読み手はどこでわかるのか?書き手はどこでわからせるのか?
先日、ヤスさんのこちらの記事を過剰考察させていただきました。
今回は、この記事について別の観点から、ちょっと深掘りやってみます。
メンバーシップ特典は、この記事から学べたことを抽象化・一般化して、他の記事を書くときにも生かせるようにしよう!というのが目標です。
今回のテーマ、最初「出だし論」にしようかと思ったのですが、また出だしか~というのもありまして、ちょっと大きく出て、およそ文章を書く人の永遠の課題(?)である
読み手はどこでわかるのか?書き手はどこでわからせるのか?
でいこうかと思います。
過剰考察風の言い方でいうと「もっていき方」論です。
あまり辛口の文章は書けないのですが、私は「この部分でこう思った」「この部分ではここまでわかったけど、ここはわからなかった」「ここでこう分からさせられた」ということを書いてみようかと。
読み手がどこの部分でどう思ったかを知ることで、書き手は、どこの部分でどう思わせるかを調整できる、それはすなわち「もっていき方」の引出しが増えるということを意味するのではないかと思うのです。
そして、それを語るうえで、ヤスさんの「うしろのこえ」は、ぴったりだと思いました。
なぜかというと、この作品は、最初から「すべてをわからせてはいけない」文章だからです。
つまり、どのタイミングで何をわからせるかを、如何に書き手がコントロールできるかが肝。
でも、書き手が読み手の実際の声を聴くことって難しいじゃないですか。感想を書くと言っても、ざっくりとした全体の印象にならざるを得ない。
そこで、「lionは、このタイミングでこうなった」を知っていただくことで、そうだとすると、「もし、こうしたらどうなるか」とか、あるいは、第三者として読んでいただいている方からは、「自分だったらここの部分はこう書こう」みたいなものが見えてきて、超深い学びになるのではないかと思ったのです。
ただ一番のネックは、この怖い話をまた考察することによって、また怖くなるのではないかという懸念です(笑)。
まあ、でもそれ以外は良いことばかりだと思いますので、張り切って(?)深掘考察の第2ラウンド行ってみたいと思います!
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