【#創作大賞2026 #お仕事小説部門】バックヤード!!<3-4>
NO.3:裏方が表に立つとき #04
出発の日、私は早番早退というスケジュールだった。
シフトに穴をあけたところは「私入ります!」と、私のスチールモデルが決まったことを遅れて知ったミオちゃんが手を挙げてくれた。
「あおいさんに、恩返ししたいんです。もう『97』のセール品番が来てもパニックになりませんから、安心して東京に行ってきてください!」
ミオちゃんはそう言って、頼もしく笑って私を見送ってくれた。
天宝寺駅からは吉岡さんが車を出してくれて、新大阪駅まで送ってくれる。
「本当は千葉までお送りしたかったのですが……すみません」と謝られて「いえいえ! ありがとうございます」とお礼を言う。
「あ、社長からの預かりものです」
そういって差し出されたのは、私の大好きな「とりてん」のとりめし。「『腹が減っては戦はできぬ』、とのことです」と真顔で吉岡さんが社長からの伝言を言うものだから、車内で大爆笑してしまった。
吉岡さんに見送られて、私は新大阪駅の新幹線ホームに立つ。
これからどんな出来事が待っているのだろう。イヤホンから流れてくるのは、お気に入りのロックバンドの曲。学生時代から好きなバンドが現役なのは、奇跡だと思う。私もそんな息の長いモデルになれたらいいな、などと考えていた。少し緊張した身体を、なるべく意識しないように曲の世界へ没頭する。
――東京駅に着いた頃にはラッシュ時と重なってホームに溢れんばかりの人、人、人。
スーツケースをホームに下ろし、一息つく。
「あおいちゃん!」
気のせいだろうか。私の名前を呼ぶ声がする。
「あおいちゃん、ようこそ東京へ」
「え、沢渡さん!?」
目の前に現れたのは、長かった髪の毛をさっぱりと切って、ニコニコと笑う沢渡さんの姿――ナンデココニイルンデスカ。
沢渡さんは、驚きで固まる私の手から、パンパンに詰まっているスーツケースをひょいと奪い取った。
「加賀美さんから『あおいちゃんをちゃんとホテルまで送り届けろ』って特命を受けて、お迎えに上がりました」
「いえ、そんな、地図アプリもありますし、大丈夫ですよ」
「いいの。僕がそうしたかったんだから。夕飯は?」
「お弁当は食べました」
「じゃあ軽くお茶でもしよう。この近場にいいカフェあるんだ」
ついておいで、と優しく笑う沢渡さんの後ろをついて歩く。駅構内は人が多くて、すれ違うのもやっとだったけれど、東京駅から出ると人はまばら。歩いて五分くらいの場所に、そのカフェはあった。
「高層ビルに囲まれているけど、ムードがあって好きなんだよね」
ビルの一階にあるカフェは落ち着いたつくりの、ファブリックにこだわりを感じられる、おしゃれな場所だった。
「ここからなら、ホテルも近いから安心でしょ?」
「はい、すごく落ち着く場所ですね。東京ってどこに行っても人が多いイメージだったので、ちょっとホッとしました」
沢渡さんがメニューを渡してくれる。私はキャラメルマキアート、沢渡さんはブレンドコーヒーを頼んだ。
「まだつけてくれてるんだね」
沢渡さんが自分の首を指で押さえる。私が身に着けているラブラドライトのネックレスのことだ。
「はい、あの日からずっと仕事以外ではつけています」
「重たい意味はなかったんだけど……でも嬉しいよ」
沢渡さんの笑顔は、二年前と変わらず優しい。
「どうして髪の毛切ったんですか? そもそもなぜ伸ばしていたんですか?」
素朴な疑問を投げかけると、沢渡さんが苦笑しながら教えてくれる。
「単純に散髪に行く暇がなかったんだよね。でも、あおいちゃんが東京に来るって分かってから、すぐ美容院に行ったんだ。ちょっとは格好つけたいでしょ?」
「あはは、沢渡さんらしいですね。長いのもお似合いでしたよ」
そう言って笑いながら、運ばれてきたキャラメルマキアートに口をつける。
甘くて温かい液体が、新幹線での緊張をじんわりと溶かしていくようだった。
二年の空白なんて、まるでなかったみたいに会話が弾む。けれど、沢渡さんの瞳の奥にあるカメラマンとしての鋭い光は、あの頃よりも確実に増している気がした。
明日からは、いよいよ千葉の屛風ヶ浦でのロケが始まる。
あの崖の上で、私はどんな風に立てばいいだろう。
「ありがとうございました、ホテルまで送ってくださって」
「気にしなくていいよ。久しぶりにあおいちゃんと色々話せて楽しかったよ」
「では、また明日。お疲れ様でした」
「うん、また明日ね。おやすみ」
沢渡さんの後ろ姿をしばらく見つめて、私はホテルにチェックインした。
彼が切り取る世界の中で、PLACEの代表として、最高の私を魅せるんだ。
