恋愛小説、書けません。/Lesson15:「人生初デート!?」
――断るに断れなかった。
周りの空気もそうだったが、自分なりの取材を重ねていくうちに「俺も一度はデートを経験したいものだ」という考えが少し浮かんでいたからだ。しかも相手は気心知れた小学校の同級生。デートというものがどういったものか知りたい気持ちもあり、半分は取材の気分だ。
デートに着ていく服というものが分からないのでインターネットで調べてみたが若人向けの服装しかヒットせず、いっそスーツで行ってしまおうかとも思ったが、山崎への負担を考えれば、それは「ナシ」だった。
とりあえずカジュアル過ぎず、硬すぎず、素材はこだわった服装にする。
今回は都内で会うことになっているので、何かあったら困ると伊達眼鏡をかけることにした。
「菅原くん!」
都内の駅で、山崎と待ち合わせる。
ベージュの暖かそうなコートを纏う山崎のボブカットが、太陽光に照らされて天使の輪を作っている。客観的に見ても山崎の外見は非常に魅力的な大人の女性だ。そんな山崎が耀介に微笑みを浮かべて手を振っている。
今日は取材を兼ねて来ている手前、山崎の発言もきちんと心のメモ帳に留めておきたい、そういう思いが耀介にはあった。
「ごめんね、わざわざ出てきてもらっちゃって」
「いや、特に用事があったわけではないから大丈夫だ」
「実はね、これを取引先の方に頂いちゃって、日付が明日までなの」
山崎がブラウンカラーのハンドバッグから取り出したのは、水族館の優待チケットだった。
「水族館か」
「あんまり……興味ない?」
興味がないわけではない。如何せん初恋の本は『動物図鑑』の耀介だ、海の生き物も興味がある。ただ、それが初デートで最適解なのかが分からないだけの話だ。
「いや、動物は好きだから問題ない」
「よかったあ! 菅原くんの好み、全然分からないからダメモトだったの」
あっけらかんと笑う山崎を見て、耀介はクスリと笑う。
「やだ、笑わないでよ。これでも有給休暇使ったり、服選びに時間かけたり、色々と一生懸命だったんだから」
何に一生懸命だったのだ? とは訊けなかった。迂闊に訊いたところで「女心わかってない!」と絢乃のように怒られるかもしれないからだ。
「よし、今日はとことん楽しもう! ね!」
そう言って微笑む山崎は、美人だけれど、小学生の面影もちゃんと残している素敵な女性だった。
耀介がデートというものに慣れていないのを知っているかのように――慣れていないどころか今日が初めてのデートなのだが――山崎が終始リードしてくれた。
平日の水族館は人もまばらで、どこかひんやりとしていた。二人の目の前に広がるのは、青の世界だ。
「あ、カフェバーがある。何か飲まない?」
「そうだな、ここは俺がおごるから好きなものを頼んでくれたらいい」
「あら、じゃあお言葉に甘えて!」
すみませーん、生ビール二つ! と元気よく注文する山崎を見て、耀介は少し胸が痛んだ。この胸の痛みは何だろうか。
「昼から飲むビール、美味しい!」
「ああ、非日常感のある場所で飲むビールはうまいな」
そんな気持ちを悟られないように、水族館の中を周る。
水槽がトンネルになっているところで、思わず二人が立ち止まる。
「綺麗……」
「うん」
しばらく二人は無言になる。
マンタが頭上を過ぎる時だった。
「あのね」
沈黙を破ったのは、山崎だった。
「ん?」
「私、昔から菅原くんが好きよ」
「え?」
「小学生の頃からずっと好き」
山崎の瞳が、耀介を捉えた。
「申し訳ない」
耀介は、自然と断っている自分に内心驚いていた。
「出た! 謝り大臣!」
「……山崎さんの気持ちには応えられない」
「うん、何となく分かってた」
告白した山崎のすっきりしたと言わんばかりの表情が、耀介の心をざわつかせる。
「何で?」
「だって菅原くんって、誰にも興味を示さなかったでしょ? 本が好きで、本と結婚しそうだったよ」
嗚呼、本当にこの子は俺のことをちゃんと見てくれていたんだなと、耀介は少し感動してしまう。
「よく見ているな」
「うん、ずっと見てた」
だから、同窓会で逢えて嬉しかったんだ。と言った山崎の目には涙が光っていて、耀介はどうしていいのか分からなかった。気の利く言葉をかけてあげた方が良かったのだろうか。自問自答を繰り返しても、答えなんて出ないことは分かっているのに。
「だから、一つだけ思い出作りたかったの」
「思い出……」
「菅原くんを独り占めしたぞー! っていう思い出ね。まだ帰さないわよ。今日一日だけは私と一緒に! ね?」
涙を拭い明るく振る舞う山崎を、耀介は複雑ではあるが「山崎さんらしい」と見つめた。
初めてのデートが、この人で良かったのか。それは分からないが、少なくとも耀介にとって嫌な思い出として残ることはないだろうと思った。
「初恋は実らないって本当かもね。よーくわかった!」
初恋は実らない――その言葉を聞いて、絢乃は傷ついた心をどう乗り越えたのだろうかと、山崎といるのに絢乃のことを気にしてしまう耀介がいた。
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