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渡辺温モデルのモーニングの思い出

今年の2月、渡辺温の命日の3日程前にネットフリマでこのモーニングを見付けた。渡辺温が肖像寫眞で着て居るモーニングにそっくりなデザインのモーニングだ。

説明によると1910年代のアメリカの物だと思われ、価格は16000円。
サイズを見ると殆ど僕のジャストサイズであった。小柄な僕に合うモーニングがある事自體珍しい。2時間ほど惱んだ末に購入。そして温の命日の墓参りに此のモーニングを着て行く事が叶った。

温の肖像寫眞。

温のモーニング。襟の縁取りがお洒落で、餘り見ないデザインだった。中華街の腕の良い仕立屋さんに作って貰ったと、啓助さんの本に書いてあったと思う。

こんな感じで渡辺温のお墓参りに行った。

推定110年程前の服にしては非常に状態がよく、穴もなく縁取りも綺麗で前の持ち主は殆ど着て居なかったのだろうなと感じられた。
餘りに状態が良いので1910年代の物という見立ては間違いかもしれない、と云う事も少し思ったが、布地の質も良いし假令1910年代の物で無かったとしても非常に良いものである事には変わりないから、結局なんだっていいや、という結論に達した。
そもそも僕は何時かお金を貯めて、渡辺温と同じデザインのモーニングをオーダーメイドしようと考えていたのだ。オーダーメイドで頼むなら30万円はかかるだろうか…? 相場が理解らないけれど少なくとも1万6千円では作れないだろう。
どういった物かはっきり理解らないが、此れが僕にとって最高のモーニングであることには間違いがなかった。

ところで僕は、昨年の7月に長谷川修二が新青年に發表した「シンドバッド船長」という創作をデータに起こしてUPして居た。

特に上手い小説という譯では無いのだが、僕は此の人のセンスやテンポの速さ、当時のモダンボーイっぽさが現れている所がたまらなく好きだ。渡辺温の親友ということもあり、温と遊んだ時の雰囲気を匂わせているのも嬉しい。

長谷川修二が餘りにも埋もれているので、僕は少しずつ表に出して纏めたいなあと思っているのだが、その第一弾として彼の誕生日に合わせて此の文章をUPしたのだった。

それから少し経った或る日、風呂の中でぼんやりしていたら、白昼夢のような感じで長谷川修二が現れた。(ような気がする)

此處から唐突に幻想的な話になりますので惡しからず。

彼が言うには「あんな古いもん(自分の文章のこと)、もういいだろう。でも一寸嬉しかった」と。で、「お禮に何か帽子か服を贈ってやろう」と云う事を言われたので、あのお洒落な、新青年のヴォガン・ヴォグを担當していた長谷川修二さんの見立てで何かをいただけるなら最高だな!と僕は色めき立ったが、それと同時に彼は1960年代まで生きた人だったので彼の最新のセンスだと僕の好みに合わないと言う事にも思い至った。
なので「僕は1920年代の儘でセンスが止まっているのだから、その頃の服で頼むよ。あと中折れ帽は嫌だよ」とお願いした。すると——理解ったよ、という感じで彼は何處かへ行って仕舞った。そう感じた。

それから約半年後、此のモーニングが僕の元に巡ってきた。
温の墓参りが終り、暫くして4月頃、僕はふと此の時の長谷川修二との話を思い出した。
「此れはもしかして、楢原(長谷川修二の本名)が持って來て呉れたモーニングだったんじゃないのかしら」と。不意にそう閃いて「あー!」と聲を上げた。何か伏線が繋がったような感覺だった。

此のモーニングは状態といい、サイズといい、価格もギリギリ僕が出せるくらいの物で、本當に奇跡的な巡り合わせだった。しかも温の命日にギリギリ間に合うという事も含めて奇跡みたいなモーニングだった。
どうして此様な完璧な物が僕の元に來て呉れたのだろう? と僕は不思議に思いながら眺める度、歡喜に震えて居たけれど、ひょっとしたら長谷川修二の文章を打ち込んでUPしたご褒美に、彼が持って來て呉れたのかもしれない。

それを思うと、今年もまた長谷川修二の爲に何かやらなくちゃなんねえなあと思う。あんなに喜んで呉れたのなら。
僕は此の人の仕事もまとめて殘して起きたいなあと思っています。なるべく多く。


おしまい。

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