【おすすめ本あり】職なし、金なし、元気なし。どん底からシンプルライフ10年に至るまで #2
前回までのnoteで、元片づけられない私が、
職なし、金なし、元気なしの主婦になるところまで話しました。
まだ片付けは始まっておりません。
その後、人生を変える片付けをし、シンプルライフ10年のおまゆです。
物より何より、肩書きを失う恐ろしさ
はじめに言っておく。
片付けの相談の度に「捨てられない」という悩みを聞いてきたが、なくなって困るものは物以外にもいくつかある。
その中で、肩書きを失うのは恐ろしいものだ。
これを失うことで、命をたつ人もいるぐらいだから。
前回までに少し触れたが、私が会社を辞めた時、
職も金も元気もなかった。
そして子どももいなかった。というか、できなかった。
なので自動的に、子なし専業主婦になった。
仕事も続けられなかった、子どもも産めなかった、
夫を幸せにできないのに家にいるお荷物になった。
「子どもいないのに仕事もせずに何しているの?」
という声が聞こえてくるようだった。
こうして無事、私の自己肯定感は底辺になった。
そんな私は、せめて良き妻になろうとした結果、
やたらと手の込んだ料理をするようになった。
自分を保つために、すじ肉を煮込むことにした話
世間は生産性で物事を図る。コスパ、タイパが価値だった。
私は何も生産していない、子どもすら産めない。
「何かをしていないと存在価値がない」という焦りから、とにかく手間のかかる煮込み料理に没頭した。
すじ肉を煮込んで手の込んだ料理をする、夫が喜ぶ。
それだけが、自分が生かしてもらえる理由な気がした。
あれだけ幼い頃から希死念慮のあった自分が、今生きようとすじ肉を煮込んでいる
これは細やかながら大きな一歩だったかもしれない。
そんな私でしたが、心を病んで退職したのもあり、療養も必要と感じていた。
お金がなかったので、フリマサイトや古本屋などを屈指して、今の自分の環境を肯定するための本を読み始めた
当時の自分を肯定するために読んでよかった本
私には時間だけはあったし、煮込み料理の傍ら本を読むようになった。
会社員ではなく、お金も時間も自由な生き方をしている人の本
半農半Xなど、ワークライフバランスの最適化をしている人の本
今仕事ができず夫の給料で生きることを肯定してくれる心理の本
その中で出会い、参考になった本の一部を紹介します。
『しないことリスト』 pha
私は人生を変えた片付けの時、「もう卒業だ」と手放したけど、何度も買い直した本。
頑張りすぎてしまう私の参考書となった。
『手ぶらで生きる。見栄と財布を捨てて、自由になる50の方法』ミニマリストしぶ
しぶさんのおかげで、ミニマリストという存在を初めて知ったと思う。
こんなに物がなくても生きられること、そうすればお金はかからないこと。
お金をこれからどう稼ぐか考えもがいていた私の希望でもあった。
戦後を生きた祖父母から生まれた両親、それに育てられ、バブルの残り香の中成長した私。
物とお金の量は、幸せそのものという価値観がひっくり返った瞬間でした。
物を手放していいんだという発見。
人生を変える片づけへの許可が生まれた瞬間だったと思う。
『人生がときめく片付けの魔法』 近藤麻理恵
言わずとしれた名著で、読んだことがある方も多いと思う。
私も仕事を辞める前に読んでいたのだけど、ミニマリストという概念と出合い、片付けのために再読した。
人生を変えたいという思いもあって「ときめくものを残す」単純明快なルールも魅力的だった。
この当時も今も、シンプルライフを送る上で、このルールが根底に染み込んでいると感じる。
『「好きなこと」だけして生きていく』心屋仁之助(追加した本)
私に必要なやさしさはこれだ!と、心屋さんの本も読み漁りました。
中でも「存在給」の話は、肩書きもお金もなく、主人のお荷物になったと感じていた自分には優しい話だった。
こうして片付けに向かう心の準備は作られていく。
45リットルのゴミ袋と、途方に暮れた半年間
それからの私は、こんまり流(という名の自己流だったかも)の片付け祭りが始まった。
2017年、初頭のことだった。
キッチンの物を集めただけでとんでもないことになった
確か、本の通りに片付けるならこうだった。
1ジャンル全ての物を集めて、
ときめく・ときめかないで仕分けして
ときめかない物は捨てる…
全て集めるのは、物の総量を知るのが意図だったと思う。
私は意図通り、物の総量を知って、度肝を抜かれた。
専業主婦になって、それなりに家事に力を入れて、それなりに片付いたうち。
少し広くなっていた床にキッチンの物を広げたのに、足の踏み場がないほど大変なことになった。
結論からいいうと、キッチンの片付けすら1日では終わらなかった。
夫が帰る時間になっても片付かない
「これは一人暮らしを始める時、とりあえず買ったもの」
「これは使いにくかったもの」
「これは使ったこともないもの」
私は適当に選んだ適当なものに囲まれて暮らしているのが身にしみた。
夢中になって片づけていた私は、時間を忘れていた
ガチャッ
晩御飯もない家に、愛しの夫が帰ってきてしまったっっっ
そもそも調理できる状態ではなかった。
その時は潔く食べに出かけたと思う。
自己肯定感底辺で手の込んだ料理や家事しか今の自分を肯定できない私が、なんだか人生が変わる予感に、晩御飯も準備できていないのに誇らしい気持ちだったのを覚えている。
途方にくれる日々
そんな晩御飯も作れない日々が続いて良いわけがない。
夫の帰る時間ごろ、全く片付かない家を見て、途方に暮れることもしばしばだった。
とにかく一箇所の片付けも終わらない日は、物を部屋の隅に寄せては寝るまでの時間を過ごした。
来る日も来る日も45リットルの指定ゴミ袋をいっぱいにしては、ゴミの日に出しに行く日々。
1度に8袋出したゴミの日もあった。
大きな家具は解体ノコギリで解体して廃棄、リサイクルショップは常連だった。一人では捨てられない大型のものは、休みの日に夫とゴミ処理場へ捨てに行った。
それでも半年が経とうとした頃、部屋は爽やかな風が流れ、空気が美味しい家になってきていた。
築も浅くはないアパートだし、住んで6年。
この時に初めて愛着が湧いて、私は隅々まで掃除をし始めていた。
片付けの手順や細かい振り返りは、改めてまとめたい。
片付けが加速した理由と次回予告
そんな住み慣れた家を、引越しすることになった。
仕事を辞める以前から出ていた話ではあったが、マイホームを建てる話が進み始めたのだ。(元建築関係でもある)
このことが、私の片づけを一層加速させることになる。
「新しい家に、この過去の遺物(ゴミ)を絶対に連れていかない」
これは大きな動機のひとつになった。
もうひとつ。
理想の家を模索していたその時、私の人生を根底から変える
「ある美しい世界」との出会いが待っていた――。
次回、私に収納を通して「生きる許可」をくれた人物と、片付けを通して希死念慮を手放した話
