見出し画像

65%の人が「チャレンジしない方が得」と考える真相と「行動」の価値

みなさん、「何もしないほうが得だな」と感じたことはありませんか?

私は以前、うつ病で処方された薬を飲むたびに、まるで全身から力が抜けるように何もする気が起きなくなりました。

もしかしたら、最悪な選択肢を選ばないよう、衝動的な行動を抑えるための薬だったのかもしれません。

でも今では、たとえ失敗しても行動を起こすことで、人生の扉が開くことを実感しています。


現代社会に広がる「何もしないほうが得」という静かな危機

最近、日本企業について興味深い調査結果を目にしました。

企業で働く人たちを対象にした調査で、驚くべきことに65.5%もの人が「仕事で失敗のリスクを冒してまでチャレンジしないほうが得だ」と考えているそうです。

みなさんの職場ではどうでしょうか?

たとえば、新しい企画を提案しようとした時、「でも、失敗したら困るな」と思って、結局黙ってしまった経験はありませんか?

私は20年ほど前、スポーツアリーナの売店で働く美人のアルバイトスタッフに、何度も勇気を振り絞って話しかけ続けたことがあります。

最初は緊張で声が震えましたが、諦めずに話しかけ続けたことで、すてきな出会いが生まれました。

もし「話しかけたら迷惑かも」と考えて何もしなければ、この出会いはなかったはずです。

実は企業の現場でも、似たような状況が起きているようです。

以前の日本企業では、現場の意見を大切にする「キャッチボール」のような組織文化があったそうです。

たとえば、予算を決める時も、経営陣が一方的に決めるのではなく、現場の声に耳を傾け、何度も話し合いを重ねていたとのこと。

ところが今では、そうした丁寧なコミュニケーションが減り、上からの指示に従うだけの一方通行になってきているようです。

この変化は、企業の中だけでなく、社会全体にも広がっているようです。

たとえば2017年の夏の高校野球。

開会式で一人の女子生徒が突然倒れたとき、周りにいた誰もが「誰か助けてくれるだろう」と、その場で立ち尽くしてしまったそうです。

これは特別な出来事ではありません。

電車の中で困っている人を見かけても見て見ぬふりをしたり、雨の中で具合の悪そうな人がいても素通りしたり。

むしろ、進んで助けの手を差し伸べる人がいると、それが美談として取り上げられるほど珍しいことになってしまっているのです。

「何もしない」選択の裏にある損得勘定

では、なぜ多くの人が「何もしない」という選択をするのでしょうか。

実は、そこには私たちの頭の中で行われている「損得計算」があるようです。

たとえば、新入社員の方が上司に新しい企画を提案しようとするとき、きっとこんな計算が無意識のうちに行われているのではないでしょうか。

もし企画が成功すれば、達成感や周りからの評価、自信といった報酬が得られます。

でも失敗したら?

