「ゲームをやめられない」は意志の弱さではない──過集中と切り替え困難を「強み」に変える
こんなこと、ありませんか
「『あと10分でゲームやめなさい』
『あと5分』
『もう時間だよ』
『はーい』
――でも、絶対やめない。
10分が30分になり、30分が1時間になる。
最後は、コントローラーを取り上げて、ものすごい癇癪。
壁を叩く、物を投げる、弟妹に当たる。
夫からは『お前の躾が甘い』と言われる。
義実家からは『そんなにゲームばっかりさせて』と責められる。
学校の先生からは『家で何時間ゲームしてるんですか?』と聞かれる。
毎日毎日、ゲームの終わりで戦争。
親も子も疲れ切って、夜眠れない。
『この子、ゲーム依存症なんでしょうか?』
『取り上げるしかないんでしょうか?』」
これは、ADHD・ASD特性のある子のご家族が、共通して抱える悩みです。
ゲームの終了時間がどうしても守れない。
やめさせると爆発する。
私は児童精神科の診察室で、毎週のようにこの相談を受けます。
そして、ご家族にお伝えしているのは、
「これは『意志の弱さ』ではありません。脳の『切り替え機能』が、まだ未熟なんです。気合いでは絶対に解決しません」
そして、こうも言います。
「でも、この『没頭する力』は、お子さんの将来の最大の武器になるかもしれません」
今日は、過集中と切り替え困難の正体と、それを「強み」に変えていく道筋についてお話しします。
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※本記事は児童精神科医の臨床経験に基づく一般的な情報提供であり、個別の症例について断定するものではありません。お子さんの診断・治療・支援については、必ずかかりつけ医・スクールカウンセラー・特別支援コーディネーター等の専門職にご相談ください。
この記事の内容は、執筆者である児童精神科医が日々の診察で実際に保護者・本人に伝えている内容を、個人情報を完全に取り除いた上で再構成したものです。
1. 「やめられない」のは、脳の構造の話
ADHDの「切り替えスイッチ」が弱い
人の脳には、「いまやっていることをやめて、別のことを始める」ためのスイッチがあります。
これは前頭前野という、おでこの後ろあたりの脳の機能で、実行機能と呼ばれます。
ADHDの子は、この実行機能の発達が同年代より2〜3年遅いことがわかっています。
つまり、10歳の子でも、7〜8歳レベルの「切り替え機能」しか持っていない、ということ。
「あと10分でやめてね」と言われても、
10分という時間感覚がつかみにくい
楽しいことに没頭していると、時間の感覚が消える
「やめる」という指令を脳が受け取っても、すぐに行動に変換できない
これは「わがまま」ではなく、脳の構造そのものです。
「過集中」という、ADHDの隠れた特徴
ADHDというと「集中できない」イメージがありますが、実は逆もあります。
好きなことには、何時間でも集中できてしまうんです。
これを「過集中(hyperfocus)」と呼びます。
過集中の状態では、
名前を呼ばれても気づかない
お腹が空いても気づかない
トイレに行きたくなっても気づかない
周りで何が起きていても気づかない
外界の信号がまったく入ってこない状態です。
この状態のときに「ゲームやめなさい」と声をかけても、本人の脳には届いていない可能性があります。
「楽しいことへの過集中」と「苦手なことへの低集中」
ADHDの子は、好きなことには120%集中するけれど、嫌いなことには5%しか集中できない――このコントラストが極端なのが特徴です。
ゲーム: 3時間集中
宿題: 5分も持たない
好きな本: 一気読み
教科書: 1ページも読めない
これは、「集中力がない」のではなく、「集中力の配分が偏っている」んです。
脳の中で、「報酬を感じる回路」が、興味のないことには反応しにくい。
だから、努力では補えない部分が大きい。
「江戸っ子」な特性
ADHDの子の「過集中+切り替え困難」を、私は時々「江戸っ子」と表現します。
宵越しの金は持たない(先のことを考えない)
一度のめり込むと、はまり切る
でも、すぐに気持ちが移る
怒るときは派手に怒る、引きずらない
これは、悪い特徴ばかりではありません。
「いまここに全力で集中する」という、ADHD系の子の生き方そのものです。
この生き方が、合う環境ではすごい力を発揮します。
2. 「ゲームばっかり」の裏側で、子どもは何を得ているか
