいのちっぽけな店。なんでもないコーヒーと、店主の私が気まぐれで焼いているパンをお出ししている。

一見さんはなかなか入りずらいようだが、私のパンを気に入ってくれた奇特な人が常連になって顔を出してくれるおかげで、なんとか商売を続けられている。

2年ほど前、ある雨の日にころがりこんできたあずきが店を手伝うようになったのをさかいに、不思議なことにお客さんが増えはじめてきた。私としては、日がな一日好きなパンを焼いてのんびり過ごしたいところだが…


いつものようにお客さんも少なく、新しいパンの試作でもしようと早仕舞いをした、ある日の午後5時ごろのこと。

ふと、どこかで物音がしているのに気がついた。

店の扉がガタガタいっている。

さしずめ、閉店の看板は出しているのにろくに見てないお客かなにかだろう、と扉を開けると、そこには誰の姿もなかった。

なんだよ、風のイタズラかよと毒づき扉を閉めようとしたとき、

「にゃー」

足元に黒猫がいた。

ん?こいつは最近バゲットを納品しはじめた風変わりなカフェによく出入りしている黒猫じゃないか?

しかしこの黒猫、開いている扉を見てもいっこうに店の中に入ろうとしない。

いそがしいから閉めるよ、と扉を引こうとしたとき、店の外でひとりの女の子が雨宿りしているのに気がついた。昼間は晴れていたのに、いつの間にやら雨になっていたようだ。

「お客さん、ごめん、もう閉店なんだよ」

「あ、違うんです。傘持ってなくて、ちょっと雨宿りを…」

この子、何か悲しみのようなものを抱えている、そう感じた私は彼女に声をかけた。

「そんなところにいたら体が冷えるから、お入り。」


「コーヒーは飲めるかい?」

皿に入れたミルクを黒猫の前に置いてから、彼女には淹れたてのホットコーヒーを出してあげた。

よくよく話を聞いてみると、なんでも財布をなくしてしまって途方に暮れていたら、雨まで降ってきたので仕方なく私の店の軒先で雨宿りをしていたらしい。

「ちょうど、今度お店で出すあんぱんを試作してたところなんだよ。食べる?」

うんと、彼女は無言でうなずく。

わけありっぽい人が飛び込んでくるのにはなれているが、若い女の子は初めてだ。

「このパン、おいしい。あんこも自家製ですか?」

「そうだよ。よくわかるね。」

「ちゃんとへそ外ししてありますよね。私、わかるんです。」

ふふん、と鼻先で微笑む彼女。コーヒーを飲んで、パンを食べて、だいぶ落ち着いたようだ。おいしいパンは偉大だね。人の心まで癒してしまう。

あんぱんを半分まで食べたところで、彼女がこちらに体ごと向き直った。

「あの、コーヒー代とあんぱん代、払えないのでその分こちらで働かせてもらえませんか?なんでもします!なんでもできます!」

いや、そんな大した金額じゃないからと断っても、頑として譲らない。

彼女の背後では、ミルクを飲み終わった例の黒猫がこちらをにらみつけている。

ついに根負けして、じゃあ今日の洗い物が少し残っているからそれを手伝って、と言うと、満面の笑みで首をブンブン振る彼女。しかし、これがとんでもないことにつながるとは。

「ところで、君、なんて名前?」

半分まで食べたあんぱんをしばし見つめていた彼女はこういった。

「あ、じゃあ、あずきで。」

じゃあ、に引っかかりを感じたが、どうせあと1、2時間のことだしと、気にしないことにした。


パン屋の朝は早いもの、というのが世間の相場だろう。しかし、気まぐれでパンを焼く私の店は、その日の気分で開店時間を決める。

もうずいぶん日も高くなったしそろそろ店を開けるか、と掃除を始めようとしたとき、おもむろに店の扉が開いた。

「店長!おはようございます!あ、掃除、あたしやりますよ!」

持っていたほうきを思わず落としそうになってしまった。

「昨日、お代分の皿洗いはしてもらったよ?」

「いえいえ、昨日はコーヒーとあんぱん以上のものをいただいたので、もうちょっとお手伝いさせてください!」


そうやって、あずきは時々店を訪れるようになった。

試作のパンを食べては感想を言い、食べた分は働きます!と、ちょっとしたお手伝いをして帰っていく。

そういうことが何度か繰り返されているうちに、私はあることに気づいた。

最近、お客さんが増えてきている。

「店長のパン、なんだか以前よりおいしくなってるよね。材料変えたの?」

「いや、うちのパンは前からおいしいよ!」

常連さんが、そんなことを言うようになった。

私のパンが食べたいといって店を訪れてくれる新規のお客さんは間違いなく増えている。そのお客さんが常連になってまた新しいお客を連れてきてくれる。

いつの間にか、私1人では回らないくらい忙しくなる日も出てきて、パンを作る時間を確保するのにも苦労するようになってきた。

こうなってしまうと、さすがにあずきを追い払っている場合ではなくなり、仕方なく給料を払ってきてもらうようなはめになってしまった。

あの日から2年、あずきはもうすっかりうちの店の看板娘になった。私のパンよりあずきが目当てでやってくる常連さんもいるくらいだ。

ときおり、ふとした瞬間に見せる物憂げな表情は気になるが、若い子のプライベートに立ち入るような野暮なことはしないと決めているので、彼女が何を抱えているのかはいまだに知らない。

今思うと、あずきは例の黒猫が連れてきてくれた招き猫なのかもしれない。どうやらしっぽは生えていないようだが。


「なんですか?店長。あたしの顔になにかついてますか??」

「あ、いや、次はどんなパンを作ろうかと思って、ね。」

「んー、そうですねー、じゃあ、あんバター塩パンなんてどうですか?若い女性は大好きですよ。」

「よし、そうするか!って、自分が食べたいだけじゃないのか??」

「バレましたか!」

そんなとりとめのない会話を交わして、「パンと喫茶 ねこのて」の一日は過ぎていく。


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