◆読書日記.《田中浩『ホッブズ リヴァイアサンの哲学者』》
<2023年3月11日>
<概要>
「万人の万人に対する闘争」に終止符を打つために主権の確立を提唱したホッブズは、絶対君主の擁護者なのか。それとも、人間中心の政治共同体を構想した民主主義論者なのか。近代国家論の基礎を築いたにもかかわらず、ホッブズほど毀誉褒貶の激しい哲学者はいない。第一人者がその多面的な思想と生涯を描いた決定版評伝。
<編著者略歴>
田中浩(たなか ひろし)
1926年、佐賀県生まれ。戦争中、陸軍経理学校に入学。戦後、旧制佐賀高等学校文科乙類を経て、東京文理科大学文学部哲学科に進学し、同大学卒業後、東京教育大学教授、一橋大学教授等を歴任。現在、聖学院大学大学院客員教授、一橋大学明許教授。法学博士。専攻は政治思想。著書に『国家と個人』『近代日本と自由主義』(以上、岩波書店)、『日本リベラリズムの系譜』(朝日新聞社)、『田中浩集』(全10巻、未来社)など。訳書にホッブズ『哲学者と法学徒との対話』(共訳、岩波文庫)、シュミット『政治的なものの概念』『政治神学』(以上、未来社)などがある。
田中浩『ホッブズ リヴァイアサンの哲学者』読了。

以前の記事でも少し触れたと思うが、今年の読書テーマの一つである「民主主義思想の古典を読む」の第一弾として、今回は本書を選んだ。
去年末ごろロック『市民政府論』、ルソー『人間不平等起源論』『社会契約論』、ミル『自由論』等と、それらの解説書が古本屋でお安く手に入ったので、この機会にこちらをまとめて読んでみたくなったというわけである。
まとめて買った政治思想系の哲学者のうちホッブズが最も古く近代国家論を築き上げた人間だったようなので、今回トマス・ホッブズの解説書を読む事としたのである。
本書は分量はさほど多くないながらもホッブズの思想内容を簡潔に解説していて引き締まった内容だという印象があった。
ホッブズの政治思想は本書冒頭の「はじめに」に書かれた次のくだりに簡潔にまとめられている。
ホッブズは人間中心の「自己保存」という考えから、かの有名な「|社会契《ソーシャル・コントラクト》論」(政治社会や国家は人間が作る)によって、「近代国家論」を構築した。ホッブズは、人間は生来、自由で平等な存在であり、ふだんは平和な「自然状態」に住んでいるが、そこにはまだ国家も法律も存在しないので、「危機状態」(戦争や風水害や地震などの例外状態)になると、人間は生きるために「万人の万人に対する闘争状態」をひき起こすことになる。これでは人間は「自然状態」においてもっている「生きる権利」=「|自然権《ナチュラル・ライト》」(生きるためには人を殺すことさえもかまわない権利)をまっとうできない。それゆえホッブズは、各人が「自然権」を放棄し(具体的には自分を守るための「武器を捨て」)、お互いに「力を合成」して「社会契約」を結び、「|共通権力《 コモン・パワー》」(ルソーのいわゆる「|一般意志《 ヴロンテ・ジェラール》」=人民主権。この力は国王権力、議会権力、教会権力、ギルド権力などの特殊権力よりも強い)を作れという。そののち、ホッブズは契約に参加した全員の多数決(民主政治の決定原理)によって代表(契約者全員の意志を代表する|人格《ペルソナ》)を選出する。そして、この代表が選出された時点ではじめて国家=コモンウェルズが成立したとホッブズはいう。なお、ここでのコモンウェルスとは、こんにちのような強大な軍隊・警察権力、官僚組織をもつ巨大国家を意味しておらず、最小限の抑止力をもつ政治体のことである。なお、当時のイングランドは人口五〇〇万人ぐらいであった。
本書は上で説明されたホッブズの思想を、ホッブズ自身の来歴に沿って、詳しく掘り下げていくという内容なのである。
と言う事で、本書はよく言えば簡にして要を得る説明で実に簡潔、悪く言えば多くは語らないというスタンスで書かれている。
その「悪い点」として言わせてもらえば、ホッブズの『リヴァイアサン』は岩波文庫版でも全4巻という膨大な分量で書かれているものであるのにも関わらず、本書の内容はあまりに簡潔にすぎて物足りなささえ感じてしまうほどであった。