私はまだ見ぬ明日の青い海と強い風に、静かに思いを馳せていた。
◇
翌日は、朝五時半に集合。
天気は曇り。集合場所でなぜかガッツポーズをしている沢渡さんを見つけた。
「おはようございます。何かいいことありましたか?」
「天気が曇りだからね、ラッキーだよ」
「そうなんですね」
「カメラマンにとっては、今日のこの『うす曇り』が最高のご馳走なんだ。カンカン照りだとドレスの綺麗なラピスブルーが白飛びしちゃうし、あおいちゃんの顔に変な影がついちゃうからね。雲が天然の大きなソフトボックスになってくれてる今が、一番あおいちゃんを綺麗に撮れる」
「へえ、面白いですね!」
「だから安心して。この光なら、あおいちゃんの強い瞳も、ドレスの鮮やかな青も、完璧に僕のカメラに焼き付けられるから……といっても、千葉がどうなってるかはわからないけどね」
最後は苦笑いをしながら、沢渡さんは空を見上げた。
今日のロケには、十一人の関係者が同行する。
私を審査してくれたオンリーズの広報部長の山田さんが、この中で一番偉いひとだ。この人が頷かなければ何度もやり直さないといけない。柔らかい笑顔で「紺野さん、頑張ってくださいね」とありがたいお言葉をいただいた。
次にクリエイティブディレクターの瀬尾さん。世界観をまとめる総責任者だ。寡黙なひとで職人のような雰囲気がある。
アートディレクターの田尻さんは、沢渡さんと何度もタッグを組んで大きな仕事をしてきたらしい。挨拶をすると「沢渡に何かされたらすぐ俺に言ってね! 崖から落とすから!」とはりきっていた。
そしてカメラマンの沢渡さん。動画担当の監督の佐々木さん。そして各アシスタントさんや、ヘアメイク・スタイリストさん。そして最後に私だ。
ロケバスはトイレ完備、LEDライトつきのドレッサーがある豪華なバスだった。着替える場所もあるし、電力もちゃんとあるらしく、ドライヤーもガッツリ使えるらしい。
東京に慣れていない私は、「メイクするまでは好きにしてていいですよ」とヘアメイクさんに言われていた。
「走ってるときにメイクすると、揺れてアイラインが凶器になっちゃうからね。現地に着いてから、このドレッサーで完璧に仕上げるから、今は景色を楽しんでて!」
そう言って笑うヘアメイクさんの言葉に甘えて、私は窓に張り付いて景色を眺めた。
宝町インターから首都高に乗り、湾岸線へと合流していく。景色を眺めながら、オンリーズの山田さんと「アルカナ騒動」について語ったり、瀬尾さんに簡単な自分の経歴を話したり、たまに沢渡さんが奈良でのモデル時代の私の話をしたり、私の声を録音させてと佐々木さんに言われてセリフを読んだりと、和気藹々とした空気でバスは進んでいった。
出発して一時間ほど経った頃、ロケバスは最初の休憩地である酒々井パーキングエリアに滑り込んだ。
「みんな、ここで十五分休憩ね! トイレ済ませちゃって!」
アートディレクターの田尻さんの元気な声が響く。車内でおしゃべりをしていたオンリーズの山田さんたちも「じゃあちょっとコーヒーでも買いに行きましょうか」と腰を上げた。
窓の外を見ると、朝六時過ぎの淡い光の中に、スタバの看板が見える。こんな早くから開いてるスタバは初めて見るな、とお手洗いを済ませたあと、スタバに入る。期間限定フラペチーノを見て心ときめく。おいしそう。
「お腹冷えない? 大丈夫?」
私の様子を伺っていた沢渡さんのツッコミに、「私、胃腸は丈夫なんで」と言ったものの、万が一お腹が痛くなったら困るので、ゆずシトラス&ティーのホットにした。
あたたかい飲み物を手にしたスタッフたちが席に戻ってくると、バスは再びゆっくりと走り出した。酒々井を過ぎると、窓の外の景色は少しずつ、緑豊かな千葉ののどかな風景へと移り変わっていく。
目的地である銚子の崖まで、あと一時間。
和気藹々としていた車内に、心地よい、プロたちの静かな緊張感がじんわりと満ち始めていた。
私はここからシートマスクでお肌を潤わせる。本来ならば男性に見せるような姿ではないけれど、心の中でごめんなさいと呟き、浸透させる。
快調に道路を走り、東関東自動車道の潮来インターチェンジまで。そこからは下道だ。景色がどんどん変わっていくのが面白い。利根川、銚子大橋を渡って銚子市へ。目的地が近づくにつれ、車内のBGM代わりに流れていたFMラジオの音が、いつの間にかスタッフたちの静かな機材チェックの音にかき消されていた。
前日譚はこちらから。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは私の書籍購入代や「豊かな感性」の生活のための資金にさせていただきます!今後とも応援よろしくお願いいたします!!