銃犯罪が間近にある生活
日本は、ブラジルに敗れました。
ピッチ上の結果に関しては必ず勝敗があるので、悔しいですが仕方ないことです。
技術的なことではなく、選手たちが「どんな場所から来たのか」ということを考えていました。
その選手が、どんな環境で育ち、何を背負ってピッチに立っているのか。
ヴィニシウス・ジュニオールが育った場所
ブラジル代表のスター、ヴィニシウス・ジュニオール。
日本も苦しめられました。
彼が育ったのは、リオデジャネイロ州のサンゴンサロ。
犯罪率が高い地域として知られ、多くの家庭が厳しい生活環境の中で暮らしています。
当時、地域の人々のスマートフォンで広く使われていたのが、「Onde Tem Tiroteio(どこで銃撃が起きているか)」という、銃撃情報を知らせるアプリでした。
ヴィニシウスは後に、こう振り返っています。
「どこから話せばいいのかわからない。あまりに遠すぎて、ここまで来られるなんて不可能に思えた。僕はサンゴンサロの路上で、裸足でサッカーをするだけの子どもだった。貧困と犯罪のすぐそばで。」
フラメンゴの育成組織に入ってからも、練習場までは片道約70km。
家族が近くへ引っ越せるようになるまで、その長い移動を続けました。
そして、ブラジルにはもう一つ大きな特徴があります。
サッカー人口の多さです。
登録選手だけでも世界有数の規模を誇り、その何倍もの子どもたちが、毎日ストリートや広場でボールを蹴っています。
世界最高峰になるためには、その途方もない競争を勝ち抜かなければなりません。
カゼミーロも同じです。サンパウロ郊外の貧しい家庭で育ち、幼い頃に父親が家を離れ、母親が一人で家計を支えました。
彼にとってサッカーは、家族を支える大きな希望でした。
サッカーは、人生を変える「最速の道」
ここに、ブラジルやアフリカと、日本との大きな違いがあります。
雇用が限られ、貧困、そして銃犯罪が身近にある社会では、スポーツは人生を変える大きなチャンスになります。
サッカーで成功し、家族を支え、人生を変える。
その思いで、多くの子どもたちが毎日ボールを追いかけています。
この感覚は、アフリカの選手にも共通しています。
鉱山会社で溶接工として働きながらサッカーを続けたクンダナンジ。
サッカーは、夢であると同時に、生きるための現実でもありました。
一方、日本にも相対的貧困という課題はあります。
しかし、世界全体で見れば、日本は安全で、教育を受けられ、水道水を飲み、安心して夜道を歩ける社会です。
それは決して当たり前ではありません。
世界には、今日を生き抜くこと自体が最大の課題である地域が、今も数多く存在しています。
あと1mmを分けるもの。
サッカーの世界は、あと1cm、いや1mmが勝負を分ける世界です。
もちろん、勝敗を分けるのは精神論だけではありません。
技術、戦術、コンディション、判断、経験。
すべてが重なって、勝負は決まります。
それでも、その最後の1mmで、ハングリー精神が力を発揮することがある。
「ここで負けたら終わる。」
「この一本で家族の人生を変える。」
その切実さは、技術や身体能力とは別の力として、選手を前へ押し出します。
ヴィニシウスの裸足のストリート。
カゼミーロの幼少期。
クンダナンジの溶接工時代。
ピッチで見せる最後の一歩の強さは、こうした原体験と無関係ではないと感じています。
難民キャンプから、ワールドカップへ。
もう一人、象徴的な選手がいます。アルフォンソ・デイヴィスです。
彼はリベリア内戦から逃れた両親のもと、ガーナの難民キャンプで生まれました。
幼少期を難民キャンプで過ごした後、5歳のときに難民受け入れ制度を通じて家族とともにカナダへ移住します。
カナダでは、経済的に厳しい家庭の子どもたちへ用具や送迎を提供する地域プログラム「Free Footie」と出会い、本格的にサッカーを始めました。
そして今では、世界屈指のクラブでプレーする選手となっています。
難民キャンプから世界最高峰へ。
これもまた、才能に機会と環境が与えられれば、大きく花開くことを証明する物語です。
これは、日本が悪いという話ではない。
誤解してほしくないのは、これは「日本は恵まれすぎている」という話ではないということです。
日本が安全で、教育があり、医療があり、安心して暮らせる国であることは、本当に素晴らしいことです。
むしろ、それこそが日本が世界に提供できる価値でもあります。
ただ、世界を目指す選手には、幼い頃から世界を知ってほしい。
サッカーのレベルだけではありません。
世界には、どんな環境で育ち、どんな覚悟を持ってピッチへ立つ選手たちがいるのか。
それを知ることで、自分がどれだけ恵まれた環境にいるのかも見えてきます。
恵まれていることを自覚することは、弱さではありません。
その環境をどう生かすかを考えることこそが、世界との差を埋める第一歩なのだと思います。
これは、私自身にも言えることです。
アフリカへ行くたびに、日本という国の素晴らしさを改めて感じます。
蛇口をひねれば水が出る。電車は時間どおりに来る。夜でも安心して歩ける。
それは世界では決して当たり前ではありません。
外を見て、初めて自分の足元の価値がわかる。
だからこそ、外を見ることが大切なんです。
ブラジルの街を。アフリカの大地を。難民キャンプを。
それは、誰かを憐れむためではありません。
彼らの強さの源を知り、自分たちが立っている場所の価値を、もう一度見つめ直すためです。
改めて感じたことがあります。
世界で戦うということは、技術や戦術だけを比べることではない。
その背景にある人生、環境、覚悟とも向き合うことなのだと。
ON AFRICA