特に、ホッブズの政治思想については当時のイギリスやヨーロッパの時代背景や政治的背景などが分かっていないと理解しにくい部分があるのだが、その辺について本書はほとんど丁寧な説明を行っていない。
そのため、ぼくのように真面目に学校の勉強をしてこなかった人間にしてみれば、17世紀ヨーロッパの時代背景について、世界史の教科書であったり世界史系の情報サイトであったりウィキペディアであったりといったデータをあたって一からおさらいしなければならなかったほどだ。(ちなみにこの再学習はぼくとしては逆にとても楽しかったため、本書を読むよりもむしろそちらのほうに多くの時間を擁してしまった)
ホッブズ思想を理解するために、是非とも事前に知っておきたいのは「17世紀ヨーロッパ」という時代状況であり、その当時のイギリスの国家体制であり、『リヴァイアサン』が書かれた当時に発生していた「ピューリタン革命(清教徒革命)」等といった知識であろう。
トマス・ホッブズは近代民主主義思想の先駆者として評価されているが、彼が『リヴァイアサン』を発表した際、当時の英国議会派は「絶対君主の擁護者だ」と、王党派からは「独裁者クロムウェルの擁護者だ」と両方から批判され、その真意はほぼ発表から200年ほど誤解されたまま、19世紀まで待たねばならなかった。
と言う事で、まず世界史をうろ覚えの人(ぼくのような人間だ!)が疑問に思うのは「議会派と王党派って何?」であろう。こういった状況が説明されないと、脱落してしまうニュアンスというのがとても多いので、時代背景と言うのが重要なのである。
ちなみに、『リヴァイアサン』の執筆時期は17世紀のちょうど真ん中にあたる1651年。その頃のイギリスは、ピューリタン革命(三王国戦争)によって英国史上初の共和制となった時期であった(日本は江戸幕府、三代目家光の時代であった)。
最近NHKでアニメ化もされた漫画『チ。―地球の運動について―』もおおよそ17世紀を舞台にしていると考えても良いので、漫画を読んだ人はあの時代の事を思い浮かべても良いかもしれない。ガリレオやデカルトなども17世紀の人であった。

では「17世紀」とはヨーロッパにとってどういった時代であったのか?
産業革命(18世紀)はまだまだ先。15~16世紀は大航海時代によって世界各国と貿易を行い、植民地を獲得し、様々な階層が力をつけていた時代であった。
が、17世紀になるとヨーロッパは「17世紀の危機」と呼ばれる状況に入る。
気候の寒冷化によって農作物が不作の状態となり、各地で飢饉が起こり、更にはペストの大流行もこの時代に発生した。
こういった時代は政治状況も不安定になり、ヨーロッパ全土で内乱や紛争が相次ぐ事となる。
そういった不安定な情勢の中で起こったのがイギリスの「ピューリタン革命(三王国戦争)」であり、その背景を憂いて書かれたのがホッブズの『リヴァイアサン』なのである。
ピューリタン革命は、本書が強調している「革命」としての性格よりも、むしろ「内戦」と言ったほうがその内実に近いかもしれない。
これは現在も議論は様々で意見は分かれているようだるが、イギリス本国では「革命」と称する学者は一部に留まるそうで、確かめてみると、日本語のウィキペディアが「清教徒革命」と表記されているのに対して、英語のウィキペディアの表記が「Wars of the Three Kingdoms(三王国戦争)」と「戦争」の扱いとなっている事が分かる。
ピューリタン革命というのはイングランドとスコットランドの国王であるチャールズ一世と、国王に対立する議会との権力争いと言う側面があった。
当時のイギリスは「二重権力(制限・混合王政)」状態にあったのである。
この二重権力論というイングランドの政治方式は、ジョン王(1167―1216)が「大評議会」(29人の大貴族と都市大商人からなる合議体。この頃はまだ、こんにちの議会のようなものはなかった。国王・上院・下院からなる議会と言う形ができあがるのは1295年の「|模範議会《モデル・パーラメント》」以後のことである)に課税を要求したときに、大評議会が「(われわれの)承諾がなければ課税することはできない」という条件を「マグナ・カルタ」(1215年)という形で国王に突き付けて国王に承認させたときにはじまる。
