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『愛猫がくれた「魔法」の言葉 —— 捨て猫との20年が私をTEDxの舞台へ導くまで』第7話

『「悪い犬」なんていない ——自信を失った大型犬ベルと、私の再生記——』


 

それからの私は、作家としての活動を続けながら、アニマルコミュニケーションの講座を探し
スピリチュアルなお茶会などに顔を出しては情報を集める日々を送った。

 

かつて表現の道を選んだ時はあんなに猛反対した母が、今回は何も言わなかった。



それどころか


「仕事として向き合うなら
きちんとした資格を取った方がいいよ」


と背中を押してくれた。
はじめて門を叩いたのは、大阪で開催されているアニマルコミュニケーションの講座だった。


講師の先生もたくさんの猫と暮らしていると知って、早速問い合わせてみた。


昼食は、みんなで先生が決めた場所に行くとのことだった。


そこだけがネックだった。

会場が飲食禁止のため、私の食生活については配慮するとのことで受講した。


でも行ってみると、私もみんなと同じ定食屋。


全く何も食べられるものがないまま
コーヒーだけ頼んだ。


同じクラスのひとりが、それに気が付いて


「どうして何ヶ月も前から相談しているのに配慮できないんですか!」

と当事者は私なのに、まるで自分の事のように怒り出した人がいた。


その講座には、その日から行かなくなった

しかし

アニマルコミュニケーションのクラスがきっかけで新しい友達が出来た。


彼女は、アニマルコミュニケーションの勉強をしつつも将来はオラクルカードなどのイラストの仕事に就くため努力していた。


彼女と一緒にはじめてアニマルコミュニケーターとして、神戸で開催された保護猫イベントに出展した。



イベント前日…。



彼女の愛猫が亡くなった。


肺に持病があり、通院していたのだが突然だったそうだ。



「ごめん…。

今日、セッションできない。」


会場で準備しているといきなり伝えられた。


彼女は会社で事務の経験があった。

それを知っていた私は、彼女に会計と予約管理を任せた。

「お客様来るのかな?」


そう思いながら会場の客入れが始まる。

最初こそは、誰も寄ってくれなかったが、イベント中盤頃から、お客様が並び出した。


イベント関係者の方にまで予約管理や列の誘導をお願いする始末になった。


そして、イベントが終わる頃


20人以上のセッションを短時間にしたせいで体力を使い果たした私は、椅子から立てなくなり

まわりの出展者様に片付けを手伝っていただいたり、飲み物を差し入れてもらったり…


ヨタヨタしながら歩く帰り道


「あなたはきっとすごい人になると思う。」


「そんなことないよ。

えらいのは体だけだよ。」

と、伝えると彼女はインドにある
ある葉っぱについて教えてくれた。
それは、アガスティアの葉というものらしい。

アガスティアの葉アガスティアの葉とは、インド南部の風俗で、古代のリシが残した個人に関する予言が書かれているとされるヤシの葉の貝葉の写本の一種である。

wikipedia

自分のことが全て書かれているらしく、彼女の葉っぱには「もっと努力しなさい」と書かれていたと教えてくれた。

ふと、言われた一言。

普段なら受け流す一言が、何故かその時は忘れることができなかった。


母の助言に従い、国際ライセンスを取得できる講座に申し込んだ。

半年間、地元の京都から東京まで、授業のたびに高速バスに揺られて通い詰めた。


 いよいよ、試験も近づいた時、母が倒れた。


血圧が原因だったけれど、最初は何かさっぱり分からなかった。


「早くプロになってね。」


病室で言われた。


もしかしたら、美容師ができなくなると思ったのかもしれない。

そんな母の期待に早く応えたかった。

 

無事にライセンスを手にした私は、創作活動のかたわら、アニマルコミュニケーターとしての歩みも始めた。


 ある時…。


『クロとお話してみよう』



何故かわからないけど、そう思った。


『クロ…。

今、話かけて大丈夫かな?』


昔撮影した、ちょっとだけ元気だった時のクロの写真に意識を集中する…


『やっと来たか?』


クロは、なんだかご機嫌な様子だった。


『いつも他の人のペットとばかりお話していたから、たまには話したいと思って』


クロは、後ろ足で耳の後ろを掻きながら

毛繕いをはじめる。


『クロ…。

私が小学生の時に、おおきなゴキブリが

廊下に出て、助けてってお願いしたことがあるよね?


