「今どのくらいイライラしてる?」が伝わらない──感情認識と見通しで子どもが安定する仕組み
こんなこと、ありませんか
「うちの子は、すぐに爆発する。
イライラがピークになるまで、本人は『まだ大丈夫』と言う。
そして突然、ぐるんとひっくり返って、泣きわめく、暴れる、物を投げる。
『あなた、いまどのくらいイライラしてる?5段階で言って?』
聞いても、首を振るだけ。
『いま、何が嫌だったの?』
聞いても、ぷいっと顔を背ける。
『自分の気持ちくらい言葉にしなさい!』
怒鳴っても、効かない。
むしろ余計に爆発する。
本に書いてある『感情を数値化させる』『感情のスケールを使う』を試したけど、まったくうまくいかない。
この子、自分の気持ちがわからないの?」
これは、ADHDやASD特性のある子の保護者・先生方が、ほぼ全員ぶつかる壁です。
「自分の感情を数値化する」「いまの気持ちを言葉にする」――これ、実は大人でも難しいことです。
ましてや、感情の言語化が苦手な発達特性のある子に求めても、答えられないのが普通です。
私は児童精神科の診察室で、毎週のように、こうしたご家族にお会いします。
そして、いつも最初に言うのは、
「『感情の自己認識』は、思っているよりずっと高度なスキルです。子どもには、その代わりに『見通し』を作ってあげてください。それだけで爆発は半分以下に減ります」
今日は、感情の数値化がなぜ難しいのか、その代わりに何が効くのか、お話しします。
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※本記事は児童精神科医の臨床経験に基づく一般的な情報提供であり、個別の症例について断定するものではありません。お子さんの診断・治療・支援については、必ずかかりつけ医・スクールカウンセラー・特別支援コーディネーター等の専門職にご相談ください。
この記事の内容は、執筆者である児童精神科医が日々の診察で実際に保護者・本人に伝えている内容を、個人情報を完全に取り除いた上で再構成したものです。
1. 「自分の感情に気づく」のは、超高度なスキル
大人でもできない、メタ認知
「いま自分はイライラしている」と気づくこと。
これを、心理学ではメタ認知と呼びます。
自分の心の状態を、もう一人の自分が観察するスキル。
このメタ認知は、
通常、10代後半〜20代前半にかけて育つ
大人でも完全には身についていない人がいる
発達特性のある子は、特に育ちにくい
つまり、小学生〜中学生に「いまのイライラは5段階で何?」と聞くこと自体が、発達段階を飛び越えた要求なんです。
答えられないのは、サボっているのでも反抗しているのでもなく、そのスキルがまだ育っていないだけ。
「答えないこと」が、すでに答え
私が保護者によく伝えるのは、
「お子さんが『いまどのくらい怒ってる?』と聞かれて答えないとき、それ自体が『いま怒っている』というサインです。怒っていない時には、ふつうに答えられるんです」
怒りのピークでは、脳の中で感情を司る部分(扁桃体)が過剰に活動して、言語を司る部分(前頭前野)の働きが落ちる。
だから、怒っているときほど、言葉が出てこなくなる。
これは生理的な反応で、本人にも止められません。
「答えられない=怒りの最中」と理解すれば、あとは対応が変わります。
「数値化」は、出来事の振り返りなら使える
ただし、怒っている瞬間ではなく、後で振り返るときには、数値化は使えます。
怒り終わった夜、「今日のあのときの怒りは、5段階で言うと何?」
翌朝、「昨日のあの場面、もしいまだったらどう感じる?」
冷静なときに、過去の感情を客観的に見直す――これがメタ認知のトレーニングです。
リアルタイムでの数値化を求めるのではなく、後追いで振り返るようにすると、子どもも答えやすい。
2. 「見通し」が、感情爆発を防ぐ
メタ認知が育っていない子に効くのは、「未来を見せる」こと。
見通しがあると、子どもは安定します。
「いまから何が起きるか」を伝える
ADHD・ASD特性のある子は、「予想外」に弱いです。
急に予定が変わる
知らない場所に連れて行かれる
想定と違う展開になる
これだけで、脳の中で「ありえない事態が起きている!」と警報が鳴ります。
警報が鳴ると、爆発する。
だから、事前に予告しておくだけで、爆発の半分は防げます。
「明日は歯医者に行くよ。10時から、20分くらいで終わると思う」