要は「国王」と言った所で、その下につく勢力が王に服さなければ「王」が「王」として振舞う事はできない。王に服する勢力が、王の命令に従って動くからこそ王の権力が成立する。
パスカルが言ったように、人々が国王を「王」として遇するのは、その人が王だからではない――その人物が王に見えるのは、人々がその人を王として遇するからなのである。
このようにイギリスでは13世紀からホッブズの時代に至るまで「政治は国王と議会の協同によってうまくとりしきられる」という伝統が出来ているのだ。
その両者の緊張関係が頂点に達したのがピューリタン革命だったというわけである。
ちなみに、イギリスのスチュアート朝絶対王政に対してピューリタン革命を先導したのは、議会の中心勢力である「ジェントリ」層の指導者クロムウェルであったのだが、――この「ジェントリ」というのは、貴族のひとつ下の階級の地方の有力な地主階層の事である(ちなみにこの「ジェントリ」はその後、イギリスで支配階級となった階層「ジェントルマン」と呼ばれるようになる)。
そのジェントリ階級であったクロムウェルは、ジェントリの下の階級である独立自営農民「ヨーマン」階級から組織される「鉄騎隊」を従えていた。
つまりは、この17世紀という時代、その前世紀の15~16世紀の好景気によって力を持った様々な階層が登場していたわけである。この当時のイギリスは、様々な権力が複雑に入り組んで対立していたのだ。
例えば当時のイギリス議会は「議会」と一言で言っても様々な勢力が混ざっていた。クロムウェルが先導したピューリタンのジェントリ層があり、キリスト教カルヴァン派のプロテスタントからなる「長老派」があり、小農民や手工業者、小商人からなる「水平派」などもある。
国王と議会という対立があり、宗教的な対立があり、様々な階層が自らの自由と平等を訴える階級闘争的な対立までもあった。
このような状況にあり、ホッブズはイギリスで紛争が起こる原因は、このように複数の権力が国の中心で相互に対立しているという状況にあると考えたのだ。
そのためホッブズ政治学の最初の著作『法の精神』は、そのようなイギリスの国王と議会との対立を和解させ平和への道を示すための「原理」と「方策」を示す内容となったのである。
ホッブズの政治思想の発端と言うのはこういう事情から成っているので、国王が偉いとか議会が偉いとか教会が偉いとか、といったような特定の権力に肩入れするような発想はないのである。人間は全て平等と考える。――これが後に、民主主義の平等主義的な発想に発展していく萌芽となるのであろう。
が、このような平等主義だからこそ『リヴァイアサン』を発表した当時、王党派からも議会派からも、ホッブズは批判される事となるのだ。
ちなみに17世紀当時のヨーロッパはまだ帝国や王国体制が多く(帝政ロシアはロマノフ朝の時代、ドイツは神聖ローマ帝国、フランスは太陽王ルイ十四世の時代である)、イギリスも「二重権力論」としての政治形態の伝統を持っていたにも関わらず、17世紀初頭イギリスのスチュアート朝ジェームズ1世は自ら『自由王政の真の法』という著作を出し、国王の権力は神から授かった正当で神聖不可侵な権力であると主張していた。
ステュアート朝チャールズ1世(ピューリタン革命によって斬首される王である)に仕えたロバート・フィルマー(ホッブズとほぼ同い歳である)は、『旧約聖書』を典拠として、神はアダムに対して家族や子孫を支配する権力を与え、受け継がれていっているように、王権も同じように継承されて行っている正当な権力なのだとする『家父長論』を書き、王権神授説の代表的な著作として有名になっている。
ジェームズ1世からチャールズ1世の時期に議会との対立が激化した原因の一つが、彼らの持っている王権神授説の考え方にあった。この時期の英国王らは、イングランド伝統の「制限・混合王政論」が理解できなかったのである。
そういう時代だという事もあり、ホッブズの展開した「主権者論」「社会契約論」は、周囲の理解を得るには少々早すぎた。
