【#創作大賞2026 #お仕事小説部門】バックヤード!!<3-1>
NO.3:裏方が表に立つとき #01
アーリーサマーセールも少し落ち着いてきた、初夏の午後。
「……よし、パンプス二十足は検品完了っと。次は…...へえ、このジレのデザイン可愛い。相変わらずいい仕事してるなぁ」
次はこのジレの検品か、と伝票をめくっているとスマホがテーパードパンツのポケットの中で震えた。ディスプレイには「PLACE加賀美社長」と表示されている。
何かあったのかな。耳と肩でスマホを挟みながら、電話に出る。
「はい、お疲れ様です、紺野です。社長、今ちょうど検品作業中でして……」
「あおい、おめでとう! 通ったで、ラピスアークの秋冬コレクションのスチールモデルオーディション、最終選考や」
「……は、はい? オーディション……?」
――ちょっと待って。私の本業は確かにPLACE所属のモデルだけど、ここ最近はモデルのお仕事が落ち着いていたのもあって、ラピスアークの天宝寺店に「バックヤード専門のスタッフ」としてべったり入っていたはずだ。なのに、急にオーディションってどういうこと? と疑問符だらけの脳内に、社長は畳みかけるように話を続ける。
「最終審査はオンリーズの本社わかるやろ? 二週間後や」
「ちょっと待ってください社長!! 応募した覚えなんてこれっぽっちもありませんけど!?」
「あれ、言ってへんかった? 俺が勝手に出したって。この間コンポジ作り直したやつと、今のバックヤードで働く凛とした姿にPR文を添えて」
――盗み撮りかい! しかもすぐ最終審査って! 二次審査どこいった!
「私、バックヤードっていう裏方ですよ!? ましてやバックヤードで雇ってもらってる自社のモデルなんて、恥ずかしくて無理です!」
「ははは! あおいが一番その服の『努力』や『命』を知ってるやろ? 最高のモデルやん。じゃあ、詳細は後でメールするから、まずは喜んで! じゃっ!」
「喜べるわけないでしょー!!」
叫んでいる間に切れた電話。私の声は社長には届かない。手に持っている伝票の束を見つめ、真っ赤であろう顔でその場にしゃがみ込んだ。急に思い出す、ラピスアークのブランドコンセプト。
「……『日常を、劇的に。』って……劇的すぎでしょ、社長……っ!!」
「あおい、どうしたの。具合悪いん?」
しゃがんで丸まった背中に、五十嵐さんの声が届く。
「い、五十嵐さん……私はいったいどうすれば……」
「あおい、顔真っ赤じゃない! 何よどうしたんよ」
「実は……」
一通り説明すると、五十嵐さんは目を丸くしたあと「チャンスやん!」と私の背中を叩いた。
「あいてっ!」
「あおいの仕事ぶりはみんなが認めるところや。今度は本業で認めさせや!」
堂々と! という五十嵐さんの言葉に、条件反射で「はいっ!」と姿勢を良くする。
「あ、みんなには言わんほうがいい? 言うなら私から言っておくけど」
「……じゃあ五十嵐さんにお願いしても、いいですか?」
私から言うのはどうかと思い、そこは五十嵐さんに甘える形をとった。「任しとき」とサムズアップする五十嵐さんに、頭を下げた。
今日は倉庫作業のほうが多いのだけれど、何だかお客さんが多い。
「あおいさん、マジ!? 五十嵐さんから聞いたんやけど」
そう叫んで近付いてきたのはモモちゃんだった。
「マジマジ、大マジ。そして私も信じられん」
「あー、あの陽気な社長さん?」
「その社長のせいやから……」
モモちゃんは何度か売り場にきた社長と喋ったことがあるので、私のしかめっ面を見つめて何か察したらしい。
「やりたくないん?」
「……わからん」
自分の中でどう処理していいのかわからない。
「明日、シフト入ってへんねんやったら、事務所で話、聞いてきたら?」
「え?」
「あおいさん、納得してる顔とちゃうから。話きっちり聞いて判断したらええやん」
「……せやな」
「私は、ラピスアークのアイコンになったあおいさん、見たいけどな!」
モモちゃんは満面の笑みで、私の背中を叩いた。「あいてっ!」とまた叫ぶ。
