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【官能小説】雪女-前編

雪女接触事例報告

本報告は、アルプスヴァルドの奥地、人が立ち入らない山間部にて確認された特異存在、通称「雪女」に関する接触事例を整理したものである。

雪女は、外見上は二十代前半の日本人女性に擬態している。
長い黒髪。陶器のような白く滑らかな肌。華奢な体躯。
淡く盛り上がった膨らみ。薄い白絹の着物。
その外見は
「透明感抜群の美女」
「この世のものではない」
「見た瞬間に心を持っていかれる」
「二度と忘れられない」
「もはや人間では無理」
などと記録されている。

雪女は人の言葉を理解し、また、敵意は確認されていない。
むしろ雪女は、人間に対して強い関心と情を示す。
冬山に迷い込んだ者へ道を教えた例もある。
雪崩から子どもを救った例もある。
その一方で、雪女は人間との深い接触を極度に恐れると言われている。

その理由は、その体温にあると考察される。
彼女の体表温度は、平均して−28℃。
深部温度は−40℃前後と推定される。
さらに雪女は、接触した生体から急速に熱を奪う性質を持つ。

彼女はただ冷たいのではない。熱を奪うのである。

また、雪女の血液、涙、唾液、汗、バルトリン腺液、その他の粘液性分泌物には、エチレングリコール系の生体不凍成分が含まれている。
これらは低温下でも凍結せず、透明で、わずかな甘味を持つ。
皮膚接触における毒性は限定的であるが、経口摂取、粘膜接触、傷口からの侵入では重篤な中毒症状を示す。

雪女自身は、その性質を理解している。
そのため、雪女は人間男性から受ける求愛に際し、繰り返し次のように警告している。

「私は雪女です。男の人とは、肌を重ねられません」

しかしながら、警告は必ずしも有効ではなかったのだ。
雪女と言葉を交わした男性の一部は、彼女に恋焦がれてしまった。
彼女の声を聞き、彼女の寂しさを知り、
彼女の眼差しに情があることを知った者たちは皆、
彼女の美貌も相まって、強い執着と恋慕の情を示した。
以下に、危険を顧みず、彼女に物理的な接触を試みた勇者たちの事例を報告する。

事例①:人間の本能による離脱

榊原仁志(サカキバラ・ヒトシ)。34歳。猟師。
雪女との累積対話時間:18時間20分
物理接触時間:約4秒

榊原は、雪女が危険な存在であることを理解していた。
そのうえで、度重なる逢瀬は彼の理性を超え、ついに彼女を抱きしめたいと申し出た。
雪女は拒否した。
榊原は、「それでも一度だけ」と願い、半ば強引に雪女を抱きしめた。
推定接触時間は4秒。
榊原は雪女を抱きしめ、しかしながら強い冷痛により反射的に雪女を突き飛ばし、後方へ転倒した。
雪女の体表温度は-28℃であるが、急速に熱を奪う性質のため、榊原の体表面の水分は瞬時にして凍結、また急速に脱水が進んだ結果、皮膚は壊死して雪女の表面に張り付き、また深部の細胞も損傷したものと推察される。
榊原は胸部、前腕部、頬に軽度から中等度の凍傷を負ったが、命に別状はなかった。
彼は後に、次のように証言している。

「冷たい、じゃなかった。熱が吸われて、皮膚が張り付いたんだ。
体が勝手に逃げた。好きだとか、抱きたいとか、
そういうものが吹き飛んで、体だけが動いてしまった。」

雪女はその場で榊原に謝罪したという。
榊原は泣きながら謝罪を否定した。そして、己の愛情はこの程度のものだったのかと煩悶した。

この事例は、生身の人間が雪女と接触した場合、愛情云々より先に人間としての本能が作動することを裏付けている。

事例②:継続接触による死亡

御堂 玄馬(ミドウ・ゲンマ)。29歳。修験者。
雪女との累積対話時間:96時間50分
物理接触時間:1分20秒

修験者の家系に生まれ、日々山奥で己の肉体と精神を鍛え続けていた。常人ならぬ強靭な精神力を有していたと周囲の人物は語っている。
御堂は、雪女の危険性を理解しながらも、接触を試みた。
彼の目的は、雪女を所有することではなく、己を乗り越えることであった。
記録には、彼自身の言葉として次の一文が残されている。

「彼女に逃げられるのではなく、彼女から逃げない男になりたい」

接触当夜、雪女は強く拒んだ。
しかし御堂は、彼女の華奢な両肩を抱き、離れることはなかった。
推定接触時間は1分20秒。

まず最初に、唇が損傷した。
雪女への口づけにより、御堂の唇は雪女の唇へ凍着した。
雪女の顔を見つめるために離れようとした際、表皮と粘膜の一部が壊死、剥離し、雪女の唇には血液が付着した。
雪女は狼狽え、悲鳴を上げ、離れるよう懇願した。
御堂は、それでも離れなかった。

続いて、雪女に密着していた胸部、腹部、前腕部の皮膚に凍傷が進行していった。
接触面では皮膚の剥離が発生。
それでも御堂は、雪女を抱いた姿勢を維持した。

死亡推定時刻は、接触開始から1分20秒。

記録映像では、接触開始後まもなく御堂の呼吸は不規則となり、続いて全身の震えが消失。意識混濁、筋緊張の低下、徐脈、血圧低下を経て、最終的には致死性不整脈、または無収縮に至ったと推定される。

