『愛猫がくれた「魔法」の言葉 —— 捨て猫との20年が私をTEDxの舞台へ導くまで』第9話
『クビ上等!で掴んだTEDxの舞台
アニマルコミュニケーターが信じる奇跡―』
エマを迎えてから約1年ほどが過ぎた頃
駅のホームで電車を待ちながら、
私はスマホのニュースに目を落としていた。
「40代からの失明リスク」
「健康診断で見つからない癌」……。
自分にその症状があるわけでもないのに、まだ見ぬ未来への不安が、黒い霧のように胸に広がっていく。
数ヶ月、そんな漠然とした不安に飲み込まれそうになりながら、私はある結論に辿り着いた。
「類は友を呼ぶ」
もし、世界トップクラスのビジネスマンやアスリートが病気や怪我をしたら、彼らは最高の環境で
ハイレベルな治療を受けるだろう。
それは彼らが「その場所」にふさわしいエネルギーを持っているからだ。
「だったら、私がその高いレベルに行けばいいんだ」
根拠はないけれど、直感的にそう思った。
私が始めたのは、三つの小さな習慣だった。
1. 知らない人の幸せを願う
(試験に向かう学生や、試合前の選手を心の中で応援する)
2. 小さな幸せを深く感じる
(犬や猫のモフモフした感触、お気に入りの入浴剤を入れてひとり時間を満喫する。)
3. 苦手な人に「ありがとう」
(反面教師として、自分の器を広げてくれたことに感謝する)
特に三つ目は難しいかかった。
その当時、時間にルーズな友人に振り回されるたび、以前の私は苛立っていた。
けれど
「あなたのおかげで待つ側の気持ちがわかった。
信用を失う怖さを教えてくれてありがとう」
と心の中で唱えてみた。
すると数ヶ月後、不思議なことが起き始めた。
タッチの差で乗り遅れたはずの特急が、なぜか遅れてホームに入ってきたり、エレベーターが絶妙なタイミングで開いたり。
人間関係も、波長の合わない人が自然と離れ、新しい出会いが舞い込むようになった。
そして極め付けは、憧れの「ボーダーコリー」だった。
知能が高く、羊を追うほど活動的な彼ら。
うちの環境では無理だと諦めていたのに、ある夜、母が唐突に言った。
「明日、ボーダーコリーの子犬を引き取ることになったから」
11月なのにエイプリルフールのドッキリかと思った。
けれど翌日、私の胸に飛び込んできたのは、ふわふわで温かい命の塊。
名前はベリー。
夢は、向こうからやってきたのだ。

ベリーがうちの犬になった初日、新しい環境に驚いたのか、ずっと鳴き止まない。
おやつをあげたり遊んだり、抱っこしてみたり
私が苦戦していると、母に抱かれて何故か急におとなしくなった。
「この子はあんたの小さい時にそっくりや」
母は静かに笑う。
「え?私は犬だったの?」
感受性豊かな子だった私を育ててくれた母
改めて母のすごさを実感した瞬間だった
流れが変わった。
ある日、目に入った「大阪万博のスピーカー募集」のメール。
登録している派遣会社が発信したものだ。
「もし、アニマルコミュニケーターなんて怪しい肩書きだと思われて、派遣の仕事をクビになったらどうしよう」
一瞬、古い不安が顔を出した。けれど、すぐに打ち消した。
「クビ上等! 起きてないことを心配して立ち止まるのは、もう終わりだ」
勢いで押した応募ボタン。
それが、私を2000人の大舞台へと運んでくれた。
本番当日、舞台袖のカーテンを抜ける瞬間は、記憶が飛ぶほど怖かった。けれど、話し終えてステージを降りた時の達成感は、何物にも代えがたかった。
その勢いのまま、私は次なる夢、TEDxのステージへと走り出した。
「保護犬・保護猫のいない世界を作るために」
その想いを伝えるため、寝起きでも原稿が言えるようになるまで猛練習した。
合格通知が届いたのは、派遣のアルバイトで私だけが残業を頼まれた日だった。
一人きりのバス停。
スマホの画面越しに合格を知り、涙が止まらなかった。
いくつになっても、本気で走れば夢は叶うのだ。
もう、夢に手が届く!!!
そう思っていた。
《第10話》
