100㌔ドライブ 娘と、東京少年オバサン

昨日の夜勤明けに「東京少年」の記事を書き上げてからというもの、私の脳はすっかりGOING STEADYに乗っ取られてしまった。銀杏BOYSではない。断じて、GOING STEADYなのだ。

四六時中、頭の中でしゃがれ声があの曲を叫び歌っている。その衝動に突き動かされ、ふとした瞬間に「指先に止まった赤とんぼー!」なんて口ずさめば、リビングでスマホをいじっていた娘と息子が、壊れた蓄音機を目の前にしたかのようにうんざりとした目で私を一瞥する。かと思えば、電池が切れたように突然眠り、かと思えばのそりと起きだしては「僕らは若くて心が歪んだ」と鼻歌を歌う。そのたびに、二人の眉間の皺は、より深くなる。
夜勤明けの睡眠リズムが壊れてしまった私は、情緒もだいぶ壊れている。

そんな狂乱の一夜が明けた、今日。8月1日。 休日の朝、リビングに現れた娘は、いっちょ前にばっちりメイクをキメていた。その唇が、なんだかやけに可愛らしい色をしている。 「そのリップ、かわいいね」 「ん。3000円のリップなの」 娘は、少し自慢げにそう言った。今日の目的地は、本日発売のスタバの桃。その聖地は、100キロ先にある。

「行くぞ!」の一声で、娘を助手席に乗せ、車は走り出す。今日の運転手は私。我が家には絶対的なルールがある。そう、「ドライバーが、その日の神(選曲権)を握る」のだ。 BGMは、娘も私も大好きなバーチャルおばあちゃんの朗らかな声。

バーチャルおばあちゃん。個性的すぎるでしょうが、これが、私も娘も大好きなのである。


軽快なトークに笑いながらも、私の意識は道路脇の闇に絶えず突き刺さっている。キツネ、そして、鹿。あと、レーダーを光らせる警察。道東のドライバーは、常に三つの驚異と戦わなければならないのだ。

不意に、痩せこけたキツネが道路脇で、夏の陽射しに喘ぐように口を開けていた。あんなに細くなって…。この猛暑だ、頑張って生き延びるんだよ。心の中でエールを送る。だが、鹿、てめーはダメだ。奴らは、なんの躊躇もなく車の前に飛び出してくる、無敵のロードキラー。今日もどこかで息を潜めているに違いない。鹿、断じてユルサナイ。

そんな緊張感あふれるドライブの途中、カルディでコーヒー豆を買い、久しぶりのジョリーパスタで舌鼓を打つ。うん、おいしい。この、なんてことない寄り道が、休日の純度を高めてくれる。


そしてついに、聖地スタバへ到着。目的の桃は手に入れたものの、パスタで満たされたお腹は、フラペチーノの受け入れを断固拒否。まあ、今日の目的は果たした。それでいいのだ。

さて、帰り道。まだ最後のミッションが残っている。娘が、初めてのカラコンを買うのだ。ドン・キホーテの壁一面に並ぶ、小さなパッケージ。その宇宙のような品揃えの中から、「どれがいいかなぁ」と真剣に悩む娘の横顔。それを見ながら、ああ、この子ももう、こんなものを選ぶ歳になったんだな、と、その成長ぶりに胸の奥が少しだけ、キュッとなった。

すべてのミッションを終え、帰り道の車の中。ここからまた100㌔のドライブだ。遊び疲れた娘が、助手席でこっくり、こっくりと舟を漕ぎ始めた。 静かになった車内。チャンスだ。私は、カーステレオのボリュームをそっと上げた。

選曲は、もちろん、GOING STEADYの「東京少年」。そして「BABY BABY」。B-DASHの「ちょ」。 あの頃のプレイリストたち。昨日書いた記事の情景が、フロントガラスの向こうに広がるようだ。最初は口ずさむ程度だった歌声は、いつしかあの頃と同じ、腹の底からの「叫び」に変わっていた。ここは私の車。助手席の娘は、気持ちよさそうに寝息をたてている。ここなら、誰にも怒られない。どれだけ叫んでも、許される。

行きはあんなにキツネや鹿、警察に気を付けていたのに、帰り道はあっという間だった。すっかり私はあの頃の無敵ゾーンにはまってしまっていたのだ。家の駐車場に滑り込み、私が達成感に満たされながらエンジンを切ろうとした、その時。

「はぁ〜〜〜……」

隣から、船を沈めるほど重いため息が聞こえた。寝ていたはずの娘が、うっすらと目を開けて、私を横目でにらんでいる。

「…あれ?起きてたの?いつから?」
「…ずっと。…うるさい、ほんとに」
「起きてたなら言ってよぉ!」
「どうせ言っても、無駄だと思ったから!!」

ぷんすかと頬を膨らませ、娘は車を飛び出していく。その背中を見送りながら、私は不意に気づいて、笑ってしまった。

そうか。彼女は、起きていたのか。 私にとっては青春の国歌でも、彼女にとっては意味の分からない騒音でしかない、あの叫び声に耐えながら。私が「僕ら」になっていたあの時間を、邪魔しないように、ただ静かに見守ってくれていたのか。

それが、彼女なりの優しさだったのだろう。

家に入っていく娘を見ながら、思う。 この子にもいつか、「東京少年」のような時代が来るのだろうか。それとも、今まさにその時なのだろうか。
そして、この子が心を震わせる歌は、一体どんな歌なんだろう。

そんなことを考えながら、私は車のエンジンと、まだ微かに「BABY BABY」と歌い続けていた音楽を、そっと切った。 夏の夕暮れの静寂が、優しく車を包んでいた。


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