なんであの時、目の前にいるのに助けてくれなかったの?』


『お前も、ずっと子供じゃないよな?

いつか大人になれば、この家を出て行ってお母さんから離れて過ごす日がやって来る。


そんな時にゴキブリくらいでピーピー泣いてたら、流石に将来心配だと思った。


まぁ…。

ゴキブリに関しては、今でも大騒ぎしてるけどな。』


そう言うと、微かにため息をついた。


『ひとりで住んでた時も、ゴキブリが出た時…

管理人さんに助けて貰ったけどね…』


それを聞くと、盛大にため息を付く。


『全く…。

なんであんな小さい黒い虫ごときが怖いのか…。

理解できない。』


クロには、私がゴキブリが大苦手であることが、
なかなか理解できない様子だった。


『私もなんで苦手なのか理解できないよ〜。』


『可哀想だから、シバに虫取りを教えようとは思ったけど…

あのガキもゴキブリを見た瞬間固まってたな…』


母が近所から貰って来た子猫のシバも、
どうやら虫取りは苦手な様子だった。


しばらくは母に頼るしかなさそうな感じだった。


『クロは、亡くなってからはどうやって過ごしていたの?』


ずっと気になっていたことを聞いてみた。


『こっちにはさ、時間とか感覚とかないからなぁ…。


うちに遊びに来てみたり、ゆっくり過ごしたり

考え事したり…

気楽にやってたよ。』


どこかが苦しいわけでも、お腹が空いて困るわけでもなく、クロは平和な様子だった。


自分が姿を現す度に驚く私や母の姿が、クロにとって密かな楽しみでもあった。

『私、東京からうちに帰った時に
社会人なのにずっと実家…っていうのもお母さんにも迷惑だし、お金貯まったら出て行こうって思ってた。

でも、そのお金を貯めている最中に気がついたら
うち、大家族になっていて
逆に実家から出れなくなったよね?』

すると、クロは…

『不満なのか?』と尋ねる。

『猫、大好きだし
ひとりで生活したら絶対今みたいな暮らしはできないと思う。』

『だったら、それはそれでいいんじゃないか?』

クロは前足を伸ばして伸びをしてから

『これから、弘美もアニマルコミュニケーションの仕事でやってくと思うけどさ、


まぁ…。 



やりたいようにやれ!




まわりがどうとか、先生がどうとかは無視していいから。

答えはちゃんと、そこにあるから。』


そう言ってクロは姿を消した。


僅かな時間だったけど…

クロと話した貴重な時間…


やっぱりクロは、私を守るためにうちに来てくれたんだと改めて思った。


気づけば、わが家には5匹の猫がいた。

すべて母が保護した子たちだ。

母猫とはぐれた子、交通事故に遭った子……。

それぞれに過酷な生い立ちを持つ彼らと過ごすうちに、私の中に強い願いが芽生えていった。


「保護犬や保護猫がいない世界を作りたい」



最初の1年は、アニマルコミュニケーションの仕事が全く取れない時があった。
アニマルコミュニケーターとして活動していることを知り合いに伝えたこともなかった。


なぜなら、一部の人達から


怪しい職業だと思われたり、詐欺だと言われたり…

お茶会で知り合った女性が、勤務先の会社に占い師をしているとバレて人事に呼び出さて会社を辞めて来た。

ということもあった。

なるべく自分を守ろうと保守的になっていた私は、ある時ふと思った。

ある時、ふと私の脳裏を

「別に悪いことをしているわけでもないのに、なんで私がコソコソしてるんだろう?」


そう思った瞬間


「今」起きていないことに悩む自分がバカみたいに思えた。


「もう何を言われてもいい!

