手放すことは負けじゃない——子育てが変えてくれた、私の立ち位置と心の景色
はじめに
子育て中のみなさま!!
本当に毎日お疲れさまです!!!
子育て、楽しめていますか?
毎日、笑えていますか??
正直に言います。
私は小児科経験ありの看護師で、保育園ナースとしての経験も豊富にあります。が、自分自身の子育てを「楽しい」と思えるようになったのは…つい最近のことでした。
子育てってムリゲーすぎる…
本気でそう思っておりました。

❅‐‐‐‐‐❅‐‐‐‐‐❅‐‐‐‐‐❅‐‐‐‐‐❅
申し遅れました。
親子の睡眠コーチ、おでこと申します。
看護師/2児の母/こども睡眠認定講師
【眠ることは生きること】
❅‐‐‐‐‐❅‐‐‐‐‐❅‐‐‐‐‐❅‐‐‐‐‐❅
私の黒歴史…?子育てマジでムリゲーでした
私自身、子育てで疲弊し、仕事と家事育児の両立に悩み、ボロボロゾンビみたいな生活を送っていた時期が、ながぁ~く、ありました。
子育てって、本来チーム戦なはず。なのに「母親なんだから」「私がやらなきゃ」という言葉が、 知らないうちに心の奥深くまで入り込んでいて、無意識のうちに全力で背負い込みをしていたんですよね。

完璧であろうとするあまり、とにかく頑張るんだけれども、頑張りに対して仕事の様な成果は出ず、子どもはぐずり、わがまま放題。結果、私の笑顔は減り、心は固くなり、 気づけば“自分”がどこかへ置き去りになっていたのです。
子育てをするメリットって?
子育てをしていると、よく耳にしませんか?
「忍耐力がつく」とか「マルチタスクが得意になる」とか。
確かにそうなのかもしれない。長い目で見れば。
でも・・・

正直に言えば──私はそんなふうに感じたことがありませんでした。
「頑張っても報われない」
「寝ても疲れが取れない」
「私、このままでいいのかな…」
毎日クタクタで、頑張っても頑張っても答えの見えない闇を走っている感覚しかなくて。
どこに向かうのかもわからず、ただ必死で走り続けるしかない日々はほんとうにツラかった…。
そんなこんなで毎日ぐったり。
パタッと寝落ちて、朝目覚めた瞬間に
「また寝ちゃった」「もう朝なんだ…」と暗い気持ちが押し寄せる。
そんな毎日は、自己嫌悪と思うようにならないあがきの日々で、思えばこの日々の中で、私は徐々に自分の感覚をマヒさせていったんだなって思うんです。
この記事は、そんなふうに 「頑張っているのに意味があるの?」と感じているあなた に向けて書いてみようと思います。
もしあなたが今、育児と仕事に追われて自分を見失いそうになっているなら。
この私の体験談が少しでも心を軽くしてくれるかもしれません。

私は子育てを通じて
「マルチタスク力」ではなく
「人と向き合うチカラ」を、育ててもらったと思っています。
というか、今も尚、育ててもらい中。絶賛成長中です。
そしてそれが積み重なって、だんだんと「手放すチカラ」へと昇華していったんですよね。
このnoteでは、
私自身が、子育てをしながら不安ループの真っただ中でもがきながらも、気づき、行動を変え、 手放し、心がほどけていった、そんな道のりをお話ししていこうと思います。

これは劇的な成功物語ではありません。
でも、日々の中で少しずつ変わっていく「心の景色」を、あなたにも感じてもらえたら嬉しいです。
そして、この記事を読み終えるころには、
「完璧じゃなくてもいいんだ」
「私も少しずつ変われるかもしれない」
そう思っていただけたら、本当に嬉しく思います!

そして、初の有料noteです!
note連続100日投稿の100日目を記念して、ついに重たい腰をあげました…!!
9月いっぱいは応援価格の500円で販売いたします。
その後は990円に値上がり予定です。
是非ともお求めやすいうちにお手元に✨
そして、私の音声配信特典もお受け取りください!!
応援していただけましたら嬉しいです!
もちろん、無料部分だけでも読んでいただけたら嬉しいです!!
よろしくお願いいたします✨
1. 戦っていた私──鉄壁の正義感が通じなかった日々
鉄壁の正義感をまとって生きてきた
私はずっと、鉄壁の正義感を鎧のようにまとって生きてきた人間でした。
「これはこうすべき」「こうするのが正しい」──そんなルールを持っていれば、自分を守れるし、間違わずに済む。そう信じていたのです。
でも、子どもが生まれた瞬間、その鎧は音を立てて崩れ始めました。
私が決めた時間に寝ることも、起きることもできない。
予定どおりに進めようとしても、授乳や夜泣きにすべてが引っくり返される。
ま、子育てしていたら至極当然のことなのですが。
私自身はずっと、マルチタスクを回しながら看護師として仕事をしていました。だからそれも織り込み済みだったはずなのに…
それが24時間365日となったときの、あの衝撃。
え?休みなくこの状態が続いていくわけ…??
本気で白目になりました。

