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【短編】心残り人の街 -6 (最終回)

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不思議な出会いと別れ

 ケンは初めての一人旅に興奮していた。今回は飛行機や列車を使った旅ではないが、今まで行ったこともないところに一人で行くということ自体に興奮していたのだ。背負ったリュックの重さも全く気にすることなく、いつも見ていた丘の向こうのそのまた向こうの景色を見てみたかった。なんとなく、不思議な力に導かれるかのようにひたすら歩いた。

 偶然なのかなにかに導かれたのか、二十年近く前に、旅行者である日本人のケンが落ちてしまった谷底のそばまで来ていた。しかし今は昼間なので亀裂がよく見える。そっと覗き込んでその深さを確認していた。

「うわっ、ここ危ないなー、夜に来てしまうと落ちてしまうかもしれないな。柵を作った方が良さそうだ。帰ったら村の人に言っておこう」

 ケンは、亀裂に沿って歩いた。一時間くらい歩いたところに、亀裂の向こう側に渡れる橋がかかっているのを見つけた。長さは五メートルくらいの小さな吊り橋である。走ってジャンプすれば越せそうな亀裂だが、谷底を見るとそんな勇気は出ない。橋を探して正解だった。とりあえず橋を渡り、亀裂の向こう側へと渡った。橋を渡る前は快晴とも言える真っ青な空だったはずなのに、橋を渡った途端に、どんよりとした雲に覆われた空に変わった。

「変だな、なぜ一瞬で空が変わったのかな。そういえば、霧のようなもので先がよく見えなくなっているな。でも、なんとなく灯りがついている気がする」

 ケンは慎重に足を進めていた。初めて来た場所なので、足元には十分注意しながら進んだ。一歩一歩と進んでいくたびに視界が悪くなっていった。それでも、なんとなくぼんやりと見える灯りに向かって歩いていった。すると少しずつ霧のようなものが薄らいで、曇り空の下に街が見えて来たのだった。

「えっ、こんなところに街があったなんて。聞いたこともないな」

 一番手前の家の前まで来たが、通りを歩いている人はいない。しかし、家の灯りはついているようだ。家の中をちょっと覗いては見たが、人の姿は見えない。まるでゴーストタウンのようだった。勇気を振り絞って大きな声を出してみた。ケンが立ち止まって覗いた家は、日本人旅行者だったケンの家だった。そしてその隣がメリーのお母さんの家だったのだ。そう、ケンのおばあちゃんだ。

「すみませーん、誰かいますか。僕はふたつ山の向こうのワイン工場から来たケンといいます。もしだれかいるなら声をかけてください」

 ここの住人は人間には見えない。住人同士でしか姿を確認することはできないのだ。通りからの声に気づいたメリーのお母さんは、隣のケンの家に行った。扉が開いて閉まる音は、やって来たケンにも聞こえていたし、扉が開閉するのも見えた。しかし、人は見えない。少し背筋が凍りつく思いになりつつあった。その頃、ケンの家ではメリーのお母さんとケンが話をしていた。

「ケンさん、表にいるのはメリーの子供よ。なぜかあなたと同じ名前よ。きっと、わたしの寿命がやってきたんだわ。私はあの子と話をするから、あなたは決して話をしてはダメよ。これまであなたが隣に住んでいてくれて本当によかったわ」
「お、おばさん。気をつけて」

 メリーの母親はケンの家から出て、表にいるケンに話しかけた。
「あなたはメリーの息子なの」
その声が聞こえた途端に、ケンの目の前に老女が現れた。
「えっ、はい、そうです。あなたはだれですか。どこから現れたのですか」
「私は、あなたのおばあちゃんよ。死んでしまってるけど、ここに今までいたの。あなたに会えたことでやっと天国に行けるわ。メリーは誰と結婚したの。あなたのお父さんは誰かしら」
「僕の父は、日本人でキヨシという人です。お父さんの大切だった友達の名前を僕に付けたと言ってました」
「そうなのね。そのお父さんのお友達の家がここよ。ケンさんというの。二十年くらい前に、近くの谷に落ちて亡くなったそうよ」
「えっ、そうだったんですね。なんかすごい複雑ですけど、おばあちゃんに会えてよかった。お母さんを呼んでくるから待ってて」
「あっ、ケン。それは無理なのよ。もうすぐ私は消えるわ。生きている人と話をしたら消える運命なの。だから、あなたから伝えてね。メリーに愛していると伝えて。最後に孫の顔まで見れて幸せな人生だったわ。そろそろお迎えが来たようだわ。さようなら、ケン。お母さんとお父さんを大切にしてね」
「おばあちゃん、おばあちゃん」

 ケンの呼ぶ声が虚しく響いていた。おばあちゃんの姿は徐々に薄くなり、そして消えてしまった。そして、ケンは自分の父の友達も亡くなっていたということも知った。自分の知らない世界を知るということはこんなにも衝撃を受けるものなんだということをケンは身をもって感じていた。

 それをじっと見守っていたのは、家の中にいたケンだった。大粒の涙を流しながら、声をかけたい衝動を一生懸命に堪えていた。
「そうか、キヨシとメリーが結婚したんだ。ケンとメリーというわけにはいかなかったけど、キヨシなら安心だ。それに子供の名前に僕の名前をつけるなんて。お前らしいな、律儀で。ありがとう。二人の子のケンはメリーさんによく似てるよ」

 おばあちゃんが消えるのを目の当たりにしたケンは自分の体験がまだ体から冷めない内に家に帰ろうと思い、来た道を戻っていった。吊り橋を渡った途端に晴天の青空が広がった。渡り切って後ろを振り返ると、今渡ったはずの吊り橋は消えて亡くなっていた。そこにあるのは深い谷底へつながる亀裂だけだった。

「もしかすると、だれかが僕を呼び寄せてくれたのかな。おばあちゃんと会えるように」

 急いで家に帰ったケンは、一部始終をキヨシとメリーに話した。二人は、大粒の涙を浮かべて聞いていた。そして、かけがえのない家族と友達の大切さを噛み締め、ここにケンがやって来た年にできたビンテージワインの栓を抜き、メリーの両親の分と親友のケンの分のグラスも準備し、食卓に並べた。そして、親子三人で夕食とともにワインで乾杯した。親子三人は、グラスを合わせ、両親とケン三人の冥福を祈りつつ、変わらぬ家族の愛を誓ってワインを飲んだ。

 このワイン工場は後に、「ワイン工場ケンとメリー」と名付けられ、代々繁盛していったということだ。

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