聖書ファクト・シリーズ(2)...聖書の世界は多文化・多言語,現アメリカのようだった
表紙写真:新約聖書のマニュスクリプト(ギリシャ語)の一片
Ancient Manuscripts In a Digital Age - WSJ St-Takla.orgより
アメリカ合衆国の多言語・多文化のチェック
Languages Do We Speak in the United States?によると、現在アメリカ合衆国には、ざっくり350言語が飛び交っているようだ。さすがは移民が築いてきた国だ。多民族、多文化、多言語国家だ。そして、10 most common languages spoken in the U.S. (2024)によると、2023年合衆国統計局データ( data collected by the U.S. Census Bureau)で、話者が最も多い10言語は次の10言語だ。
(1) English … 245,000,000
(2) Spanish… 43,000,000
(3) Chinese…. 3,500,000
(4) Tagalog… 1,800,000
(5) Vietnamese… 1,600,000
(6) Arabic… 1,400,000
(7) French… 1,200,000
(8) Korean… 1,100,000
(9) Portuguese… 1,100,000
(10)Russian… 1,000,000
英語とスペイン語の話者数はとりわけ多く、両者を合わせると約300,000,000人で合衆国人口330,000,000人の90%を占める。これら2つを除く残りの主要言語は以下のマップが示すように分布しているとのこと。日本語はハワイ諸島で辛うじて。

2023年時点ではアメリカ合衆国は公用語を指定していないが、50州の内32州と5つのテリトリーが英語を公用語と指定している。統計局調査では合衆国人口の78%(約26,000,000人)が英語のモノリンガル。英語以外の言語を話す人々の殆どが、英語とのバイリンガルかマルチリンガルで普通英語を話す。ということは合衆国人口のほぼ全員が英語を話すということである。ちなみに、合衆国とテリトリーにはアボリジナル言語180が存在する。以上、10 most common languages spoken in the U.S. (2024)は、2023年合衆国統計局データ( data collected by the U.S. Census Bureau)を基に報告している。
社会言語学の言語タイポロジーで整理
社会言語学者の一領域言語タイポロジーでは、言語社会ごとに、話者数に応じ、
(1)メジャー言語(Lmaj) =人口の25%以上の母語/話者数100万人以上/公的に使用/教育媒体語のいずれかに該当する場合
(2)マイナー言語(Lmin)=人口の5%以上の母語/話者数10万人以上/初等教育低学年の教育媒体語のいずれかに該当する場合。
言語態に応じ、
(1)口語体(V)
(2)標準語化された口語(S)
(3)古語(C)
(4)ハイブリッド・ピジン(P)
そして、用途/機能に応じ、
(1)グループ・コミュニケーション(g)、
(2)オフィシャル(o),
(3)教育媒体言語(e),
(4)広域コミュニケーション(w),
(5)学校教科(s),
(6)宗教(r)
などに分類する。アメリカ合衆国には少なくとも10のメジャー言語(Lmaj)があり、340のマイナー言語が存在し、10Lmaj, Sgoewsr+340Lmin(?)だ。
英語はメジャー言語(Lmaj)であり、標準語化されており(S)、(1)~(6)までの用途/機能をもつ。スペイン語を除けば、他の8つのメジャー言語の20倍近くの2,450万人もの話者がおり、他の9つのメジャー言語話者やマイナー言語話者の多くが英語併用のバイリンガルで、ほぼ全員にとって教育媒体語であり、移民の英語学習意欲は高く学校教科(s)としても学んでおり、また世界一優れた英語学習プログラムの効果もあり、国家レベルで公共でも市場でも(2)オフィシャル(o)そして(4)広域コミュニケーション(w)としても国内隅々に普及している。
その他の9つのメジャー言語もみな英語と同く標準語であり用途/目的をもつ。ただし、340のマイナー言語についてはそれぞれが違う言語態と用途/機能をもつものと推察する。宗教的目的、グループ・コミュニケーション、いわば、文化的ヘリテージは英語で代用できない。アメリカの多くのマイナー言語集団は公の場で英語を使う意欲が強く、宗教・文化的ヘリテージとしてマイナー言語を使い住み分けをしているようだ。
「英語をアメリカ合衆国の公用語にする」との大統領令への違和感を持つ所以はこの辺りにある。例えば、ナイジェリアでは3メジャー言語は、ハウス語、イボ語、ヨルバ語であるが、過去の反目の歴史からこれら言語の話者が互いに学び合うのは現実的ではない。よって、3言語を公用語にした。そして、その上を覆うように英語を4つ目の公用語にした。アメリカには異言語間話者にこうした反目は無い。よって英語オンリーを公用語化する根拠に欠ける。英語を唯一の公用語としてしまうことにより、英語学習プログラム、また、英語モノリンガルが他言語を学ぶ外国語プログラムを消滅させかねない。それはアメリカが長年築いてきた多言語・多文化カルチャーを損ない、経済にも影響を与えるだろう。
イエス・キリストが生きた聖書の世界も多言語・多文化であった
イエス・キリストはどんな世界にいきていたのだろうか?歴史言語学の研究による地球上の現在に至るまでの言語の進化過程の概要がLanguage evolutionary tree in eLinguisticsやThe 14 Major Language Families and Their Evolution - HubPagesなどのサイトにある。その中のAfroasiaticがキリストが過ごした中東地域の現在の言語状況だ。以下、The 14 Major Language Families and Their Evolution - HubPagesのAfroasiatic(黄色の部分)の21世紀の言語状況だ。太字の部分Semiticセム語派がキリストが住んでいた地域の現在の言語状況だ。
Evolution of Afro-Asiatic Languagesアフロ・アジア言語(下図黄色の部分)
Afro-Asiatic語族:セミ語派族アラビア語がこの地域で最も広域に話されており5つに分かれる。
ベルベル語派1,600万人、トゥアレグ (Tuareg)語群が最大、モロッコ、アルジェリア、現在はアラビア語が主として話されている。
チャド語派7,200万人、150言語、最大言語はハウサ語、チャド、ナイジェリア。
クシ語派、7,000万人、30言語、最大言語はオロモン語とソマリア語、エチオピア、スーダン、タンザニア。
エジプト語、または、古エジプト語、紀元前3000年、現在はアラブ語が主として話されている。
セム語派、40~80言語、アフリカ起源でない唯一の語派、アッカド語 (楔形文字,絶滅した)、アラビア語(3億人)、ヘブライ語(500万人)、アラム語(100万人)、エチオピアアムハラ語(2,500万人)

