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聖書ファクト・シリーズ(3)...キリスト生まれ育った当時のガリラヤの言語状況


表紙:西暦1世紀ローマ帝国パレスティナ地方,イエス・キリストが生まれ育ったガリラヤ地方

聖書ファクト・シリーズ(2)...聖書の世界は多文化・多言語,現アメリカのようだった|の続く(3)では、キリストが生まれ育った当時ガリラヤの地政学的状況を絡め言語的状況に触れる。


キリストが生まれ育ったヘロデ王国ガリラヤ地方

高等学校と大学で世界史を学んだが、今思うとあまりにも西洋史に偏っていたと思う。エジプト、メソポタミアには4大文明発祥地の一つとして触れただけ、現在の紛争地帯中近東については、ほおんのざっくり、パレスチナ地方についてはどうだったろう、記憶にない。本当に後悔している。ましてや、2025年前なんてはちんぷんかんぷん。現在紛争地帯だ、改めて勉強し直さなければと痛感。

それでThe Herodian Kingdom - World History Eduから学んでみる。まず、表紙写真を拡大し当時のマップを見てみよう。

西暦1世紀ローマ帝国パレスティナ, ガリラヤ
Galilee, shown in ...https://www.researchgate.net/figure/Map-of-Roman-Palestine-during-the-First-Century-AD-Galilee-shown-in-orange-on-the-map_fig1_339615676より

太い点線で囲んだところが紀元前4世紀ごろ、すなわち、イエス・キリストが生まれた4年前のヘロデ王国だ。

王国の地中海に面する海岸沿いを1本の街道が、現在紛争中のガザGazaからヨッパJoppaを通りチロTyreそしてSydonシドンを抜け、アルファベットの前身フェニキア文字の発祥地フェニキアPhoenikia、シリアSyriaに北上する。

そこから枝分かれし内陸部を通るもう1本の街道。これがイエス・キリストがの故郷ナザレを通り、

19世紀後半~20世紀初頭の寒村めいたナザレ
 الناصرة (נָצְרַת ...(palestineremembered.comより)

ガリラヤ地方に入りやがてガリラヤ湖に沿って北上して、

ガリラヤ湖(Wikipedia)

シリアに入り当時の大都ダマスカスに繋がる。みな聖書によく出て来る地名だ。そしてこれら2本の街道に並行してガリラヤ湖そして死海の上の荒地を通るもう一本の街道が。別稿「聖書ファクト・シリーズ(2)...聖書の世界は多文化・多言語,現アメリカのようだった|」で述べたように、まさに、エジプトとアフリカ大陸およびメソポタミアを繋ぐ交通の要所だ。多文化・多言語が交差する大動脈といってよい。

恐らく、父大工のヨセフと母マリアの温かい愛情を受け、大工仕事を手伝いながら街道を行き交う多くの旅人に触れたことだろう。何か月も灼熱のサハラ砂漠を月明かりの下で旅してきた話すラクダの隊商に感激しハウサ語に耳を傾けている好奇心旺盛で創造力に富む少年イエスの姿が目に浮かぶ。

ヘロデ王国The Herodian Kingdom

ヘロデ王国は、紀元前37年~4年までヘロデ大王(Herod the Great)に統治されたローマ共和国(the Roman Republic)属州であった。ヘロデはローマ上院に「ユダヤ人の王」(” King of the Jews")と認められ、上地図の ユダJudea, サマリヤSamaria, エドムIdumea,ガリラヤ Galilee、そして、ヨルダンが東岸Perea, Batanaea, Auranitis, and Trachonitisなどの領域の統治を許された。直前のハスモン独立王朝the Hasmonean dynastyと後続のローマ帝国占領時代の狭間に存在した不安定な王国だった。聖書の4福音書には、ローマ皇帝の顔を見ながら、絶えずビクビク、ヘロデ王の様子が描かれている。


ヘロデ大王没後、ローマ帝国元首アウガスタスAugustusの許可の下、王国は3人の息子に分割された(ヘロデ・テトラルキThe Herodian Tetrarchy):

  1. ヘロデ・アルケラスHerod Archelaus :上記地図の ユダJudea,サマリヤ Samaria, エドムIdumea を統治。西暦6年失政故に解任。これらの地はローマ直轄のユダ属州再編成される。

  2. ヘロデ・アンティパス Herod Antipas: 上記地図ガリラヤGalilee とぺレアPereaを統治。バプテスマのヨハネの首をはねた悪名高き暴君、後にローマ皇帝カリグラCaligula(在位Ad.37-41)に追放される。

  3. フリップPhilp the Tetrarch: 上記地図Batanaea, Trachonitis, and Auranitisを含む王国北西部領土を統治、施政は安定し彼が死亡くなる西暦34年まで続く。(以上、World History Edu · January 9, 2025:筆者邦訳)


イエス・キリストが育ったガリラヤは、ヘロデ・アンティパスが統治し、誕生の地であるユダJudea州ベツレヘムはヘロデ・アルケラスが統治していた。ヨセフとマリアはイエス誕生と直後に「ヘロデが幼子を探して殺そうとしている」(マタイ伝2章13節)とのお告げを受け、イエスを連れてエジプトに逃れ、「ヘロデが死ぬまでそこに留まった」(マタイ伝2章14節)とある。さて、1.と2.のうちどちらのヘロデであろうか。いずれも暴君で該当しそう。目下の筆者には不明。