『リヴァイアサン』発表当時のホッブズは、王党派からは独裁者クロムウェルを擁護する思想だと批判され、議会派からは王権を擁護する思想だと批判された。また、その思想は政治権力から宗教権力を引きはがす考え方であり、唯物論的な発想を下地にしているために教会からも異端思想あつかいされてしまう。
このためホッブズはこの後約200年ほど危険思想と誤解されたまま歴史の表舞台からは葬り去られてしまう事となる。
◆◆◆
では、そういう時代背景で成立したホッブズ政治学の中身はどういったものになっているのか。ここで本書で取り上げられている「ホッブズ政治学」六つの特徴について語っていこうと思う。
・ホッブズ政治学の特徴(1)「人間」中心
・ホッブズ政治学の特徴(2)生命の安全(自己保存)
・ホッブズ政治学の特徴(3)「自然状態」
・ホッブズ政治学の特徴(4)自然権の放棄と社会契約
・ホッブズ政治学の特徴(5)コモンウェルスと主権者の設立
・ホッブズ政治学の特徴(6)政治と宗教の問題
こういう風に見てみると、ホッブズと言えば良く聞かれる「万人の万人に対する闘争状態」というキーワードは、あまりホッブズ政治学の核心というわけでもないと分かる。
ホッブズ思想の何よりの特徴というのは、おそらく「(1)「人間」中心」という考え方を政治哲学に持ってきた所ではないのかと思われる。
本書の著者・田中浩によれば「ホッブズは、政治学や国家論を論じるさいに「人間」を中心に置いている。それまでの政治学では「ポリス」や「家族」からその論をはじめていた(P.34)」のだという。
なぜ「人間(個人)」を政治的な最小単位としたのかと言えば、「何かしらの集団」を最小単位としてしまうと、おのずと何かしらの集団を軸に論を進めなければならないため、結果的に何かしらの権力に肩入れしてしまう考え方となってしまう。
ホッブズは、当時のイギリスのように乱立する権力が互いに対立しているからこそ争いが絶えないのだと考えたために、特定の権力に肩入れするような考え方を拒否したのである。そのため、どの派閥も優先すべき上下はない、平等であると主張したければ「人間(個人)」を政治的な最小単位としなければならなかった。
対立や争いを回避せねばならないのは「(2)生命の安全(自己保存)」こそが、人間における最高善だからだ――という事となる。
(ちなみにホッブズは、スペイン無敵艦隊が英国を襲うとの噂を聞いた臨月の母が、驚いて自分を予定より早く産んだと書いている。そのため自らを「恐怖との双子」と称していたようだが、彼の性格はどこか、ぼくに近いものを感じるのである。普段は陽気に振舞っているが、その実とても臆病な一面がある――彼の平和主義は、そういう気質にも理由があるのではないかと思える)
これも、ホッブズの政治学の大きな特徴と言えるだろう。
著者によると「生命の安全(自己保存)」という考え方はトマス・アクィナスも主張しているものの、それはあくまで神の名の元で保証される「自己保存」であって、そういった宗教的な価値から離れて、人間における最高の価値が「自己保存」にあると主張したのはホッブズが初めてのようである。
だからこそホッブズの政治学では、人間の最高善たる「生命の安全」を脅かす戦争は悪なのだ、という考え方が導き出される事となる。
ユニークなのは、ホッブズの「生命の安全(自己保存)」の考え方の元になっているのは、非常に唯物論的な人間分析にあるという所であろう(こういう唯物論的な発想があるから、ホッブズ思想はキリスト教教会からも異端思想として危険視されてしまうのである)。
人間の本性とは何なのか――それは呼吸運動、血液循環、細胞分裂など、生まれてから一秒として休まずに動き続ける運動体にある。だから、人間の「生命運動」を助長する事は「善」となり、それを阻害する事は「悪」となる。
こういった道徳的な価値論を「宗教」から離れて考えているのは、もちろん教会権力に肩入れせずに善悪という価値を考えねばならなかったからである。
この善悪の考え方から「万人の万人に対する闘争状態」を回避せねばならないという結論が導かれて行く事となる。