「これから家を出るよ。スーパーに行ってから、図書館に寄って、3時くらいに帰ってくる」
「お風呂は8時に入るよ。それまでにゲームの区切りをつけてね」
「いつ・どこで・何が起きるか」を、毎回伝える。
親にとっては「いちいち面倒」かもしれませんが、これがADHD・ASDの子の脳には「先が見える安心感」を作ります。
「数」と「終わり」を最初に示す
口頭で指示を出すときも、見通しを伝えます。
❌ 「ねぇ、ちょっと聞いて、宿題やった?あと明日体操着いるからね、それから今度の日曜お祭りで、靴も汚れてるから磨いとこうかな」
⭕ 「いまから大事な話を、3つするね。1つ目、宿題のこと。2つ目、明日の体操着。3つ目、日曜のお祭り」
「いくつ話すか」「どこで終わるか」を最初に示すだけで、子どもは集中力を準備できる。
逆に、終わりが見えない話は、最初から脳が拒否します。
これは、ADHDの子の集中力の特性を踏まえた工夫。
彼らの脳は「いつまで集中していればいいかわからない」と、最初から集中することを諦めるんです。
ゴールが見えていれば、そこまで頑張れる。
「いつもと違うタイミング」で声をかける
声かけは、頻度が多すぎると逆効果です。
「早く着替えなさい」「もう着替えた?」「まだ着替えてないの?」「いいかげん着替えなさい!」
――10回言うと、子どもは聞き流します。
繰り返される声には、脳が慣れるんです。
だから、頻度を減らして、違うタイミングで届けるのが効果的。
いつもは口頭で言う → 今日は紙に書いて見せる
いつもはお母さんが言う → 今日はお父さんが言う
いつもは正面から言う → 今日は隣に座って静かに言う
「いつもと違う」だけで、子どもの脳は注意を向けます。
そして、「あ、やらなきゃ」と自発的に気づく経験が、本人の自律性を育てます。
ここから先は、診察室で私が実際にしている声かけと、家庭でできる「見通し作り」の具体策に踏み込んでいきます。
出典・参考情報
発達障害ナビポータル(国立障害者リハビリテーションセンター)「ADHD・ASD」 https://hattatsu.go.jp/
こどもの心の診療ネットワーク事業(厚生労働省/中央拠点:国立成育医療研究センター)(https://kokoro.ncchd.go.jp/)「発達障害の理解のために」
発達障害情報・支援センター/国立障害者リハビリテーションセンター(https://www.rehab.go.jp/ddis/)
文部科学省「発達障害のある児童生徒などへの支援について」(https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/gakuseishien/1290235.htm)
こどもの心の診療ネットワーク事業(厚生労働省/中央拠点:国立成育医療研究センター)(https://kokoro.ncchd.go.jp/)
3. 診察室で私がしていること
ここまで読んで、「『いまどのくらいイライラしてる?』が伝わらないのは脳の発達段階の話で、見通しと予告が爆発を防ぐのは分かった。でも、毎日の生活で、家族として『何を言って』『何を言わないか』をどう線引きすればいいんだろう」と感じた方も多いのではないでしょうか。
「正論で諭したくなるけれど、それでは火に油を注ぐ」「ミスを訂正したいけれど、いつ訂正すれば届くのか分からない」「レジリエンスを育てたいけれど、何をしたらいいのか具体的に分からない」――感情の波の前で、保護者は声のかけ方そのものに悩みます。
私は診察室で、子ども本人に感情を聞くより、「子どもの行動を見て、こちらが感情を言葉にする」ことを優先しています。
正論より共感を先に置くこと、見通しを言葉にする習慣を家庭に持ち込むこと、ミスを訂正するタイミング――どんなときに伝えれば耳に入るか――を見極めること、そしてレジリエンスを育てる視点を、日常の声かけの中に少しずつ織り込んでいくこと。感情そのものをコントロールしようとするより、感情のまわりの「環境」と「順序」を整えるアプローチを、家族と一緒に組み立てています。
ご家族で「うちの子の癇癪にどう向き合おうか」と話すとき、先生に「日常の声かけ」を相談するときの「下敷き」として読んでもらえたらと思います。
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