本を読むとnoteが書けるようになる話。
動画をぼーーーっと見てる時、脳ミソ死んでる気がする。
Instagramでリール動画が元々あったけど、TikTokが出てきて、ショート動画が流行りだして、面白い動画がバンバン出できて…
SNSのAI機能って恐ろしく優秀だから、私たちがちょっと長くみた動画があると「あなたこれ好きでしょ!」って、すぐ次に自動再生してくる。
AIの ”どや顔" が想像できるくらいすぐ出してくる。
「くっ…!」と思うけど、それがまた面白くて見ちゃうから人間惨敗。
そうやって動画を見ては、時間が溶けていくけど、私はあることに気付いてから、だらだら動画を見ることを辞めた。
それは…
動画って「”奥行き”」なくない?

まさにこのイラストが上手く表していると思っていて、動画はその瞬間はとっても楽しいけど、自分の中に「 残るもの 」が少ない。
私はその理由として、動画って、動画の中の「主人公」が既に映っていて、声が聴けて、どういう環境で周りにどんな人がいて、その人たちの風貌はどんな感じで…という「 答え 」が、目に見えるからだと思う。
特にショート動画。
しかも、次から次に出てきて「飽きない」。
頭を使わなくていいから楽だし、簡単に楽しいを感じることができる。
「答え」が映し出されているから。
でも本って、読みながらその「主人公」を自分の頭の中で作り上げて、動かして、登場人物同士がお喋りをする。読みながらする妄想。
これを頭の中で組み立てるので、動画に慣れてしまうと、この労力に無意識に腰が重たくなる気持ちも少し分かる。
多分今の時代、「本を読むこと」は能動的行動なんだよね。スマホを開けばどんどん脳死で楽しめる面白い動画が出てくるからさ…
特に小さい子ほど動画に慣れていると思うから、本を読む子と、読まない子に何か違いも生まれる気がする。
年齢問わず、脳の使い方が違うから「本を読む」のは大事だね。
だから私は「本」を読むし、
「note」を書く

私は個人的に月2冊は本を読むようにしてる。
1つはビジネス書で、1つは小説。
本は1番安い自己投資だからね。誰かが言ってた言葉の受け売りだけど🥹。
Xで誰かがお勧めしていたり、友人が教えてくれた本はその場で買うようにしていて、家に届いて、少し熟成してから、気が向いた時に読むのが私のスタイル。
ちょっと間を開けると、その本が「ちょうど読みたい」タイミングが来る。
そういう時に読むと、内容が染みるから、自分に合ってる。
あとはたまにTUTAYAに行く。本を買わなくても「読める」というのは画期的だよね。(ちゃんとドリンクは買うんだよ!)
本も溜まりすぎると収納に困る。ありがたい。

買うの躊躇しちゃう派😂
(理由収納。特に小説)
本は“情報”じゃなくて“体験”。
私は画面を眺めて得た知識の大体が「へ〜そうなんだ」で終わる。「良い事言ってるな~」って。(あっさり😂)
でも本は、読んでる間に感情が動いたり、自分の中で何かがじわじわ変わる感覚がある。
文章の中で、誰かの人生を一緒に味わって、には泣いたり、笑ったり、イラっとして、自分の中で生きてるような。
自分の中に“言葉”が溜まる感覚。
言葉があると、気持ちを整理できるし、人に何かを伝えたくなった時にも助けてくれる。
noteを書いてるのも、たぶんその延長線上。
何かを読んだり経験して、自分の中に湧いてきた感情とか気づきを、ちゃんと“自分の言葉”で棚卸しして、文章にするのは、思考回路を増やすためにも重要な事だと思う。
で、それが誰かの心にふっと届いたら、私もめちゃくちゃ嬉しい。
さいごに
いつもコメント下さったり、記事掲載してくださる皆さまありがとうございます!
全てのご紹介をありがたく拝読しています。
掲載してくださった記事は、以下ご紹介マガジンに全て取り上げさせて頂いておりますので、不要な場合は仰ってください。みなさまの何かのご縁に繋がれば幸いです。
では、また明日🫶🏻
