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【理論×実践】最後に発問例もあります!「親切・思いやり」って、どう違うの?

「親切にしましょう」「思いやりをもちましょう」
道徳の授業で、ものすごくよく出てくる言葉です。

でも実際に授業をつくろうとすると、

「“優しくしよう”で終わってしまう……」
「親切って、どこまでやればいいの?」と、意外と難しい。

その奥深さや幅の広さに、私も悩まされた経験があります。
実は、「親切・思いやり」は、
道徳の中でもかなり“深い”内容項目です。

今日は、

  • 親切

  • 思いやり

を、哲学の知見も交えながら、
授業でどう理解すると深まりやすいのかを整理していきます。


まず、「親切」と「思いやり」は同じじゃない

ここ、かなり重要です。
授業では一緒に扱われることが多いですが、実は少し違います。

ざっくり言うと——

親切→行動
思いやり→想像・心の動き

つまり、「何をしたか」と、
「相手をどう感じ取ったか」には違いがある。


「親切」って、どういうこと?

まず、親切。
これは比較的わかりやすい。

「相手のために行動すること」

です。

例えば、

  • 荷物を持つ

  • 声をかける

  • 助ける

  • 教えてあげる など。

“見える行動”として現れやすい。
だから低学年でも扱いやすい内容項目です。


でも、親切って意外と難しい

ここで終わると、「困っている人を助けよう」だけになります。

でも現実は、そんなに単純じゃない。

例えば——

  • 本人は助けてほしくないかもしれない

  • おせっかいになることもある

  • 「親切」が相手を傷つけることもある

ありますよね。

つまり、“してあげること”が、本当に相手のためとは限らない。

ここが、道徳として面白いところです。


イマヌエル・カントは「親切」をどう考えたか

カントは、「善い行為」とは、

ただ感情でやるものではなく、

「相手を人間として尊重して行うもの」

だと考えました。

つまり、「自分が気持ちよくなるための親切」ではなく、

“相手を一人の人格として大切にすること”

が重要だった。

これ、道徳授業でもかなり大事です。


「思いやり」は、もっと見えにくい

次に、思いやり。

これは、

「相手の気持ちや立場を想像すること」

です。

つまり、行動よりも、“内面”に近い。


「思いやり」が難しい理由

思いやりって、答えが見えません。

だって、本当の気持ちは、本人にしかわからないから。

だから、「この子は、今どんな気持ちだろう」を想像する必要がある。

つまり、“自分中心”から離れる力が必要なんです。


エマニュエル・レヴィナスの「他者」の哲学

レヴィナスは、人間にとって最も大切なのは、

「目の前の他者に応答すること」

だと考えました。

ここでいう「他者」は、自分とは違う存在。

つまり、「わかったつもり」にならず、

「本当は、自分にはわからないかもしれない」

という姿勢を持つこと。

これ、思いやりの本質にかなり近いです。


道徳授業でよくある落とし穴

「相手の気持ちを考えよう」で終わる授業です。

もちろん大事です。

でも、それだけだと、子どもは“正解探し”を始めます。

教師が期待する、

「悲しいと思う」
「つらいと思う」を答えるゲームになる。

でも本当は、

  • 本当にそう思った?

  • 別の感じ方はない?

  • 自分ならどう感じる?

まで考えないと、思いやりは深まりません。


「優しい子」を育てるだけでいいのか?

ここ、かなり大事です。

道徳の「親切・思いやり」は、

単なる“いい子育成”ではありません。

むしろ、

  • なぜ人は冷たくなるのか

  • なぜ見て見ぬふりをするのか

  • なぜ声をかけられないのか

を考えることの方が重要です。

だって現実では、「助けたほうがいい」

とわかっていても、動けないことがあるから。


ハンナ・アーレントが見た「無関心」の怖さ

アーレントは、人間の怖さは、

“悪い人”だけではなく、

「考えずに流されること」

にもあると言いました。

つまり、見て見ぬふり。

空気に流されること。

これは、道徳授業でもかなり重要です。

親切や思いやりって、実は、“勇気”ともつながっているんです。


授業づくりで大事なのは「葛藤」

「親切にしよう」だけでは、授業は浅くなります。

おすすめは、

「なぜ、それが難しいのか」

を扱うこと。

例えば——

  • 声をかけたいけど恥ずかしい

  • 助けたいけど周りの目が気になる

  • 本当に相手は望んでいる?

  • 自分ばかり損してない?

こういう葛藤が入ると、子どもの思考が一気に深まります。


「思いやり」は、“わかる”ではなく“近づこうとする”こと

ここ、かなり大事です。

道徳では、「相手の気持ちを考えよう」と言います。

でも、本当は、

他人の気持ちなんて完全にはわからない。

だからこそ、

「わかろうとし続ける」

ことが大切なんです。

これって、人間関係そのものですよね。


授業で使いやすい発問例

最後に、実際に授業で使いやすい発問を整理しておきます。


「親切」を考える発問

  • この行動は、本当に相手のため?

  • 「助ける」と「おせっかい」は何が違う?

  • なぜ主人公は声をかけられなかったんだろう?

  • 親切って、相手にどう伝わるんだろう?


「思いやり」を考える発問

  • 相手は、本当はどんな気持ちだった?

  • 自分だったら、どうしてほしい?

  • 「わかったつもり」になっていない?

  • 相手の気持ちを考えるって、どういうこと?


「葛藤」を深める発問

  • 助けたいのに動けない時ってある?

  • 周りに合わせてしまった経験は?

  • 優しくすることが難しいのは、なぜ?

  • 本当に相手のためになることって何だろう?


最後に

「親切・思いやり」は、一見すると、

“やさしい話”に見えます。

でも実際は、

  • 他者理解

  • 想像力

  • 関係性

  • 勇気

  • 無関心

  • 自己中心性

など、人間の本質がかなり詰まった内容項目です。

だから難しい。

でも、だからこそ面白い。

そして授業で本当に大切なのは、

「優しくしようね」で終わることではなく、

「人と関わるって、どういうことだろう」

を、子ども自身が問い続けることなのだと思います。

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