「見る」と「観る」は、どう違うのでしょう
▍一日中、子どもを「見ている」

保育士さんは本当に忙しいですよね。
子どもが転ばないか見る。ケンカしていないか見る。泣いていないか見る。
「見ること」は、保育士にとって常に行われていることです。
でも、モンテッソーリ教育が言う「観察」は、少し違います。
「安全かどうか」を確認するための視線ではなく、「この子の今が何を意味しているか」を読み取ろうとする視線なんです。
▍集中しているとき、子どもの中で何が起きているか

子どもが何かに夢中になっているとき、その内側では神経回路が急速につながっています。
繰り返す、失敗する、もう一度やる——その一連の動作が、学習そのものなんですね。
このとき大人が声をかけると、子どもの意識は外に向いてしまいます。せっかくの集中が途切れてしまう。
観察するとは、その集中を守ることでもあるんです。
▍観たことを、記録に残す

観察を「記録」することで、感覚は情報になります。
「今日、水注ぎを7回繰り返していた」「左手でトレイを支えられるようになった」——短いメモでいいんです。
積み重なると、子どもの成長の軌跡が見えてきます。
「見る」は確認する行為。「観る」は理解しようとする行為。そして「記録する」は、その理解を時間の中に残す行為です。
この3つが揃ったとき、保育はぐっと専門的な実践になっていきます。
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子どもたちのために、毎日保育室に立ち続けている保育士さんへ。
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