有料noteを書きたい人へ。私は「お尻の話に値段をつける覚悟」がないという話 #040

「有料note」というものに、若干の苦手意識がある。

誤解のないように言うと、
noteで収益化したくないわけではない。

むしろしたい。
とてもしたい。

なんならこれから有料noteを書く気満々マンである。お金が欲しい。

一昔前の脳内メーカーに「ニャンシー」と入れたら、中央に巨大な「金」が出る気がする。
周囲にも「金」。
余白にも「金」。

もはや錬金術師。

収益を得ている人が普通にうらやましい。
弟子入りしたい。

実際、
「これはお金払う価値あるなあ」
と思うnoteはたくさんある。

「うわーこの文章最高だ、もっと読みたい、お金払うから続きをくれ」
と思うnoteもある。

でも一方で、

「これは……明らかに買わせにきてるな……」

と思うnoteがある。
というか最近めちゃくちゃ見る。
AI特有というより、テンプレート的な文章が世の中に出回っているのだと思う。例えば、

  • 「この記事を最後まで読めば、あなたの人生は変わります」

  • 「ここから先、本当に行動できる人だけ読んでください」

  • 「正直、これを公開するかかなり迷いました」

みたいな類である。

もちろん悪ではない。
商売なのだから当然である。

むしろよく考えられているなあと思う。

だって、
人生変えたいし、
行動する側の人間でいたいし、
迷ったのに公開してくれるんでしょう?

買うしかないじゃない!!!

ただそういうタイプの記事で、
無料部分があまりにも薄ーーーい記事が散見される。
初めての一人暮らしで、出汁を使わずに作った味噌汁くらい薄いと感じる。
※実際そんな読んだわけではない。こちらの被害妄想も過分に入っている。けど、そういうマインドになっている。

でも私は、あれを読むと急に財布を握りしめてしまう。

「この先が気になるでしょう?」
「続きを知りたいでしょう?」
みたいな空気を感じた瞬間、脳内にセコムとアルソックが多数出動する。
脳内に女子レスリングの某選手があふれ出る。

財布を握りしめるどころではない。
リンゴだったら握りすぎてジュースになっている。

たぶん私は、
“売り込み”に対する防御力が異常に高い方である。

損したくないのか、
操作されたくないのか、

noteに限らず、世間で売っているもの(特に化学的な性質を謳うもの)
全般に対しては厳しい。

〇〇水とか絶対買わない。

分子が…とか言われた瞬間、化学教師の側面が出てくる。

そしてそういう記事を読むと、
「あー時間を無駄にしたな…」
と思う。

なので困る。自分で有料noteを書こうとするとき。

有料にしたい。
でも価値のないものを売りたくない。

私は、人の時間をちょっと重く考えている。
(そのくせ待ち合わせには遅れたりするが…)


「子どもを寝かせた後のほっと一息」の1分。
「仕事終わってお迎えまで」の2分。
「朝ギリギリまで布団にいたい…」の3分。

そこを使ってもらうということ。

だから、「読んだけど何も残らなかった」
は結構悲しい。

まあそれはぎりぎりセーフで、
上述のように、「あー時間を無駄にされたな。」

こうは思われたくない。

「価値のない文章を大量に流す人間」
にはなりたくない。思われたくない。


そして、ここまで言っておいてなんだが。困ったことがある。それは

私が書きたいのは、まったくもって有益な情報ではない。

ということである。

「くるみ割り人形って冷静に考えたら怖くない?」

https://note.com/nyanshi_suzuki35/n/n6b620654c294

とか、

「お尻丸出しで走り回る息子」
https://note.com/nyanshi_suzuki35/n/ne8401dcf5144

とか、

そういう話である。

役に立つかと言われると、
自信をもって立たないといえる。

情報商材系なら有料の意味がまだわかる。

「これを読めば○○できます」
という形になっているから。

でも私の場合、

  • 「この記事を最後まで読んだとて、あなたの人生は変わりません。」

  • 「ここから先、本当にお尻を出せる人だけ読んでください」

  • 「正直、これを公開するかかなり迷いました(ひどすぎて)」

である。

「そんなものに時間を使ってもらい、あげくお金を払ってもらっていいのか?」という問題が発生する。

払う側もだいぶ勇気がいる。

「お尻丸出し怪獣・完全版 300円」

 これはまあ、わかる。

 いや、わからない。

「この先、怪獣のお尻丸出し話が続きます。200円です」

……

……

コーヒー買うわ!

