【SS】花びらのワイン (3582字) #シロクマ文芸部
花びらを一心不乱に集めている少女がいた。満開を過ぎ春の風に耐えられなくなった桜の花びらたちは、軽やかに空高く可憐に踊り、そして力尽きて地面に舞い落ちる。桜の花が咲き終わる頃には、地面は淡いピンクの絨毯を敷き詰めたような美しい景色になる。そんな花びらを一枚一枚黙々と拾い集めている少女だった。
通りすがりの人たちは、少女と少し距離をおき、避けるようにして通り過ぎる。些細なことにも巻き込まれたくないのか、それとも毎日同じことを繰り返して生きているペースを見出されたくないのかはわからないが、みんな無関心だ。そんな周りの対応にはお構いなく、少女は黙々と舞い落ちた桜の花びらを集めていた。
そこに一人の青年が通りかかった。青年は少女の行動を不思議に思ったのか、足を止め話しかけた。
「ねぇ、君。何してるの? お掃除? だとしたら拾わない方がいいと思うけど。このピンクに染まった地面、とても綺麗だから…」
少女は自分に声をかけられたことに気づかないのか、黙々と花びらを拾い続けている。持っていたビニール袋がいっぱいになり、別のビニール袋を広げてせっせと拾い続けていた。青年は、返事をもらえないのは聞こえていないかもと思ったのか、もう少し少女の近くに寄って聞き直した。
「ねぇ、君。何してるの? お掃除? だとしたら拾わない方がいいと思うけど。このピンクに染まった地面もとても綺麗だから…」
少女は自分に話しかけられているとやっと気づいたようで顔を青年の方に向けて手を止めた。その時青年は振り向いた少女の顔を見て胸が高鳴るのを感じた。
『うわっ、なんて可愛い子なんだ。こんなに可愛いことは出会ったことがないな』
そう思ってじっと見つめていると少女は首を少し傾げて不思議そうに返事を返してくれた。
「あっ、私に話しかけられましたか?」
「えっ、あぁ、うん、そうだよ。君だよ」
「すみません、花びらを拾うのに夢中になっていたので気づきませんでした。私、桜を見に来た方の邪魔をしたいわけでも、掃除をしているわけでもありません。私には花びらが必要なんです」
「えっ、この落ちた花びらが必要なの?」
「ええ、多くの人に踏まれて汚れる前の花びらが必要なんです」
「へぇ、それで花びらを集めてるんだ。でも、どうして? 何に使うの?」
「それって、答えないとダメですか?」
興味本位なら聞いてほしくないというようなオーラを青年は感じ、ちょっと気持ちが揺らいだ。
「いやっ、っていうか、すごく気になったんで聞いてみただけなんだけど。別に答えてくれなくてもいいけど…でも、なんとなく気になるかなぁ」
「ふふ、変わった方ですね。でも興味を持っていただいたことは嬉しいのでお話します」
青年は言葉遣いも丁寧な少女がますます気になり始めていた。少女の言葉に思わず青年の頬は桜色に変わっていた。
「私、この可愛い花びらたちにもう一度命を吹き込んであげたいと思って活動をしているんです。春は桜が中心ですが、秋の銀杏の葉なんかも集めますよ。とにかく季節を感じる花や葉っぱなどを集めるんです」
「へぇ、そうなんだ。で、命を吹き込むってことは、そのままだと朽ちていくだけだけどもう一度人の目を惹くような作品で生まれ変わらせるってことなのかな」
「わぁ、すごい。あたりです」
「じゃあ、君はアーティストなのかな」
「ふふ。まだ素人ですけど、いずれはそうなりたいと思っている美大生なんです」
「えっ、君、美大生なんだ」
「なんですか、その驚き方は。もしかして中学生とか良くても高校生なんて思ったりしました? 私、背も低いし童顔なのでいつも子供に思われるんです…」
「あー、そうなんだ。ごめん、実は僕もそう思った」
「やっぱり、ふぅ。この体のせいですよね。自分でも時々嫌になるんです。もう少し背が高くてもう少し大人びた顔だったら違った人生になったんだろうなって」
「いや、僕は今のままの君の方がいい、絶対」
青年は無意識に言葉にしてしまった。
「えっ、初めて会ったのに…」
「あ、いや、そういう意味じゃなくて。ごめん。あっ、そうそう、実は僕も美大生。今年四回生になるんだ」
「えっ、そうなんですか。私は三回生になります。わぁ、先輩だったんですね。でもあったことは多分ありませんよね…不思議ですよね」
「いや、僕は運命を感じた」
「そんな大袈裟ですよ」
二人とも同じ大学の学生だとわかり、二人の間にあったちょっとした見えない垣根はなくなった。
「それでさ、この花びらで何を作ってるのかな」
「うふふ、知りたいですか、先輩。あっ、まだお互い名乗ってませんでしたね。私は、美大三回生の吹雪美桜っていいます。美しい桜って書いてミオなんです」
