「薬物を止めるには、己と戦い、勝たなければ」一度死んで蘇った男~トヨタ・イーグルムエタイ~ONE podcast#14より
1月16日のONE Friday Fights 138で、ペットニーマンゴンに敗れたトヨタ・イーグルムエタイのことが気になり、以前、彼が出演したONE podcast#14を聴いたところ、なかなか興味深い内容だったので、翻訳して、ここで紹介してみたい。
所々は省略したり、意訳した点もあり、完全な翻訳ではない。このpodcast が公開されたのは2025年6月で、その頃のトヨタはONEデビュー後、3連続KO勝ちして注目度が上昇していた。
↑ ↑ トヨタ対ペットニーマンゴン戦の試合レポート

マガジンではノンオー、スリヤンレック、スアブラックなどのインタビュー翻訳も紹介している。
🥊スリンからバンコクへ
※細字=インタビュワー、太字=トヨタとアンナ
ーー前回(ONE Friday Fights 110、2025年5月30日)のファイトでボーナスを獲得したホットな選手です。彼がこれまで何を経験してきたのか、話を聞きたいです。最終的に新しい人生得て、ONEに参戦しました。その選手は、トヨタ・イーグルムエタイさんです。(拍手)トヨタさん、その腕は前回の試合の負傷ですか。

この辺りが折れているのです。(左の手を指さして)2ラウンドだと思いますが、あまり覚えていないです。
↑ ↑ トヨタ対ヨードウボン(ONE Friday Fights 110、2025年5月30日)ダウン応酬の激戦をトヨタが制した。※タイ以外の国で映像が見られない可能性もあり。
子どもの頃はスポーツが好きでした。小学校2‐3年生まではスリン県にいました。サッカーは上手でしたよ。町の代表にも選ばれて、試合があると近所の人たちが皆んな応援に来てくれました。ニックネームは(トヨタでなく)ギターでした。そう呼ばれていました。
でもお母さんがバンコクに出稼ぎに出て、そちらの生活が順調になってきたようで、兄と一緒にバンコクに出ました。正確にはノンタブリーです。そちらの学校に転校しました。
ーー子供のからバンコク(ノンタブリー)にいたのですね。
12歳まではサッカーをやっていました。でも、いつも使っていたサッカー場が、バレーボールコートに代わってしまい、ムエタイを始めることにしました。初戦は勝ちました。その試合はYoutubeでも見られますよ。私がYoutubeにアップしたのです。リングネームはギターなんとかです。
ーーデビュー戦は誰と戦いましたか?また、ルンピニー、ラジャダムヌンなどのリングにも上がりましたか?
デビュー戦は誰と戦ったのかは覚えていません。ラジャダムヌンに14才の時に上がりました。ジムのオーナーが機会をつくってくれました。ウラディット、ランパーン、地方でも戦いました。

🥊薬物にハマり、ムエタイを放り出す
ーーその頃からプロ活動していたのですね。途中で現役生活を中断したことがあると聞きました。
14歳の時のラジャダムヌンの試合、その頃はまだみたこともない大金をファイトマネーで得ることができました。そして悪い友達と遊びだして、所謂、不良になってしまいました。でも、17歳の時にジムに戻りました。
戻るきっかけですが、親戚のお兄さんの(ムエタイの)試合を見ました。私の自分自身をことを、このままでは、勿体ないと強く思いました。そしてお兄さんに相談しました。その頃は、ムエタイをせずに塗装の仕事をしていました。ジムに戻る時は、本当は恥ずかしかったです。上手な若い選手もいっぱいいるし。
自分でジムに電話して、悪いことは、もう全てやめますので、戻らせて下さいと会長にお願いしました。会長は「分かった、戻ってこい」と承諾して下さいました。
その頃は、タイファイトが盛り上がっている時期で、自分もタイファイトに出場し、バンに乗って、ペッチャブン、ホアヒンなど、地方の試合にも出ました。生まれて初めて飛行機に乗り、プーケット遠征も経験しました。
ーー不良の頃のことを教えて下さい。どういう生活をしていたのか。
友だちと遊んで、一緒にタバコを吸ったのを始まりに、、薬物は何でもやるようになりました。結局、警察に捕まってリハビリ施設に送られました。
ヤーバーなどを使用していたと思われる。(ヤーバー(ยาบ้า)はメタンフェタミンやカフェインを混ぜて錠剤にしたタイの麻薬)
施設の生活は朝5時に起きて、まず運動。走って、運動して、皆で歌をうたって(合唱)、また運動、ちゃんとやらないと厳しく指導されます。
ーー(今のように)ムエタイジムで練習して、たまに歌を歌ったら同じじゃないですか?
いえいえ、全然違いますよ(笑)気分から、もう全く違います。
リハビリ施設ですが、ある人は娑婆に戻ってしっかりできますし、ある人はできません。結局刑務所に入ったり、(中毒で)死んでしまう人もいる。