ゲームばかりしている子を見ると、保護者は不安になります。
でも、ゲームをすることで、子どもは確かに何かを得ています。
「達成感」「成功体験」
学校で、宿題で、人間関係で、思うようにいかない毎日。
そこへ帰ってくると、ゲームの中では:
レベルが上がる
敵を倒せる
仲間とチームを組める
称賛してもらえる
現実世界で得られない「成功体験」を、ゲームの中で得ているんです。
それを取り上げると、本人にとっては「最後の砦」を奪われる感覚になる。
「コントロール感」
ADHDの子は、日常では「自分でコントロールできる」感覚が乏しいんです。
朝起きるのが遅れる、自分でも止められない
衝動的に物を言ってしまう、自分でも止められない
集中したいのに集中できない、自分でも止められない
ゲームの中では、自分のキャラクターを自分で動かせる。
うまくいかなければ、もう一度やり直せる。
「自分で選び、自分で動かす」感覚は、現実世界ではなかなか得られない貴重な体験です。
「仲間との繋がり」
特にオンラインゲームの場合、ゲームの中で友達ができます。
学校では浮いてしまう子も、ゲームの中では「うまい人」「頼られる人」として認められる。
現実世界で築きにくい人間関係を、ゲームで補っていることがある。
これを単純に「ゲーム依存」と切り捨てるのは、本人の世界を否定することになります。
ここまでが、ゲームに向かう脳のしくみと、ゲームの中で本人が何を得ているかという「下敷き」です。次の章からは、その下敷きの上で、私が診察室でご家族と一緒に組み立てている具体的な作戦をお話しします。
出典・参考情報
発達障害ナビポータル(国立障害者リハビリテーションセンター)「注意欠如・多動症(ADHD)」 https://hattatsu.go.jp/
厚生労働省「ゲーム依存(ゲーム行動症)・ネット依存の全国調査」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000149274_00002.html)
こども家庭庁「青少年のインターネット利用環境実態調査」(https://www.cfa.go.jp/policies/youth-kankyou/internet_research/results-etc)
こども家庭庁「青少年のインターネット利用環境整備 普及啓発コンテンツ」(https://www.cfa.go.jp/policies/youth-kankyou/internet_use_keihatu)
文部科学省「体験活動の推進」(https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302914.htm)
こどもの心の診療ネットワーク事業(厚生労働省/中央拠点:国立成育医療研究センター)(https://kokoro.ncchd.go.jp/)
3. 診察室で私がしていること
ここまで読んで、「『やめられない』のが脳の構造の話で、ゲームの中で本人なりの達成感や仲間とのつながりを得ているのは分かった。でも、現実問題として、何時間もゲームから離れられない子に、家族としてどう手を打てばいいんだろう」と感じた方も多いのではないでしょうか。
「先生、もうゲーム取り上げていいですよね?」「『1日1時間』のような年齢相応の約束も守れない、何度やり直してもダメ」「物理的に制限したいけれど、本人が荒れるのが怖い」――ゲームをめぐって、家庭は何度もぶつかります。
私は診察室で、「ゲームを取り上げる」よりも「環境を変える」「過集中の向け先を変える」という発想で、保護者と作戦を練るようにしています。
「年齢相応の約束」を強要するより本人に合った設計に切り替えること、物理的な制限を導入するときの工夫、家庭センターや教育相談を巻き込んで「家族だけで戦わない」状態を作ること、過集中をゲーム以外の対象に向けるアプローチ、そして「成功体験を積む」を支援の軸にすえること――ゲームを敵にするのではなく、ゲームに向かっている脳のエネルギーを別の方向に流す、その手順を保護者と組み立てていきます。
ご家族で「うちの子のゲームをどうしようか」と話すとき、先生に「ゲームばかりで困っている」と伝えたときの、診察室の側からの「下敷き」として読んでもらえたらと思います。
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