(The 14 Major Language Families and Their Evolution - HubPagesより)
上記から想像するに、2000年前のこの地方には更に多くの言語が話されていただろう。例えば、現在絶滅したアッカド語などはもしかするとまだ話されていたのかもしれない。今でさえ40~80の言語が飛び交っているとしたら、もしかすると、その倍の数が存在していた可能性ある。本来ならここで言語と方言の関係を述べたいところだが、例えば、ポルトガル語とスペイン語は別言語か?ポルトガルとスペイン、とか、ブラジルと他の南米諸国との相互理解度(mutual understanding)はかなり高い。同じように別の言語か、方言か分からないかなりの言語変種が絶滅したかもしれない。
キリストが生まれ育ち活躍したパレスチナ地方は陸路、海路の要所。中近東からまたアフリカから沢山の人々が行き来した。例えば、ラクダに乗ってサハラ砂漠を渡ったナイジェリアのハウサ語話者の隊商もここを通ったのだろう。それにヘレニズムの影響が残るコイネ・ギリシャ語、ローマ語(後にラテン語)など、ローマ帝国下にあったこの地方は、アラム語やヘブライ語を中心に、様々な言葉が飛び交う一大市場であっただろう。上記の言語タイポロジー・フォーミュラ二当てはめると現在のアメリカ以上の相当数のメジャー言語(Lmaj)とマイナー言語(Lmin)が存在していたと思える。これが新約聖書聖書の世界だ。多文化・多言語の世界だ。
そんな中で、恐らくイエス・キリストはアラム語で民衆に説教し、ヘブライ語でパリサイ派と議論し、ポンテオ・ピラトローマ提督とはコイネで話したものと想像する。使徒パウロは地中海のあちこちで布教したことから相当多くの言語に触れ介したに違いない。
要するに、新約聖書の世界は現在のアメリカ合衆国と同様に多文化・多言語社会であった。その時この地域を治めていたローマ帝国はギリシャ語やラテン語を公用語に制定することはなかった。民衆の反感を買う愚かな政策であることを知っていたからであろう。
それ以前にこの地域を治めた旧約聖書の列王記Ⅱの18~20章の南ユダ王国のヒゼキヤ王(紀元前740~680年)との関連で出て来るアッシリア帝国は、Assyrian language: Past and Presentによると、遠隔地域においては、古代アッシリアそしてバビロンから続く先祖の言語アッカド語ではなく、帝国内の意思疎通を諮るためにアラム語を公用語"Official Aramaic"に制定している。
現在のアメリカ合衆国に置き換えて言えば、合衆国の南側国境地域の旧メキシコ領のスペイン語話者が多い地域で意思疎通の為にスペイン語を公用語にしたというに等しい。アッシリアで発掘された多くの遺品にはアッカド語とアラム語が併記されていると言う。

聖書の世界は多言語・多文化の世界だ。多言語・多文化への理解なしに聖書は理解できない。(5/20/2025記)
次回(その3)に続く
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