ダメだ。
こういうことを考えているから有料化が進まない。


厄介な反論がある。

「価値は他人が決める」

これもわかる。

先ほど自分が酷評していたうすーい記事にスキがついていたりする。

逆に、「これはかなり良い!」
と思った記事が静かにひっそりとしていることもある。

だからお尻フェチの人が私の記事に価値を見出してくれる可能性はゼロではない。

量の問題かもしれない。
私自身、好きなエッセイストさんの記事ですら、
「毎回一話ごとに課金するか?」
と言われると、正直わからない。

エッセイは基本まとめ買いである気がする。

だが、量が増えたとてかもしれない。
「お尻まるだしマガジン50本!」
を買う気にはならないと、今気づいてしまった…

やはりだめな気がしてくる。

自分で価値を見出せないものに、価値は他人が決める
と割り切るのは難しいようだ。すくなくとも自分は。


チップにすれば?という話もある。

チップ!これはもっと難しい。

今から述べることは完全に私の偏見である。(これまでもだが)

例えば好きなnoteがあって、
応援したい気持ちはある。
あるのだが、

チップって、

なんか偉そうじゃありません?
「よかったぞ。褒美を取らす。」
みたいな。。

いや違う。
絶対違う。
完全に私の受け取り方が終わっている。

今純粋な気持ちで推しを応援している人の心を
侮辱していると捉えられかねない
最悪の捉え方である。

それに、自分が仮に褒美をとらす!と言われたら喜んで受け取る。笑

でも、なんか気を使わせている感がある。なぜかはわからない。
自分で額を設定させるからかもしれない。
結局そこで時間を払わさせている。


ここまで長々と悩んで気づいた。


やっぱり自分の文章に価値をつけること、評価されることが怖い。

「有料です」と言った瞬間、
急に世界が変わる気がする。

無料なら、
「なんか好きでした」
で終われる。

スキがつけば、
「あ、読んでもらえたな」
と思える。

でも有料になると、
「この文章は◯円の価値があります」
を、自分で宣言することになる。

それが怖い。

評価されないことも怖いし、
「この程度か」と思われるのも怖い。

だから結局、
無料で書いてスキをもらう、
という安全地帯にいたくなる。

この辺は、有名なnote書いてる人が言っていた。

「あーこれか」と思った。

だからたくさん書いて、信頼を積み重ねる。的なことをおっしゃっていたが、
加えて、たくさん書いて、たくさん反応を貰って、
覚悟を決めるみたいなことが必要な気がする。
いや、気にせず有料にしよう!という人もいるし、
それが正解かもしれないが、でもやっぱり躊躇してしまう。


最初の前半部分で、薄い内容のnoteに悪態をついていたのは、
自分をお高く見せたいだけだったようだ。はい。
内容はどうあれ、ちゃんと自分で価格を決めて、
文章を出している時点ですごい。尊敬する。いやしない。
尊敬は出来ないが、、、尊敬は出来ない。
尊敬は出来ないが、、、すごい。
尊敬はしたくない。


おそらく打開策は書くしかない。コツコツ
書く。「なんか役に立ったかはわから
ねえけど好きだった」を積み重ねる。それ
が覚悟を作る。
本当に結局たぶん明日も私は、「お
しり出してもハッピーだよ!」みた
いな記事を無料で投稿している。

錬金術師への道は遠い。


ではまた。

公開日 2026/05/27

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ニャンシー・スズキ|4児の父・教員(化学) よろしければ応援お願い致します。いただいたチップはおそらく何かしらに形を変えて、子どもたちの胃袋に吸収されていきます。