⚠️ヒランヤ買って生きのびて⚠️
サムネ画像はお正月に撮ったフレンチクルーラーみたいな雲です。
ほっこり画像ですが内容はほっこりしておりません。
憂鬱な気分の方はお戻りください。
春なのにこんな記事で申し訳ない。
でもやっぱり今日という日に書いておきたいのです。
たしか昨年末、幾つかのサイトでこういうデータを見た。これとか。
ニュースの主旨は
小中高生の◯◯者数が増加している。昨年は過去最多の人数となった。
このグラフを見ていて自分が10代後半だったあの時代を思い出した。
チョルノービル(チェルノブイリ)が爆発を起こした春。
有名な女の子が身◯げして、それ以来10代の少年少女の◯◯のニュースが連日マスコミを賑わせていた。タレントの卵の少女、あるいは女の子同士の◯中に妹の小学生が巻き込まれた事件などなど。
マスコミの過熱報道かと思っていたけどデータで数字として残っていることに正直驚いた。(もちろん10代の人数じたい今よりずっと多かった)
当の私も二十歳までに◯ぬと思い込んでて(ひとり◯ぬ◯ぬ団)そりゃまあ毎日場所を探しておりました。もうね、思い込みというか取り憑かれてたというか。
「生きづらさ」の原因はまああれです、昭和の家庭環境。「寄り添う」概念が皆無。憂鬱で朝起きれないでいるとヒステリー母がマジでぶっ叩きに来る笑
そんな私がどうにかこうにか生きてこれたのは時間薬に他ならない。
親身な友人もいたし、今でいう推しもいたし、一応の進学先もあったし、エベレストの崖っぷちに打ち付けるようなピッケルはありがたいことにいくつか存在していた。
ただいかんせん、ウハウハイケイケの時代がギラつきすぎた。ピーコックフロントの良さがちっともわからん。かといってオタク文化は醸成していない。自分の居場所がない。ぴあをめくっておしゃれなミニシアターを探すくらいしかできない。
その後、ある宗教団体が大きな事件を起こすけれど、たぶん当時の私のようなちょっとマジメで行き場のない人が多数吸い込まれたんだろうなと思う。
そんな悶々とした気持ちを持て余していた頃、たまたま雑誌のコラムでこの言葉を目にした。10代の少年少女の◯◯の多さについてコラムニストはこう締め括った。
ヒランヤでも買って強く生きてください
ヒランヤ、ご存知の方どのくらいいるだろう。
昭和の時代、雑誌の裏表紙の二大広告といえば「日ペンの美子ちゃん」と「ヒランヤペンダント」だった。「美子ちゃん」はボールペン習字の広告、「ヒランヤペンダント」は不思議なパワーやらご利益があるという眉唾物の広告だった(それなりのお値段だった)。
いまでもAmazonで売っていた!(アソシエイトはやってません)
このコラムを書いた人がどういう人だったかは忘れたけれど、なんか納得した。
そうか、生きるためには怪しげなモノに魂を売ってもいいんだ
今思えばこのコラムの人、親身じゃないし10代の少年少女を舐めてないか?
骨の髄までバブルな思考じゃないか。
でもそのドライさに救われる。
人が悩んでると言うとハイエナのように(失礼)やってくる親切な人がいる。(その後就職した先の産業医の先生がこういう感じだった)
親身さがウェッティなんだよなあ。職業としてやってるのもわかるし。
大事なのは「ドライに寄り添うこと」ではなかろうか?
いまを生きる少年少女(と青少年の皆さん)に言えることを探したけれど、
なるようになる
開いた窓も、走りすぎる列車も、見て見ぬふりしてやり過ごせ
その一瞬を、どうかどうかこらえてつかあさい。
お守りはあってもなくても大丈夫。
不安定な春を、不安定なまま誰かに話すことができますように。
こちらの企画に参加いたします。
どうぞよろしくお願いします。
それではごきげんよう!!
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