“看護師でしょ? 小児科でしょ?” その言葉がプレッシャーになっていた頃の話

子どもが生まれて、
「いよいよ私も母になるんだ」と思った日。
たしかに、うれしくて、楽しみだった。

でも、同時に——
言葉にできない緊張感が、じわじわと私を包んでいた。

「看護師でしょ?」
「しかも小児科だったんだよね?」

そう言われるたび、
“ちゃんとやらなきゃ”“できて当然”って空気が、自分の中で膨らんでいった。

❅‐‐‐‐‐❅‐‐‐‐‐❅‐‐‐‐‐❅‐‐‐‐‐❅

こんにちは
親子の睡眠コーチ、おでこです。
【眠ることは生きること】看護師/小児科経験あり/2児の母。

でも、母としての私は、
初めてのことばかりにオロオロして、
“できる私”でいることにプレッシャーを感じていました。

今日はそのころの自分に、そっと手紙を書くような気持ちで綴ります。

❅‐‐‐‐‐❅‐‐‐‐‐❅‐‐‐‐‐❅‐‐‐‐‐❅

“できると思われてる私”が、ちょっと苦しかった

「熱が出ても慌てなそうだよね」
「育児、ラクにこなせそう」
「病気にも詳しいんでしょ?」

たぶん、悪気はなかった。
でもその言葉が、知らないうちに
「間違えちゃいけない」「ちゃんとやらなきゃ」って
心に鎧を着せていった。

なのに、現実は——

寝かしつけひとつうまくいかなくて、
母乳もうまくいかなくて、
夜中に何度も起きて泣いて、
もう何もかもが手探り。

「小児科にいた私」がいるからこそ、
“知ってる”だけに怖くなることもあって、
余計に身動きが取れなくなることもあった。

でも、誰にもそれを言えなかった。

プレッシャーの正体は、“人の目”じゃなく、“自分の思い込み”だった

今思えば、
一番厳しく見ていたのは、自分自身の目だったなと思います。

「できて当たり前」
「できなきゃ恥ずかしい」
「弱さを見せちゃいけない」

それ、誰かに言われたわけじゃない。
“自分でそう思い込んでただけ”なんですよね。

だからこそ、
ふと子どもが私に向けてくれた、
何の条件もない笑顔や抱っこで、

「この子は、私が“できるかどうか”じゃなくて、“そばにいてくれること”を望んでるんだな」

って気づけた時、
肩の力が少し抜けた気がしました。

完璧じゃない私でいい。むしろ、その方がいい。

子どもは、マニュアルを読まない。
正解も、正論も、必要ない。

泣きたいときに泣いて、
甘えたいときに甘えて、
お腹が空いたら怒って、笑いたいときに笑う。

そんな存在のそばにいるなら、私も“人間のまま”でいい。

できない日があっても、
うまくいかなくても、
間違っても、
迷っても。

それでも、
“そばにいること”だけは、
私は毎日ちゃんとやってきた。

最後に

「完璧じゃなくていい」
それは、“甘え”でも“諦め”でもなくて、
“信じること”なのかもしれません。

私は、私のままでいい。
あなたも、あなたのままで、十分に素晴らしい。

noteでは、
そんな“鎧を脱ぐ瞬間”を、
これからも静かに綴っていきたいと思います。

「わかる…それ私も思ってた」
そんな声があれば、ぜひコメントやフォローでつながってくださいね。

いいなと思ったら応援しよう!