渡辺温のシルクハットに就いての色々。
渡辺温が彼の象徴とも云えるシルクハットを手に入れたのは昭和2年12月24日だと思われる。クリスマスイブの日に僕は毎年此の投稿をして居るが、流れて行ってしまうため一度ちゃんと記事にして説明しようと思う。
12月24日という日付に就いて
渡辺温がシルクハットを手に入れたのは横溝と新青年の編集をして居た時代、昭和2年4月号〜昭和3年の7月までの期間だ。
だから山高帽をひとに譲って、それにいくらか金を足して手に入れたという、ピカピカのシルクハットにモーニングという、最上級の盛装で出社しはじめても
博文館に入社して、お給料が入るようになると温は新しいモーニングを仕立て、山高帽を被って出社するようになったが、それがその内シルクハットに変わったという話だ。この山高帽を譲られた人というのが、俳優の山内光だと横溝が何処かに書いてあったように思うが、今回はすぐ見付けられなかったので又の機会に追記します。
そして、クリスマスか何かの晩に、とうとう待望のシルク・ハットを買い、それをかぶって〝サイセリア〟で乾杯した。
3年のクリスマスは温は新青年編集部には居ないため、これは2年の話だと考えられる。この文章は「新青年の誌面の幾つかはバーで酒を飲みながら考えた物で……」という流れからの話だった。彼等は仕事が終わると何時も銀座で飲んで居たという話なので、僕はこれを仕事終わりの事ではないか、と考えた。
「クリスマスか何かの晩」とあるし、此の文章自体が40年以上後に書かれたもので、水谷自身も記憶に自信がない事を書いて居るため「何かの晩」と曖昧な表記なのだろうが、一先ず僕はカレンダーで昭和2年の12月を確認した。
すると24日は土曜日、25日は日曜だった。
当時の土曜は仕事で日曜は休み。仕事終わりらしいという条件を考えれば、24日という事になるだろう。
此れ等の事から僕は、昭和2年の12月24日を渡辺温がシルクハットを手に入れたと思われる記念日とすることにした。「何かの晩」とある分、17日や18日など別の日かもしれないので「と思われる」を付けている。
温のシルクハットについて

温のシルクハットの写真資料は「W.W.W.」に掲載されている。楕円に近い角丸の箱の蓋には1920年代末期らしいデザインの文字で「絹帽」とある。また短辺の側面に「シルクハット 渡邊」と書いてあり、オーダーメイドで作って貰ったことを感じさせられる。
帽子は「銀座ダイトク」であつらえたとの事で、サイズは7 1/8。アメリカ基準なら57cmでイギリス基準なら58cmらしい(川淵帽子店より)。温はどちらのサイズだろう。
帽子の内側には「Daitoku」と「O.W」の縫い取りがある。温は私生活でも自分の名前の読みを本名の「ゆたか」ではなく「おん」として生活していた事が窺える。

渡辺温が帽子を作ったと思われる大徳の広告が掲載されて居る。
帽子職人さんの見立て
渡辺温のシルクハットと全く同じデザインのシルクハットをオーダーしようと思って帽子職人さんの元へ寫眞を持って行ったことがある。
帽子屋さんによると、内側の加工は此の時代特有の作り。素材はうさぎの毛だろうということ。とても艶があるからシルクハットに使われて居るのだそう。
帽子を作るための型が、温のタイプの物とは違ってカーブがある物だった爲オーダーは断念したが、温のシルクハットに就いての良いお話が聞けた。帽子職人さんに聞かなければ分からない事ばかりだった。
掌編「シルクハット」に就いて
シルクハットを題材にした渡辺温の掌編「シルクハット」だが、此れは昭和3年4月に「探偵趣味」に発表されたと云う事。4月号の掲載なので、執筆時期は2月中だと思われる。
主人公が山高帽子を売ってシルクハットを手に入れた事、本牧のチャブ屋は温が色々な友人と共に行き着けていた事など、実際のエピソードと重なっている。此の時期の温は新青年の編集をして居り独身で、金銭的にも時間的にも自由な時期だと思われる。屹度シルクハットを買ってすぐに(1月中にでも)それを被ってチャブ屋に遊びに行ったのだろう。
少なくともその事で着想を得た話ではないだろうか、と想像が出來る。
絹帽記念日を祝う投稿
こんな感じでクリスマスイブにはシルクハット記念日として地道に投稿をする事にしています。皆さんも毎年クリスマスイブに僕のこんな投稿を見掛けたら「ああ、そうだったね」とでも思っておいてくださいね。
一先ず「シルクハット記念日」に関する僕の調査・推論などの探偵作業はこんな所です。お付き合いいただきありがとうございました。
≡了≡
余談
とても参考にはならない僕の話
ずっと前に此樣な夢を見た。
銀座の夜景の中を歩いて僕はバーに入る。そこは馴染みの店で、仕事終わりで先に来て飲んで居た友人2人と、何時ものバーの女の子が居て今日は僕だけが遅れて入った。僕はシルクハットをみんなに見せて、誇らしげ。どうもシルクハットを買うために皆より少し遅れてしまったらしい。そして店内はクリスマス當日のパーティーの雰囲気だった。
みんなで乾杯をしたけれど、それがクリスマスのお祝いなのかシルクハットのお祝いなのかは、よく分からなかった。
此の夢を見た数ヶ月後に、上に引用した水谷準さんの文章を讀んで僕は総て理解した、と感じた。あれはクリスマスの晩にシルクハットが手に入ったお祝いをしたという事だったんだ、と。準さんの文章は此の15年ほど前に読んでいた筈だけど「クリスマスの晩」など、そのくだりをすっかり忘れて居て、そんな自分が恥ずかしく信じられない気持ちだった。とはいえ潜在意識に此の話が残って居て夢に見た可能性は0ではないかもしれないけれど……。
シルクハットを手に入れた日は、僕にとって人生でかなり上位の嬉しい出来事だったらしかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
おしまい。
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