そして気づいたときには「自分のことは後回し」が当たり前になり、子どもを優先にすることがデフォルトになり、結果的に私自身の優先順位はどんどん下がっていきました。
それでも私は必死でした。
必死で鉄壁を守ろうとしていた。
だから子どもに対しても、「ダメなものはダメ」と突っぱねて、理屈を並べて向き合おうとした。
けれど子どもは、そんな私のルールなんてお構いなし。
泣き、怒り、笑い、抗い続ける。
──そうか。私の“正義感”は、この小さな命には全く通じないんだ。
初めてその現実を突きつけられた瞬間でした。
そしてそうなっても尚、その鉄壁の想いから放れられない自分に、ますます疲弊度合いが高まっていったのです。

2. 追い詰められた私──弱さをさらけ出した瞬間
それでも私は、「もっと頑張ればきっと通じる」と自分に言い聞かせていました。
いや、正直、本当にアホです…。
仕事も家事も育児も、全部完璧にやらなければならない。
そう思えば思うほど、身体は疲れ果て、心はすり減っていきました。
本当は、「もう無理」と言いたかった。
でも、それを認めることは負けだと感じてしまい、口に出すことができなかったのです。
なんのプライドだったんでしょうね。
「看護師だから」「小児科での経験があるから」そんな言葉が私を苦しめる一端になっていたのは事実だと思います。
でもやっぱり…
自分でそんな自分を認めることが出来ずにいたから。これにつきますね。
結局は自分で自分を傷つけていた。
自己犠牲、ってやつに支配されていたんですよね。
そう言えば病棟勤務を始めた20代前半
職場の先輩から「人道・博愛・自己犠牲の精神よ!」って
そんな風に教えられたっけなぁ…(遠い目…)
頑張りすぎなくても、環境が、あった。
そんな私を支えてくれたのは、周囲の存在でした。
保育園の先生に助けられ、どうしても手が離せないときは夫や母にお願いし、 「自分ひとりで頑張ればなんとかなる」という幻想は少しずつ崩れていきました。
でもね。
それでもやっぱり、崩したくなかったんだと思います。
どこか必死に抗っている自分が居た。
でもある日、限界を迎えたんですよね。

感情崩壊。
涙腺大決壊。
とうとう私は夫の前で泣き崩れました。
「辛い。もうどうしたらいいかわからない」
「子どもが可愛いと思えない自分が憎い、苦しい」
その言葉を絞り出したとき…初めて私の弱さを言葉にできた瞬間、 夫は驚いた顔をしながらも、静かに「わかるよ」と寄り添ってくれたのです。
これがある意味、引き金だったかもしれません。
それまで“負け”だと思っていた「弱さをさらけ出すこと」が、実は人とのつながりを深める力になること、私はそこで初めて知りました。
もちろん今でもイライラしたり、抵抗したりの繰り返しです。
完璧とはほど遠いし、思うようにならない毎日です。
それでも──トライアンドエラーを繰り返しながらも、少しずつ、少しずつ、「変わっていっている、その手ごたえ」を感じられるようになりました。
更にそれを加速させていくきっかけとなったのは、年下の同僚からの思いがけない言葉。
そして、子ども自身が小さな姿を使って全力で見せてくれた、ありのままの、生きるチカラでした。
子育ての先にある?価値観の変容
私は何度も「もう無理だ」「この育児に意味なんてあるの?」とつぶやいてきたし、自分自身を責め続け、周囲にも自分にも優しくなりきれなかった。
寝不足で頭が回らない。
仕事も中途半端、家事も進まない。
子どもの泣き声にイライラしては自己嫌悪して、
「私は母親失格だ」と自分を責める。

気がつけば、
「できない → 落ち込む → 余計にできない → また落ち込む」
そんな不安ループに、がっちり足を取られていました。
このループの一番つらいところは、
「出口があるのか分からない」こと。
頑張っても頑張っても、何も変わらない気がしてしまうんです。
……でも。
ちゃんと変われるんです。変わっていけます。
そして、崩れ落ちそうな足元であっても、固めていくことは、出来るはず。
もちろん今でもイライラしたり、抵抗したりの繰り返しです。
完璧とはほど遠いし、思うようにならない毎日です。
それでも──少しずつ「変わっていける手ごたえ」を感じられるようになりました。
腹落ちするまでには本当に時間がかかりました。
否定して、反発して、それでも積み重ねて……そして、気づけば心がほどけていた。
では、その過程で私がどんなことを感じ、どう行動が変わっていったのか。
ここから先は、その“ほんとうのきっかけ”をお話ししていこうと思います。ぜひ、お付き合いください!
ここから先は
¥ 980
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?