「うわ、なんかいい名前だね。引け目を感じちゃうけど一応自己紹介するよ。一浪して美大に入り、今は四回生の堀場進です。彫刻に興味があるんだ」
「ということは、私より二つ上でなんですね。それに彫刻ができる人、素敵だと思います」
「ありがとう。実は留年も一回したから三つ年上かな、はっはっは」
美桜も屈託のない笑顔で笑っていた。名前と年がわかっただけで更に二人の距離は縮まった。美桜にしてみてもなんとなく気を許せそうな男性だと感じていた。ただ、肝心の桜の花びらで作るアートの話まで進んでいなかった。
「ところで、話が戻るけど、桜の花びらで作っているアートってなんなんだい」
「あ、話がそれてしまって肝心な説明をしてませんでしたね。実は、花びらの微妙に違う色合いを利用して過去の有名人の顔を再現してるんです。例えば、ソフィアローレンとかオードリーヘプバーンとか」
「なんか、聞いたことある人たちだけど…」
「ふふふ、私のお父さんが映画好きだったので私も古い映画を見ていたんです。それで知った女優さんたちです。日本の女優さんだと吉永小百合さんなんかも作りました。どうしても淡いピンクなので女優さんの顔を再現するのに向いてるんです」
「へぇ、まるでジグソーパズルみたいだね。でも色分けとか大変そうだなぁ」
「ええ、結構大変です。気がついたら真夜中とか良くあります。一度見に来ませんか? 幾つか完成した作品もありますから」
「えっ、いいの。ぜひ見たいなぁ」
お昼過ぎに出会った二人は桜の木の下で時間を忘れるほどおしゃべりに夢中になってしまった。それだけ気が合ってしまった。美桜は集めた桜の花びらを大事そうに抱えて、進と一緒に美桜のアトリエに向かっていった。到着した時、進はピタッと足が止まり怖気付いてしまった。到着した場所は、とてつもなく大きな屋敷の門だったのだ。
「えっ、ここが君の家?」
「はい。そうです。父は貿易商で世界中を飛び回っていて、ほとんど家にはいないんです。母とお手伝いさんと私で住んでるんですよ」
進は場違いな場所に来てしまったと思いつつ、美桜の優しい性格に惹かれてしまい離れたくなくなっていた。
案内されて、屋敷の中に入り美桜が作品を作っているアトリエに通された。美桜は着替えてきますと言って進を一人残して違う部屋へと行ってしまった。手持ち無沙汰な進は部屋の中をうろうろして見て回っていた。
「へぇ、ここで作品を作ってるんだ。でも桜の花びらの絵はどこにもなさそうだな。別の部屋においてるのかなぁ」
アトリエを出た美桜は、お手伝いさんに耳打ちをしていた。
「今日も一人連れてきたわ。丁寧におもてなししてね。ママの体の調子が悪いのよ。だからできるだけ早く体にいい赤ワインが必要なの。桜の花びらを入れるのを忘れないでね、春だから香りも大切にね」
「かしこまりました、お嬢様。お任せください。体格の良い青年ですから、しばらくは大丈夫かと思います。それにお嬢様が集めてくださいました花びらで桜の香りのアロマも十分に作れると思います」
「そう願ってるわ。じゃあ、私は疲れたからお風呂に入るわ。この桜の花びらを入れて」
「ではバスルームにお嬢様にも後ほど赤ワインをお持ちいたします」
アトリエで待っている進のもとにお手伝いさんがワインを運んできた。
「お客様。お嬢様はお着替えに少々時間をいただきます。ワインでも飲んでごゆっくりとお待ちくださいませ」
「あ、ありがとうございます。これは…」
「このお屋敷で作ったワインでございます。販売はしておりませんので、ここでしか味わうことはできません。どうぞご賞味ください」
「うわぁ、とてもいい香りのワインですね。遠慮なくいただきます」
進はほんのりと桜の香りがするお客様用に作られた赤ワインを口に含んだ。
「ゴクリ」
喉越しもよく飲みやすいワインだった。ワイングラスから立ち上る桜の香りにうっとりとしながら次第に瞼が重たくなるのを感じていた。
この日を最後に、進の姿を見たものはいなくなり、誰一人として進のことを口にするものもいなくなってしまった。
了
あとがき
花びらからイメージしたのは可憐さみたいなものでしたが、最後にひっくり返せると面白いかもと思ってストーリーを作りました。
最近スマホでよく表示されるショートムービーの逆バージョンを意識しました。
表紙の画像はCHATGPTに作ってもらいました(内容と誤差があるのはご愛嬌)
下記企画への応募作品です。
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