そのあとリリちゃんやミオちゃんが来るのかなと思っていたら、全然来る気配がなかったので、五十嵐さんは「みんな」の範囲を自分の判断で狭めたんだな、と分かった。仁科さんは「無理せず、応援してるよー」とナチュラルに背中を叩いてくれた。
ありがとうございます、と誰もいない倉庫で店舗のほうを向き、お辞儀した。
翌日、大阪・長町。
大阪のオフィスビル街に、PLACEの本社ビルがある。PLACEはタレント・モデル事務所で、各タレントやモデルが様々な媒体で活躍している。
社長の手腕はなかなかのものらしく、業界ではそこそこ有名だよ、と以前奈良でお世話になっていたカメラマンの沢渡さんが教えてくれた。
――沢渡さん、元気にしてるかな。
以前沢渡さんからプレゼントしてもらったラブラドライトのネックレスをお守りのようにつけて二年。今日も身に着けている。
少しだけ懐かしい声を思い出し、受付へと向かう。
「お疲れ様です、紺野ですが」
「お疲れ様です! 社長でしたら社長室にいますよ」
「ありがとうございます」
受付のあの人、いつも綺麗やな。タレントさんみたい……などと考えながら、社長室へ向かう。
七階建ての最上階に、社長室がある。
エレベーターの中で、話したいことを確かめた。何故私はオーディションを受けていたのか。
社長室のダークブラウンのドアの前、深呼吸を一回。
そしてコンコンコン、と三回ノックをする。
「はい」
「紺野あおいです」
「どうぞ」
失礼します、とドアを開けると、半袖の白Tシャツに濃紺のジョガーパンツ姿の社長が社長席から立ち上がった。どうやら書類仕事をしていたらしい。珍しくメガネ姿だったので、見慣れない人と会っている気分になる。
「まあ、座り」
「はい」
社長はデスクに置かれた書類を数枚取って、ブラウンの皮張りソファへと向かう。そのタイミングで私もソファへ歩き、腰を下ろす。
「来るなら今日あたりやな、とは思ってた」
「え!」
私の軽い叫びに、社長が笑う。
「あおいの性格なら、絶対に押し掛けてくるやろうなと思って、受付の子にも『紺野あおいが来たら、俺がいる時なら通してくれ』と伝えてるしな」
「え、それ、めっちゃ恥ずかしいじゃないですか!」
「お、少しは関西弁上手になってきたやん」
「今は関係ないです!」
「親しい人にしか関西弁が出せないって聞いてたから、俺もそろそろ親しい人の仲間入りしたんかなーって」
「社長は目上の方なので、恐らく無理です」
私が眉間に皺を寄せると、「そうか、あかんかあ」と苦笑いしている社長。
「ラピスアークのモデルの件やろ? それも含めた『あおいの今後』についてゆっくり話したいと思ってな」
私の今後? え、もしかして……クビ?
「心配するな、クビとかちゃうから」
「え、心読みました!?」
「考えることくらいわかるっちゅーねん」
そこで社長が一旦立ち上がって、社長室にある黒い冷蔵庫から緑茶のペットボトルを二本取り出し、一本を私の前に置いた。
「喉渇いたやろ、それで我慢して」
「ありがとうございます……」
社長は座ると、ペットボトルのキャップを開けて、CMのようにゴクゴクと緑茶を飲む。その飲みっぷりがあまりにも美味しそうだったので、つられるように私もキャップを開けて一口飲む。お茶の甘みが口の中に広がり、爽やかで、今まで飲んだ緑茶の中でも上位に食い込むほどの美味しさ。
「これ……美味しいですね」
「せやろ? 最近出たばっかのやつやねん。今まで飲んできた緑茶って何やったんや! って衝撃受けてな、箱買いしたわ」
その言葉にうんうんと頷く。
「でな、ラピスアークの話よりも先に、あおいがこれからどうしていきたいかを聞きたいんや」
「これから、のこと……ですか」
「これはあおいだけやなくて、所属してる子全員の人生設計として聞いてることや。特に女性は、結婚や妊娠出産で環境がガラッと変わる時期があるやろ? 身体が一番。それは当たり前や。ただ、もし環境が変わっても『この仕事を続けたい』と思った時に、会社としてどう支えられるかを考えときたいんや。意外とな、仕事が支えになる場合もあるんや。最近やとMINAHOがマタニティモデルをやったん、知ってるよな?」
