赤いワンピースの少女〜アンナ #2
市民の連行
アンナは、夕暮れの混乱のマリウポリに立っていた。長い髪に赤いワンピース、白い靴下に白い靴。右手は光り輝いていて見えない。左手は漆黒の闇に包まれやはり見えない。沈もうとする太陽が長い影を作り、どこか寂しそうな雰囲気になっていた。周りを見るととても街だったとは思えない有様で、あちこちで煙が立ち上っていた。同時に焦げ臭さが鼻をついた。その光景を見ただけでアンナの目には大粒の涙が溢れていた。「こんな中で私も死んだんだ。そして私と同じように死んだ人たちも大勢ここにはいて、私の家族と同様に残された人たちがいるんだ」そう思うと涙が止まらなかった。何とか自分を奮い立たせ、足を前に進め歩き出した。途中で、ロシア軍兵士たちが、大勢を連行しようとしているのが見えた。連行しようとしているのは兵士では無く明らかに住民だった。年寄りや子供も大勢いた。怪我をしていそうな人もいた。
「隣の国の人なのに、どうしてこんなことをするんだい。わしらはあんた達をいじめたことがあったかい。わしらは、前にもミサイルを撃ち込まれたことがあった。こんなことはもう終わりにしてくれないかい。悲しみだけしか残らんよ。なぁ、お願いじゃよ」老婦人がロシア兵士に訴えていた。
しかし、ロシア兵は何も言わずに連行していた。その兵士の顔は何となく辛そうな顔に見えた。彼らにも家族はいるのだろう。逆の立場だったらいても立ってもいられるはずもない。しかし、かと言って命令に背けば自分達がどうなるか分からない。同じ人類とはいえ、国というものに忠誠を誓った兵士であるが故に曲がった正義も受け入れざるを得ないのだろう。まだ心の中には優しさが残っている証だ。
アンナは、遠くから見て考えていた。「今、私があの兵士達の心を癒やしてしまえば、連行されている人たちは解放されるかもしれない。でも、こんな状況で解放されて安全なのかしら。もしかしたら、連れていかれる人たちの気持ちはいやでも命を繋ぐためには連行される方がいいのかもしれない。それに兵士の心を今癒やしてしまったら、兵士たちはどうなってしまうだろう。兵士たちの命もかけがえのないものなのよね」アンナは、命を繋ぐということを最優先に考えて対応したいと考えていた。それに、アンナが全ての被災者を救ってあげられるわけではない。命を繋ぐには食糧が必要であり、生きていく環境が必要なのである。戦時下という特殊な環境下において心を癒やすだけでは命を繋ぐことは難しいと考えていたのだ。遠くから眺めながらアンナはロシア兵士の心を信じてみることにした。神様から授かった力でも目の前で起こっている全てのことを解決できるわけではないし、そんなことを神様は望んではいない。アンナは、今判断したことが間違いではないことを祈りながら、大粒の涙が流れ落ちるのを懸命に我慢しながら、さらに進んでいった。
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