ーートヨタさんは、どうして立ち直ることができましたか。
それはお母さんの存在です。以前は家族のことはしっかり見ていなかったです。家族よりも友だちが大切でした。でも結局友だちは、母ほど私を愛してくれないでしょう?最後までサポートしてくれるのは家族です。母のことをしっかり見るようになりました。
ーートヨタさんが交通事故に合った際も、お母さんがずっと側についていたと聞きました。どうして事故を起こしたんですか。
19歳か、20歳の時でした。お酒に酔ったままバイクを運転して、事故を起こしました。友だちが言うには、事故の際に、私はぶつかった相手と揉めて殴りかかったと。それが事故のダメージのせいか、覚えていないのです。
トヨタは、この交通事故をきっかけに、お酒から薬物、煙草を一切口にしなくなったと言われる。
🥊プーケットにて現役復帰~ONE参戦
ーー不良になった時も、事故の時も、薬物のリハビリの時もお母さんはいつも寄り添ってくれたのですね。
でも、ある時は、リハビリ施設にいたとは言わず、1‐2週間遊びに行ってきたとお母さんに言いました。お母さんには最近になって、嘘をついていたことを告白しました。
ーー何度かキャリアが中断したようですが、最後にリングに戻ってきた際はどうでしたか。
キャリアが中断して、また私自身のことを勿体ないと思うようになりました。タイファイトに一緒に出ていた選手たちも活躍しているし、決断しました。薬物は全て止めてムエタイに戻ると。
ーー戻ってからONEに参戦するまでに何試合くらいしましたか。
10試合くらいでしょうか。とりあえず、プーケットで現役生活を再開しました。

ーープーケットは、ムエタイ用のスタジアムが幾つかあり、毎日のように試合がありますね。そして、ONEに出場して初勝利、ONEのリングはどうでしたか。

驚きました。これは簡単ではないと実感しました。今まで以上にムエタイに真剣に取り組まねばならないと思いました。同じジムの人たちも知っていますが、その頃から起きて走って、夜寝るまでずっと一日練習漬けです。
初めてのONEの試合については、リングではすごい声援で驚きましたね。全然思ったとおりにいきませんでした。MMAグローブのパンチは、もらうと痛いです。鼻にもいいパンチをもらったし、とてもKOで勝てるとは思っていませんでした。でも、戦う時は集中して、もう戦うだけです。
ーー以前のムエタイ業界と変わり、ONEがメジャーなっていますが、それについてはどう思いますか。
私は良いと思います。試合は生中継で世界中に配信されています。ムエタイを見る人も増えていると思います。ラウンド数は5ラウンドと3ラウンドと、それほど違いは感じません。3ラウンドのほうが見やすいから良いのかなと思っています。
ONEでは。3戦3KO勝ちのですが、以前はテクニシャンタイプでした。脚での攻撃はあまりしなかったけど、ONE用にスタイルを変えてきています。
ジムでも、ボスやトレーナーと話して、ファイトスタイルや作戦を決めます。ONE初戦があまり納得いっておらず、2戦目からは、よりしっかり取り組んでいます。
前戦については、自分自身、2回にダウンしたり、効いてしまって内容を覚えていません。パンチを喰らうのはもちろん好きではありません。
ーーONEに参戦して、そんなに早く100万バーツのボーナスがもらえると思っていましたか。
早すぎますね。自分の考えがおいつきません
ーーお金は何につかいましたか。
まずお母さんにお金をあげました。将来的に家もほしいので貯金しています。3KO勝ちで満足せず、きつい練習を続けていきます。
人によっては3KO勝ちなどすると、自信を持ちすぎてしまうでしょう。それはそれでいいのですけど、もっと自分自身のことを客観的に見て判断していかねばなりません。
ーー前回のファイトを見て、ONEのファンは、皆んなトヨタのファイトを観たいと思っているでしょう。怪我からの復帰はいつになりますか。
お医者さんは1‐2か月で全快するとおっしゃっています。今日も病院でレントゲンを撮りましたが、回復は順調の様子です。
※結局、昨年5月30日の試合から半年を空けて次戦(1月26日)が組まれた。怪我の回復に時間が掛かった模様。
ーーONEで、3つのファイトを経験して、トヨタさんを知っている人は増えましたか。
増えました。声を掛けられたら緊張します。写真撮影を頼まれることも多いです。恋人も私のことを「あ、スーパースターが来た」とか言って冷やかします。
🥊タトゥーについて
ーーのどにいれているタトゥーは何ですか?幾つで入れましたか?
20歳くらいです。スリンに帰った時に入れました。始めは枠だけしか入れていませんでした。もちろん、タトゥーを入れるのは痛かったです
喉のタトゥーはそんな意味はないのですが、首の後ろに入れているタトゥーはジムのロゴが入っています。ジムには感謝しています。
ジムに戻った際は薬物はもう止めたかもしつこく聞かれました。今は薬物はおろか、煙草も酒も何年もやっていません。


