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赤いワンピースの少女〜メイ #3

 二日前、クオンはいつも通り、工場で働いていた。工場には、クオンの他にズン、フォンという名前の同じベトナムからきた研修生二人も働いていた。みんな実家に仕送りしながら、技術を身につけるために日本に来ていたのだ。この三人は常に日本人の社員からいじめられていた。そこで、クオンは考え、自分が代表していじめられてやるからその分の報酬を前金という形で他の二人から巻き上げていたのだった。しかし、メイの出現によって、いじめが解消され光一の言動が一変してしまったことを受け、ズンとフォンは、リーダーのクオンに対し前払していた「いじめの肩代わり料」を返せと迫った。しかし、クオンは「一度もらったものは返せない。今後もまたいじめがあるかもしれない。保険料だと思え」と説明していたようだ。しかし、一年分を前払していたので、二人にとってはそれなりに大きな金額だった。そして、それ以外にも、クオンに対する不満は募っていたようだった。

 仕事に対しても率先して対応するそぶりをクオンはいつも見せていた。自分達が習得しなければならない機械操作の技術はほとんどクオンが担当していたのだった。ズンとフォンはこのまま国に帰ったとしても、クオンから教えてもらわないと自分達だけでは何もできないかもしれないと思っていた。このことをクオンに何度も進言したが、「それはお前たちの問題だ」とだけ言われて変わることはなかった。こんなことが積み重なっている時に、光一の対応が変化したのだった。それで、ズンとフォンは頼る人もいないので光一に相談をしたのだった。相談を受けた光一は、優しさあふれる心の持ち主になっていたので、二人に言った。

「きっと、クオンにもなんらかの理由があるかもしれないな。同じ国の人間なんだから、もう少しお互いに歩み寄って話をしてみた方がいいよ。それにな、みんなに謝らないといけないことがあるんだよ。クオンから持ちかけられていじめていたふりをしてたんだよ。本当にごめん。クオンからもらったお金は、全部返しておいたよ。多分、二人からとってたんじゃないか、お金。だから、ちゃんと返してもらってくれ」

 予想外のことまで言われて、ズンとフオンの二人は、「もう、自分達でなんとかするしかない。頼れる人はいなくなってしまった。しかも、クオンは何てひどいやつなんだ。絶対許せない」と決意を固めるに至った。全ては祖国にいる家族のためだと言い聞かせることで自分達を正当化しようとしていた。

 翌日、ズンとフォンは、夕方仕事が終わってからクオンを江戸川の河川敷に呼び出した。夕暮れ時となり、人影もまばらになっていた。グランドの端っこには背の高い草が茂っていてちょっと見通しが悪くなっている場所があった。その近くで、ズンとフォンはクオンに詰め寄った。

「おい、クオン。今まで僕たちを騙していたな」ズンが詰め寄った。

「えっ、一体なんのことかさっぱりわからないんだけど」

「僕たちからとっていたお金は、光一さんと結託していただけじゃないか。いじめなんてなかったんだろ」

「ちっ、バレちまったのか。なんだかあの時から光一さんの様子がおかしかったから心配はしていたんだけど」

「光一さんからもお金を返してもらったんだろ。それを含めて僕たちから巻き上げたお金全部返せ」

「おいおい、光一さんからは返してもらってないし、お前たちからは報酬としてもらった金だから返せないね」

「もう、全てがわかってるんだよ。正直になれよ」フォンが切り出した。

「さぁ、分からないな。二人の思い違いじゃないの」

 思い詰めたズンとフォンは、怒りに任せてクオンに襲い掛かった。クオンの体は背の高い草むらの中に倒れ込んでいき周りからは見えなくなった。とっさに、ズンとフォンは、クオンに対し殴る蹴るの暴行を繰り返してしまった。そして、蹴った場所が悪かったのか、クオンはうずくまったまま動かなくなってしまった。それでも、執拗に吐口のない怒りをクオンにぶつけ続けた。お金を取られなければ国で暮らす家族はもう少し楽な生活を送ることができたと思うとどうしても許すことができなかった。その時は、怒りの感情の方が強すぎて、制御できなかった。しばらくして、うめき声もしなくなり、二人はことの重大さにやっと気づいた。

「まずい、死んでるよ。僕たちが殺してしまった。どうしよう、フォン」

「えっ、死んだ。そんなつもりじゃなかったのに。ちょっと懲らしめようと思っただけなのに。死んじゃった」

「仕方ない。そっと川に流してしまおう。海に流れていってくれるかもしれない」

 二人は、呆然としていたが、ふと我に返り周りを見渡した。クオンの死体を川に流した頃はすでに日が沈んであたりは薄暗くなってきていた。けたたましい音を立てて疾走する水上バイクも一台もいなくなっていた。誰も見ているような気配はない。二人は自分達がしたことを少し悔いていた。水の中に流したあと、しばらく手を合わせて工場の寮に何事もなかったかのように戻っていった。そして、翌日になって、クオンが外出したまま帰ってこないと工場の担当者に伝えた。工場側は夕方まで様子を見ていたが、帰る気配がないので捜索願いを警察に提出した。

 二人は怒りに任せてクオンに暴行を加え、死に至らしめてしまったが、この二人はクオンの家族のことは何も知らなかった。クオンの家族には肺の手術を受けないと死んでしまう小さな妹がいた。その手術代を捻出するために自分の生活はギリギリまで落として、手元のお金は全て家族に送金していたのである。もちろん、良からぬ悪巧みで稼いだ「いじめに対する報酬」も例外ではなかった。その甲斐があって、妹は無事手術で肺の悪い部分を切除して命を永らえることができたのだった。ズンとフォンはこのことを後になって知ることになる。

つづく



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