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渡辺温が持って居たお守りを拾った。

先日の日曜(2025年6月22日)、自宅から3分くらいの場所でお守りを拾った。

箱根神社へ行こうとする道中、階段を上っていたら目の前に落ちて居たのだった。霊媒ライフを送る僕的には、何か意味がありそうなことだと思ってこういうのは何時も手に取るのだが、拾い上げてみれば成田山のお守りだった。成田山といえば、渡辺温が中野でバーのママと喧嘩してぶち切れて踏みつけたお守りが成田山のお守りだ。

詰まり前世で僕が踏みつけたお守りの成田山という訳だ。
以前霊感持ちの知人に此の件を「成田山、どう?」と輕い気持ちで見て貰ったところ「怖い怖い、真っ赤になって怒ってる、何かした?」と言われていた。
それ故に僕はこのお守りを拾って良いのかどうかすごく迷った。けれど、新品未開封の状態で僕の行く手の真正面に落ちていて、しかも普段通らない方の道を「今日は何となくこっちがいい」と思って行った先で拾ったので、此れは何かすごく意味が在ることに違いないと思ってシャツの胸ポケットに入れて、一先ず持って行くことにした。此の日は暑くて上着を着て居なかった物で。

歩きながら何故僕の元に此のお守りが來たのか考えて居た。
そもそも持って居て怒られたしないのか、恨まれたりしないのか…色々考えていたがふと脳裏に「許されましたよ。償いは終わりました」という言葉が浮かんで、ああそれかもしれない? 僕は占いを通じて神仏を敬い、人々に尽くしてきたから……と思い至ると、わぁっと涙が出そうになった。こういう時に涙が出るのは、大体が正解の合図なので、僕はそういうことだと捉えることにした。

それからお守りの包装を開け、胸ポケットに入れて電車に乗った。
小田急に乗って箱根に向かっている途中、不意に渡辺温のお守りについてのことを思い出した。

温ちゃんは上衣の内ポケットから成田のお不動さんから頒布されている、例の金ピカの護符(お守り)を取り出して

岡戸武平「渡辺温ちゃんの死」幻影城1976年8月号

この一文を思い出した瞬間ぞっとした。
僕の前に落ちていた此のお守りも金ぴかで不動明王様の物だった。その上殆ど無意識に胸ポケットに此のお守りを納めている。大体僕はお守りは鞄やポーチに入れて持ち歩いて居るのに。
知らないうちに僕は、渡辺温が持って居たお守りと同じようなお守りを拾って、そのお守りを温と同じような場所に仕舞っていたという事だ。

あの時は短気を起こしてお守りを踏みつけて仕舞ったけれど、もう一度金ピカのお守りが巡ってきてくれた事で、僕はあの時お守りを粗末にしてしまった事のやり直しをさせてもらっているのかもしれない、と思った。

あれから僕は毎日シャツの胸ポケットに、此の成田山の金ピカのお守りを入れている。
温もきっとこうして毎日、上着の内ポケットに成田山のお守りを入れて居たのだろう。それを思うと、一層渡辺温の昭和5年の毎日を生々しく感じられるような気がした。


以上が一寸不思議な前世の話であり、渡辺温の人生を追体験するオタクの話でありました。

おしまい。



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