ーー薬物を止めるのは難しいですか。
難しいですね。私もクラトム水は飲んでいたが、脚がむくんだりで私には合
わないように思います。薬物は、とにかく止めるのです。そう自分で決心すれば良いのです。
クラトム(タイ語:กระท่อม / 英語:Kratom)は、主に東南アジアに自生する植物であり、疲労回復や痛み緩和など、医療目的で利用される成分が含まれている。 日本を含め諸外国では所持や使用を非合法としている。タイでは2021年から合法化され、日常生活で広く利用されている。
ーー止めることについて、友だちは何か言ってきましたか。
冗談か知らないけど「何で止めるんだよ」とか言われたけど、友だちの言うことに興味を持たないようにしました。
ーー薬物を始めるのは簡単ですが、やめるのは難しいです。こうやって薬物を絶ってONEで頑張っているトヨタというファイターもいます。
🥊母親について
私は、ファイトマネーやKOボーナスからお金をあげて、お母さんが喜んでくれているのが幸せに感じます。前戦も会場に応援に来てくれました。
ーーお母さんのことを聞いてもいいですか。お仕事をされていますか。
お母さんは、ロビンソンデパートでメーバーン(清掃などの業務を請け負う)の仕事をしています。メーバーンのリーダーをしていて、今52歳です。一緒に住んでいます。
スリンでいつ家を建てようかとお母さんに聞くと、定年まで働きたいと言います。定年が60歳なのかちょっと分かりませんが、母は働くのが好きなようです。
前戦の時も、計量が終わって、まず電話したのは、お母さん。その後で恋人です。試合中に自分が最初にダウンした時の写真(または映像)を観ましたが、母もアンナもとてもショックを受けていましたね。


🥊恋人のアンナさん登場
ーーその恋人、アンナさんを紹介してもいいですか。今日トヨタさんと一緒にスタジオに来てもらっています。
ジムで知り合って、付き合い始めました。知り合ったのは、私が事故をした後、まだ動けなかったけどジムには行っていました。私は英語は少し、彼女はタイ語は上手ですよ。

(アンナ)いえいえ、タイ語は少しです。
ーートヨタさんはバッドボーイみたいですけど、そのバッドボーイみたいなところが好きなんですか?
(アンナ)私は彼がブアカーオに似てると思って好きになりました。ヤングブアカーオですね。
ーーどちらが先に好きになりましたか。
アンナからです(笑)
(アンナ)私は、彼が家族を大切にするところにも惹かれました。彼は大きな心を持っています。ビッグハートです。
彼女が色々と買い物に行ってくれたりと、サポートしてくれます。勿論、ジムもサポートしてくれますから、私は練習に集中できます。彼女のことを愛してます。毎日彼女に愛していると言います。
(アンナ)彼は見た目がこんななので、結構怖がられますが、実際は結構しゃべります。
🥊薬物に困っている人に向けてメッセージ
それでは最後に、薬物で困っている人、止めたいと思っている人に向けてメッセージをお願いします。

ーー自分自身と戦い、そして自分に打ち勝つことです。あなたも決心すれば必ずできます。
※写真はONE Podcast、ONEの過去試合映像(Youtube)から
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