本事例は、雪女との長時間接触において、死亡をもたらす主因が単なる凍傷ではなく、吸熱による深部体温の破綻、およびそれに続く循環停止であることを示している。

雪女は文字通り冷たくなった御堂の遺体を抱きしめたまま、夜明けまで泣いていたとされる。
この事例について、当時の記録者は次のように記している。

御堂は彼女に勝とうとしたのではない。
己の人間としての本能に勝とうとした。そして、勝った。
ただし、精神の勝利とは裏腹に、肉体はその勝利についてくることができなかった。

事例③:遠隔での感覚同期、その後の粘液摂取による死亡

鳴海 透(ナルミ・トオル)。41歳。通信技術者。
雪女との累積対話時間:214時間10分
遠隔感覚同期時間:55分42秒
毒性体液摂取後の生存時間:4時間17分

鳴海は、直接接触の危険性を避けるため、遠隔での感覚同期というアプローチをとった。

これは、電脳通信遊戯に代表されるように、言葉のみで相手と感覚を共有し、相手に触れることなく、画面越しに疑似的な性行為を行うことに着想を得ている。

鳴海は雪女と直接対面、向き合いながら、しかし、その身体に触れず、熱を奪われることなく、雪女の触覚と性感を誘発することを試みた。

その試みは成功した。

鳴海は優しく、まるで恋人同士が閨を共にするかのように語り掛け、雪女の心を少しずつ融かしていった。そして、まるで鳴海の指や舌が雪女の肌を這うかのように、雪女の白く細い指が彼女の肌を這い、その感触が雪女の感度を高めていった。

やがて、雪女は白絹の着物をはだけ、純白のスリップ姿で、その下着の中に自らの指をいれ、鳴海が「禁呪」とつぶやくのに呼応し、ひときわ甘い声を上げながら、液性音を響きわたらせる様が記録されている。

雪女は鳴海の呼びかけに反応し、初めて明確な性的昂揚を示した。

雪女の体表温度は−28℃から−26.5℃まで上昇。
呼吸数の増加、流涙、唾液分泌、発汗、ならびにバルトリン腺液の著しい分泌が確認されている。

雪女は困惑し、泣きながら次のように述べた。

「これは…!これは…!いけないことですか?私は、こんなふうになってしまうのですね?」

鳴海は自分の思いが伝わったことを確信した。
そのことが、彼を突き動かしたのだろうか。
鳴海は、最後に直接接触を試みた。

雪女が止める間もなく、鳴海は雪女の涙を舌で受けた。
続けて、雪女の唇に残った唾液を舐めた。
さらに、雪女の陰部から溢れ出たバルトリン腺液を自ら口に含み、舐め、啜った。
舌が凍り付き、貼りつき、壊死するのも構わずに鳴海は舌を雪女に這わせ、彼女の体液を味わった。

鳴海は、摂取直後には異常を訴えなかった。

むしろ彼は、幸福そうですらあった。
雪女が愛されたしるし。それを余すことなく舐めとるという、男としての至福の時間であったであろう。
鳴海は記録装置に向かって笑っている。

「甘い。冷たい。君は毒なんかじゃない」

鳴海は雪女の体液が毒性のあるエチレングリコールを含んでいることを知っていた。
それがゆえに、彼は毒という表現を用いた。
雪女は、その言葉に答えなかった。
ただ、震えながら彼を見ていた。

異変は38分後に始まった。

鳴海は、最初に軽いめまいを訴えた。
次いで、吐き気。
視界の焦点が合わない、とも述べている。

それでも彼は雪女との会話を続けた。
雪女を安心させようとしたのか、あるいは自らの勝利を信じたかったのかは判然としない。

「大丈夫。少し酔ったみたいなものさ」

だが、1時間20分後、鳴海の呼吸は明らかに変化した。
浅い息ではなかった。
むしろ、深く、速い。
身体の内側に生じた異常を、肺だけでどうにか補おうとしているような異様な呼吸だった。

雪女は彼の名を呼んだ。

「透さん」

鳴海は返事をしようとした。
しかし、言葉はすぐに途切れた。
彼は胸を押さえ、次いで膝をついた。

「寒いんじゃない」

記録装置には、かすれた声が残っている。

「寒いんじゃないんだ。血が?重い…のかな?」

2時間後、鳴海は嘔吐し、強い呼吸困難を訴えた。
皮膚色は蒼白。
発汗を認め、意識はやや混濁していた。

雪女は鳴海を介抱しようとして、途中で止まった。
触れれば、彼は凍りつく。
涙を落とせば、それは毒だ。
彼女にできることは、鳴海の名前を呼ぶことだけだった。

「透さん。透さん」

鳴海は笑おうとした。

「泣かないでくれ。君のせいじゃない。俺は幸せものさ」

しかし、彼の呼吸はさらに乱れていった。
3時間40分後、鳴海は初めて彼女から聞いた雪女の名を正確に呼べなくなった。
4時間後には意識混濁。
雪女が語り掛けても反応しないときが増えていった。

最終的に鳴海は、雪女の前で息絶えた。

死因は、雪女由来の生体不凍液摂取による急性中毒と推定。
血液検査相当の記録では、重度の代謝性異常を示唆する所見が認められた。
また、解剖所見では腎組織内に白色結晶の沈着が確認された。

報告書には、医学的な記述に混じって、記録者による一文が残されている。

男の腎臓には、白い花が咲いていた。

雪女はこの事例以降、男性との会話すら避けるようになった。

つづく


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