「(3)「自然状態」」にある人間というのは、まだ国家も法律も制定されていない状態の人間たちの事で、そういった人々は平和な状態にあるが、一度戦争や自然災害などの危機が起こると、それぞれの人間は自分が生き残るために他人にも害を与えてしまうようになる。平和な状態は乱れて「万人の万人に対する闘争状態」になってしまう。
だから「万人の万人に対する闘争状態」を回避する方法として「(4)自然権の放棄と社会契約」と「(5)コモンウェルスと主権者の設立」がある……というのが、ホッブズの政治理論の骨子となっている考え方となる。
このようにして見ていくと、ホッブズの政治学が、徹底して「宗教的な価値観」を排して考えられているというのが分かる。
キリスト教とは言えど、カトリックがあり、プロテスタントにもルター派とカルヴァン派に分かれ、各宗派はそれぞれ自らの教義こそが唯一にして絶対であると考えていたわけであるから、宗教についても、ホッブズは一つの宗派に偏った意見を述べるわけにはいかなかったわけである。政治的権力の対立だけでなく、宗教的権力の対立からも争いは生まれるのだ。
政教分離の法則として「(6)政治と宗教の問題」がホッブズ思想の特徴となっているのもこういう所からきている。
ホッブズの政治思想のテーゼの一つは「主権(国の統治の最高権力)は一つでなければならない」というものがあった。
何故なら、彼の政治思想の基本に「様々な権力が乱立し対立した状態から争いが生まれる」という発想があるからこそ、主権は一つに統一せねばならなかったわけである。
そういった考え方があったからこそ、王党派からは「独裁者クロムウェルを擁護している」という風に見えるし、議会派からは「王権を擁護している」というように見えてしまう。
思うに、ホッブズの政治学の弱点であり、この思想がまだ「民主主義」未満の、近代国家論の原型でしかないのは、彼の「性善説」的な傾向に原因がありそうである。
ホッブズは「共通権力」を設けて、それに参加した(つまりそれを作ることを契約した)人びと全員の「多数決」によって「代表」を選び、この「代表」を「主権者」と呼んでいる。そしてこの「主権者」には「強い力」を与えよ、とホッブズはいう。つまり人々が「生命の安全」をはかる契約を結んだのにそれに違反する人が現れれば、「契約」は「空文」=「絵に描いた餅」になるからだと、ホッブズはいう。
ここではホッブズはまだハロルド・ジョセフ・ラスキが「無拘束な権力が必ず権力者を損なうとは歴史の一致した結論である」と指摘した20世紀の民主主義思想の水準には至っていない。
統制されない権力は、常に権力拡大への誘惑に曝されている。だから、無拘束な国家権力というものは、簡単に自らの権力範囲を拡大して自らの利益を追求し、代わりに被支配者らの自由を制限していってしまう事となる。
だからホッブズが主張しているような「人民から選ばれた主権者には「強い力」を与え、人民は主権者に服従しなければならない」という考え方は、今のわれわれの目から見れば、選ばれた主権者に信頼を置きすぎて危険だと思えてしまう。こういう所に端的にホッブズの「性善説」的な傾向が見られるとは思えないだろうか。
(ふだんの人間が「自然状態」にある時は争いは起こらず平和な状態だ……というホッブズの人間観からも、彼の性善説的な傾向が見える用ではないか)
しかし、近代国家論の古典中の古典たるホッブズ政治学は、確かに様々な民主主義の原型の様なものが見られて、その考え方は非常に興味深いものがあった。
平和と平等というホッブズの基本的発想があるのは、この当時のイギリスの権力闘争から成る時代背景に原因があった。
平和のために、彼は「絶対王政」とも「制限・混合王政」とも違う、オルタナティブとしての政治形態を考えねばならなかった。そこが、平等主義的な権力論=民主的な権力論の発想が生まれる原因ともなる。
彼の平等主義の考え方からは、政治単位を組織ではなく、人間個人で考える原理が導かれ、そこから生命を守らねばならない「自己保存」の原理と平和主義が発生し、社会契約論、代表者を選ぶ多数決、代表者主権性などが導かれていく事となる。
こういった彼の思想が後の民主主義の萌芽となり、後のロック、ルソー、ミルらの思想へと受け継がれて行く事でどう発展していくのか、今後それぞれの著作を読み進めて確かめていきたいと思う。