上司から叱責を受けたり、同僚から「生意気だ」と思われたり、最悪の場合、今後の評価にまで影響するかもしれない。

そう考えると、黙っていたほうが無難に思えてきます。

電車で困っている人を見かけたときも同じです。

声をかければ感謝されるかもしれませんが、逆に「余計なお世話だ」と怒られるかもしれない。

そう思うと、つい目をそらしてしまう。

私自身も、うつ病を経験する前は、そんな計算を無意識のうちにしていたように思います。

「消極的利己主義」がもたらす見えない危機

このような「何もしない」という選択は、一見すると賢明な判断に思えます。

実際、私も処方薬の影響で何もする気が起きなかった時期は、変に動かないことで最悪の選択を避けられたのかもしれません。

しかし、専門家の方々は、この「何もしない」という態度を「消極的利己主義」と呼んで警鐘を鳴らしているそうです。

なぜなら、この態度の根底には

「自分がやらなくても誰かがやってくれるだろう」

という甘えの気持ちや、

「どうせ変わらないからしかたない」

という諦めの気持ちが潜んでいるからです。

たとえば、職場での些細な改善提案。

「言っても無駄だろう」と思って黙っていると、その状況は永遠に変わりません。

また、駅のホームで具合の悪そうな人を見かけても、「誰か気づくだろう」と素通りしてしまえば、本当に助けを必要としている人を見過ごしてしまうかもしれません。

これは、まるで電車の中でスマートフォンに夢中になって、お年寄りに席を譲らないような状況に似ています。

その人は直接的な悪いことはしていませんが、社会の一員としての責任を果たしていないともいえます。

税金の例がわかりやすいかもしれません。

公金を横領すれば即座に犯罪になりますが、税金を納めないことは、すぐには犯罪とはされません。

でも、もし誰もが税金を納めなければ、社会は立ち行かなくなってしまいます。

行動を起こすことで開かれる新しい扉

ここで、みなさんに考えていただきたいことがあります。

確かに「何もしない」選択には、短期的には合理性があるかもしれません。

でも、その姿勢を続けていると、どんどん世界が狭くなっていくように感じませんか?

たとえば、新入社員の頃に「この企画、通るわけないよな」と思って提案を諦めてしまうと、次第に「どうせ言っても無駄」という思考パターンが定着してしまいます。

そうして5年、10年と経つうちに、周りからは「あの人は何も言わない人」というレッテルを貼られ、重要な仕事も回ってこなくなるかもしれません。

私の場合、うつ病で何もする気が起きない時期を経験しましたが、少しずつ行動を起こすことで、思いがけない出会いや発見がありました。

先ほどお話ししたスポーツアリーナの売店での出会いもその一つです。

最初は声を震わせながらの会話でしたが、諦めずに話しかけ続けたことで、かけがえのない思い出となりました。

現在、私は就労継続支援A型事業所で働きながら、SNSでの発信やnoteの執筆にも挑戦しています。

不整脈や糖尿病など、さまざまな健康上の課題を抱えながらも、新しいことに挑戦する楽しさを日々感じています。

もし「どうせ上手くいかない」と諦めていたら、今の充実感を味わうことはできなかったでしょう。

専門家の方々も指摘しているように、日本の社会システムには何らかの欠陥があるのかもしれません。

行動を起こすことへの報酬が少なすぎたり、失敗に対するペナルティが重すぎたりするのかもしれません。

でも、それを理由に「何もしない」選択を続けていては、私たちの社会はますます息苦しいものになっていくように思います。

小さな一歩から始まる変化の可能性

たとえば、朝の通勤電車で、優先席の前に立っているお年寄りを見かけたとき。

「誰か声をかけるだろう」と思って黙っていれば、その方は最後まで立ったままかもしれません。

でも、勇気を出して一言「座りませんか?」と声をかければ、その場にいる他の人たちの意識も少しずつ変わっていくかもしれません。

職場でも同じです。

「この書類の書き方、もっと効率的な方法があるんじゃないかな」と思ったとき。「言っても変わらない」と諦めるのではなく、「こうしたらどうでしょう?」と提案してみる。

最初は緊張するかもしれませんが、その一言がきっかけで、職場全体が少しずつ良い方向に変わっていく可能性があります。

確かに、「何もしない」選択には短期的な合理性があるかもしれません。

でも、人生の長い目で見たとき、小さな挑戦の積み重ねが、予想もしなかった素晴らしい展開につながることがあります。

私自身、健康上の制約がある中でも、毎日の読書や執筆活動を続けることで、新しい可能性が開けてきました。

皆さんも、今日からできる小さな一歩を探してみませんか?

たとえそれが、職場での些細な提案だったり、困っている人への声かけだったり。

その一歩が、あなたの人生に、そして私たちの社会に、新しい風を吹き込むかもしれません。

何もしないことで得られる安全な場所も大切です。

でも、時には勇気を出して一歩を踏み出すことで、もっと素晴らしい世界と出会えるのかもしれません。

私は、素晴らしい世界と出会って、前に進みたい。

そう考えています。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

スキやフォロー、コメントをいただけると、この上ない励みになります。

これからも、皆さんの成長のお手伝いができれば幸いです。

共に成長していける仲間として、これからもよろしくお願いいたします。


いいなと思ったら応援しよう!

おっさー 夢を追う皆さまへ! あなたの応援が私の活動を支えています。サポートにより、より深い洞察や実践的なコンテンツをお届けできます。共に学び、成長しましょう。今すぐフォロー&サポートで、質の高い情報を逃さずキャッチ。一緒に夢への道を歩みましょう!