ヘロデ王国の主要言語

こうした多様な文化と言語の往来の要所に住む人々は、言語的感性が鋭くなりマルチリンガルの素養を身につけたことだろう。街道は生きた言語学習の舞台だ。誕生後、成長とともに周りで話される言語は自ずと習得する。幼ければ幼いほど効果的だ(Language - Acquisition, Development, Structure | Britannica)。イエス・キリストも自ずと身の回りで聞く言語を身につけたことだろう。当時のこの地域の言語状況について以下のサイトをチェックしてみた。

First-Century Language in Palestine and the Roman Empire

Why did Jesus primarily speak Aramaic instead of Hebre

Did Jesus Speak Hebrew? - Disputing Aramaic Priority

Hebrew Vs Aramaic: 5 Major Differences Between Languages

What languages did Jesus speak during his lifetime?

Microsoft Word - The Multilingualism of Ancient Palestine and the Multilingual Jesus.docx

INSIGHTS FROM QUMRAN INTO THE LANGUAGES OF JESUS on JSTOR

その他多くの関連サイトから抽出されたGoogle AI Overviewは、キリストに対して手抜き裁判をしたローマ帝国よりユダ属州に派遣されたポンテオ・ピラト総督を例に、当時のユダ地方の言語状況の概要を以下のように説明している。


ポンテオ・ピラト(マタイ伝27章11節~)は、恐らく、ラテン語とギリシャ語を話した。ローマの役人としてラテン語が第一言語であり、治世、軍事に使用したと思われる。ギリシャ語はローマ帝国全体のリンガ・フランカで、属州領民と役人との会話に使ったであろう。それ以外に領内の共通語アラム語Aramaicを十分とは言えないが、少々話せたようだ。(GoogleAI Overview : 筆者邦訳)


What Language Did Jesus Speak? | Aramaic, Bible, & Facts | Britannicaは、イエス・キリストが介した言語の詳細を述べている。


アラム語Aramaicイエス Jesusは主としてアラム語Aramaicを話した。当時のパレスチナ地方 Palestine とシリア地方 Syriaの広域で話されていた共通語である。紀元前6世紀ごろまでには、ユダヤ人(Jews)の日常言語として ヘブライ語Hebrew にとって代わり使用されていた。ヘブライ語Hebrew は宗教的かつ学問的用途で話されていた。ガリラヤ地方Galilean のナザレ村Nazareth出身のイエスも地域のリンガ・フランカ lingua francaである アラム語を話した。アラム語Aramaicの影響は強く聖書にも影響を与え、旧約聖書のダニエル書Daniel書とエズラ署Ezraはアラム語Aramaic語で書かれている。

ヘブライ語Hebrew:イエスはHebrew語も熟知しており、 ヘブライ語のユダヤ経典 scripture を読み、宗教活動に参加するときに使用した。しかし日常の会話とか教えにはアラム語Aramaicを使用した。

ギリシャ語 Greek :ローマ帝国 Roman Empireの東側地域においてローマ政権の行政や交易に使われ、後に、新約聖書New Testamentを記す言語となった。 イエスはギリシャ語の知識があったようでユダヤ人以外の人種や都市部の住民とはギリシャ語で話したようだ。ただし、コミュニケーションの主要手段ではなかったようだ。

What Language Did Jesus Speak? | Aramaic, Bible, & Facts | Britannica 筆者編訳)


これを上記のAI Overviewの概説と組み合わせて総括すると、この地域に駐屯したローマ帝国の統治者や聖書の福音書に出て来る軍人などその関係者らはLatin語を話していたようだ。


Pirate also wrote a title and put it on the cross: it read ”Jesus of Nazareth, the King of the Jews"  Many of the Jews read this title, for the place where Jesus was crucified was near the city; and it was written in Hebrew, in Latin , and in Greek.(John 19:20)

ピラトはナザレのイエス、「ユダヤ人の王」というタイトルを十字架に貼った。多くのユダヤ人がそれを読んだ、なんとなら、キリストが磔にされた場所は市に近く、ヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語で書かれていたからだ。(ヨハネ伝19章20節 筆者邦訳)


  と、キリストの肩書をヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語で記したとあるように、ローマ属州ユダ地方の公式文書はヘブライ語、ラテン語、ギリシャ語で書かれ、アラム語は日常会話の口語として使われていたようだ。

イエス・キリストは、アラム語を第一言語とし、ヘブライ語とギリシャ語を第二言語としていたようだ。マタイ伝8章5節~13節にあるローマの百卒長の召使の中風を癒したとあることから、この百卒長とも交流が続いた可能性があり、もしかするとラテン語にも少々通じていたかもしれない。キリストはマルチリンガル話者であったのだ!これも含め、

聖書ファクト・シリーズ(4)聖書の原典はマルチリンガル!英語で書かれたと信じている人たちがいると聞いて唖然!に続く

英語圏の人々の中には、聖書が英語で書かれ、キリストが英語で話したと思っている人もいるらしいので、改めて新約聖書はギリシャ語で書かれたこと、キリストはアラム語、ヘブライ語、ギリシャ語を状況により使い分けたマルチリンガルであったこと等々、四福音書のエピソードから読み取る。(2025年5月27日記)


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鈴木佑治 N.Yuji Suzuki サポートいただけるととても嬉しいです。幼稚園児から社会人まで英語が好きになるよう相談を受けています。いただいたサポートはその為に使わせていただきます。