アンチでもなんでもかかって来い!」



そう思ってから

 

その想いは形になり、人気番組『王様のブランチ』で紹介されるような保護猫カフェで作品を委託販売してもらえたり、YouTubeの取材を受けたりと
活動の幅は広がっていった。

創作のお客さまにも、アニマルコミュニケーションの依頼主様にも恵まれ、充実した毎日だった。

 アニマルコミュニケーターとして、スキルマーケットのアプリに登録していた。

日本国内だけでなく、インドネシア、デンマーク、韓国からも私のセッションを受けて頂いていて、それは流石に驚いた

そんなある日、共に暮らす猫の一匹から、核心を突く言葉を投げかけられた。

 

「弘美は、猫の飼い主の気持ちはわかるのに、犬の飼い主の気持ちは全然わかってないよね」

 

ハッとした。

確かに、わが家には犬を迎えた経験が一度もなかったのだ。

 

「それなら、実際に家族になればいい」

そう思い立った私は母に相談し、里親募集サイトで見つけた一頭の大型犬を迎え入れることにした。

 

推定8歳の雑種。名前は、ベル。

 

うちに来たばかりのベル

彼はかつて、何度も人を噛んで愛護センターに送られた過去を持っていた。元の飼い主から暴力を振るわれていたせいで、人に触れられることを極端に嫌がった。

 

『こんな悪い犬でいいの? もっと可愛い子犬がたくさんいるのに』

 

ベルの心の声を聞いた瞬間、胸が締め付けられるように痛んだ。

この子は、私と同じだ。自分のことを「ダメな存在」だと思い込んでいる。

 

他人事とは思えなかった。自信を失ってしまったこの子が、どうすれば自分を大好きになれるだろうか。

 

自分のことは棚に上げて、必死に考えた。
何か人の役に立てるものはないか?


セラピードックを検討しようとした。


でも、ベルは人に触れらるのが大嫌いだ。


母の美容室の店番…。


犬が苦手なお客様もいるので、却下された。


そんな時、YouTubeで見かけた
「わんわんパトロール隊」の姿に、

「これだ!」と直感が走った。

 

募集期間は既に過ぎていたが、運営の方は事情を汲んで、快くベルを迎え入れてくれた。


それから、ベルと私のパトロールの日々が始まった。

 

通学路を歩けば、子供たちが「おはよう!」と元気な声をかけてくれる。

花壇を手入れするお年寄りが「ご苦労さん」と微笑んでくれる。

 

街の人との触れ合いの中で、ベルの表情はみるみる明るく変わっていった。その活動は、地元の新聞に取り上げられるほどになった。

 

地元新聞に取材していただきました。

ベルとの毎日は、猫との生活とは全然違うものだった。

お散歩に行くと、たくさんの犬友ができたり、犬の飼主さん達との会話も楽しかった。


そして、ベルにはある特技があった。


その頃、母が津軽三味線を習いはじめた。

それがきっかけになり、志村けんの「変なおじさん」には、実は原曲があると知った。沖縄の蛇味線の「ハイサイおじさん」

その曲を流し「ハイサイおじさん」の掛け声で挙手をしたり、私とYoutubeを一緒に見ていると、昔の映像で「コラーおじさん」の映像が流れて来た。


すると、それを見て「脅かす」ということを覚えたベルは、二階の階段の壁に姿を隠して猫や人が通ると「ワンッ」と吠える。

階段の上まで来て、いきなりベルに吠えられ垂直跳びする猫達が面白かったのか、今度は私にもやるようになった。

そして、私と間違えたのか

母にも


「誰に向かって吠えてんねん!」

叱られて拗ねるベル。

それからは相手を確認してからやるようになった。

さらに、あれだけ噛み犬だとか言われていたベルだったが、うちに来たばかりの生後間もない子猫の保育士さんをしてくれる優しい一面も見せてくれた。

おかげで、成長した子猫は犬が大好きになりベルが亡くなってから絨毯の下で涙を流しながら出て来なくなり、どうしようかと心配するほどだった。

普段、あまり出歩かない私は、ベルとの散歩中に迷子になり知らない場所で困り果てていた。

すると、近くで散歩中の年配の男性に声をかけられた。

「ベルちゃんだよね?」

知り合いでもないのに、何で知っているのだろう?と不安になった。

新聞を見てくださっていたそうだ。

そして、事情を説明すると、わざわざ回り道をして道案内までしてくださった。

元々、高齢だったベル。

うちに来た時から、時折苦しそうに咳き込むことはあった。

 

家族になって4年。

ベルは喉の病を患い、静かに、安らかに旅立っていった。



パトロール中の1コマ

 

うちに来たばかりの子猫の保育士さんもしてくれました。

《第8話》


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