「はい、あの雑誌は買って読みました」
とあるプレママ向け雑誌の表紙に、妊娠中のおなかを見せて素敵な笑顔を向ける先輩モデルのMINAHOさんはとても輝いて見えた。
「MINAHOは『私はおばあちゃんになってもモデルでいます!』って元気よく答えとったわ」
「素敵ですね……」
「それで、あおいはこの仕事……モデルを続けたいか?」
一瞬、沈黙が流れる。
モデルとしては、決して若くない。引き際を考えるべきなのかもしれないと、ずっと心のどこかで怯えていた。
三十歳、私が進みたい道は――
「……はい。続けたいです」
自然と言葉がこぼれ落ちていた。社長はそれまでの笑顔から、真面目な「社長」の表情に変わる。
「ほんなら、決まりやな。ラピスアーク、本気でいくよな?」
「はい」
「よし、詳しいこと話すわ。その前に吉岡、呼んでもええか?」
「お願いします」
吉岡さんは現場マネージャーを務めている私と同世代の男性だ。内線で「吉岡、呼んで」と社長が言うと、二分も経たずにスーツ姿の吉岡さんが現れた。社長とは正反対のかっちりコーデで、思わず頬が緩む。
「お疲れ様です」
「ご無沙汰してます、吉岡さん」
「あおいさん、こちらこそご無沙汰しております」
吉岡さんは、そっと私の隣に腰を掛ける。
眼鏡をかけているその奥の眼差しは、とても優しい。
「社長、おっしゃっていた書類です」
「サンキュ」
社長は吉岡さんから書類を受け取り、目の前に広げた。
「今回は書類で候補をかなり絞る方式やったみたいでな。二次審査と最終は合体しているもんやと思ってもらえればいい」
「なるほど……」
「コンポジ、ええタイミングで新しくしててよかったわ。あと隠し撮りもな」
預かってもらっていたブック――今までの作品集を私へと広げて見せる。そこには、最新のモデルの履歴書と、私がパッキンを台車で運んでいる姿や、パッキンを抱えてバックヤードに入ろうとする瞬間がプリントアウトされていた。
私って、こんな生き生きした表情で、仕事してたんだ。
ピンと背筋まっすぐで台車を押す姿も、今までのモデル経験のおかげか、美しく見えた。
「隠し撮りとか言うてるけど、ビルには許可貰って腕章つけて撮影したからな」
「よく五十嵐さんたちにバレずに撮れましたね」
「いや、バレたで」
「え!?」
「『うちに何か御用ですか』ってすごい圧やったから、しゃあないから名刺渡して、あおい撮ってます、すんませんって言っといた」
「あちゃー……」
五十嵐さん、すみませんでした、と心の中で謝罪する。仕事中はなるべくモデルとしての私を出さないようにしているので、社長が現れたとき、不機嫌になっていないか心配になる。
「『撮る条件は一つだけです、あおいを綺麗に切り取ってください』って言われたわ。あの人、あおいのことモデルとして認めてくれてるんやな」
「え……」
五十嵐さん、そんなこと言ってくれていたなんて。思わず涙腺が緩みそうになるのを必死に堪えたが、無理だった。
モデルとして、もう枯れていくだけかもしれない私のことを、ちゃんとモデルとして見てくれていたこと。頬に熱いものが流れる。
「あおいさん、どうぞ」
吉岡さんが箱ティッシュを私に差し出す。何枚か取り出し、私は洟をかんだ。
「もうちょっとお上品にかめよ」
「無理でず! ごんなに泣いでだら鼻水どまりまぜん!」
社長と私のやりとりに、吉岡さんが笑う。
「社長も、もうちょっとあおいさんに優しくしてください」
「ったく、吉岡もあおいの味方か」
「当たり前じゃないですか、あおいさんは大切なモデルさんですから」
「俺は!?」
「給与を下さる方です」
私は涙を流しながら、吉岡さんの言葉に笑っていた。
――モデルの紺野あおいは、まだ死んでいない。
前日譚はこちらから。
いいなと思ったら応援しよう!
いただいたチップは私の書籍購入代や「豊かな感性」の生活のための資金にさせていただきます!今後とも応援よろしくお願いいたします!!