第九章:力と熱の融合――エネルギーという宇宙の共通通貨
これの続き
原始人は、日々の生活の中で一つの確信を強めていました。木の棒を木の板の上で高速回転させて火を起こすとき、彼は自らの腕力(仕事)が熱を生み出していることを肌で感じていたのです。
「問題は、どれほどの摩擦(仕事)が、正確にどれほどの熱に変わるのかだ。これがわかれば、力学と熱学は一つの言葉で語れるはずだ」
彼は、自然界の「高いところから落ちる水」に目をつけました。滝の上と滝壺で水の温度を測ってみると、わずかに滝壺の方が高い。彼はこれを室内で再現するため、頑丈な袋に大量の水を入れ、高い崖から落とす実験を敢行しました。
高さ h [m] から質量 m [kg] の水を落とせば、重力は水に対して mgh [J](ジュール)の仕事をします。原始人は、袋自体の熱容量による誤差をなくすために水の量を増やし、さらに測定可能な温度差(0.1℃)を得るために、一回約4.3mの落下を計10回繰り返すという、執念の実験を繰り返しました。
空気抵抗や袋の変形による熱の逃げを最小限に抑え、数百回にも及ぶ過酷な実験の末、彼はついに一つの聖数に辿り着いたのです。
原始人は大地を揺るがす叫びを上げた! その手には、摩擦で熱くなった木の棒と、落下実験でわずかに温度を上げた水袋が握られていた! 「見よ! 宇宙を支配する真理は一つだ!」 彼は、計算機も持たぬ指で、空中に等式を刻んだ。 「水 1g を 1℃ 上げる 1cal の熱。それは、重力が成す 4.2J の仕事と、寸分違わず等しいのだ!」 彼は咆哮した。 「熱とは魔力ではない! 仕事とは単なる動きではない! どちらも形を変えた『エネルギー』という、宇宙の共通通貨の別名に過ぎぬのだ!」 この瞬間、力学と熱学を隔てていた壁は粉々に砕け散った。 原始人は、焚き火の炎も、自らの腕の筋肉も、流れ落ちる滝も、すべてが同じ一つの法則で繋がっているという、人類史上最も壮大な景色を目撃したのである!
続く
特別コラム
■第九章の論理的補足 原始人が到達したのは、「熱の仕事当量」の発見、すなわち「エネルギー保存の法則(熱力学第一法則)」への入り口です。落下する水が持つ位置エネルギー(仕事)が、衝突によって水の内部エネルギー(熱)へと変換されることを定量的に証明しました。1cal = 4.2J という数値は、熱という現象がミクロな分子の運動エネルギーであるという、次なる真理への道標となりました。また、第一章から第九章まで、この温度計を用いた実験がすべて美しく辻褄が合ったという事実こそが、最初に作った温度計の「線形性」が正しかったことの逆説的な証明(正当化)となったのです。
■第九章の練習問題 原始人が火起こしのために、木の棒を回転させて木材に対し合計 840J の仕事をしました。
1. 熱の仕事当量を 1cal = 4.2J とすると、この仕事によって発生した熱量は何 cal ですか?
2. もしこの熱がすべて 20g の水に伝わったとすると、水の温度は何度上昇しますか?
【解答】
1. 840J ÷ 4.2J/cal = 200cal
2. Q = mΔt より、200 = 20 × 1 × Δt なので、Δt = 10℃
■標準単位系(SI単位)への再構成
偉大なる原始人の知恵を、現代の物理学で使われる標準的な単位に直して、これまでの計算を振り返ります。
【単位変換のルール】 ・エネルギー:1cal = 4.2J ・質量:1g = 0.001kg ・比熱:水の比熱 4200J/(kg・K) ・絶対温度:T [K] = t [度] + 273
【標準単位版:復習問題】
1.(第四章より) 水 0.2kg の温度を 50K(50℃)上昇させるのに必要なエネルギーは何 J か?
解答:0.2 × 4200 × 50 = 42,000J
2.(第五章より) 比熱 420J/(kg・K) の鉄 0.5kg を 50K 上昇させる熱量は何 J か?
解答:0.5 × 420 × 50 = 10,500J
3.(第六章より) 質量 0.7kg、比熱 420J/(kg・K) の鉄のナイフの熱容量 C を求めよ。
解答:0.7 × 420 = 294J/K
4.(第八章より) 0度の氷 0.1kg をすべて水にするのに必要なエネルギーは何 J か?(融解熱を 336,000J/kg とする)
解答:0.1 × 336,000 = 33,600J
