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《超適当雑記156》2026年1月9日(金)【可視化された心の闇~いじめ/ネットリンチ~】

〚2183文字〛
こんばんわ。入谷です。
まず感謝とご報告についてお伝えします。前回までの記事について、マガジン追加等にてご紹介していただいた方々へお礼申し上げたいと思います。


■感謝とご報告〚259文字〛 

皆様、いつも記事を取り上げていただき誠に嬉しく思います心より感謝申し上げます。皆様のご好意がとても励みになります。
まずはマガジンへ追加してくださった方々をご紹介してまいります。

については、

ももさま

ゆうき🎈スピリチュアル×人間関係のマインドコーチさま

ペリン🍡さま

リコピンさま

りこ@一生養生さま

※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

次いで記事にて取り上げてくださった方をご紹介してまいります。

について、

りこ@一生養生さま


順不同
となってしまい、大変恐縮です。
皆様、どうも有難うございます今後とも宜しくお願いしたします

※ ※ ※ ※ ※
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■可視化された心の闇~いじめ/ネットリンチ~〚1766文字〛

現代では、成功者の華やかな生活がSNSで容易に可視化された一方、
失敗や負の側面もまた、残酷な実態とともに瞬時に拡散され、誰でも覗き見ることができるようになりました。

それはとても悲しい現実です。
そこには、誰かを傷付け嘲笑う者たちがいて、傷付けられた側の深い痛みがあります。近年では、義憤を名目にした誤った行動が特に目立つようになりました。

もしもこの世界に、自分の悪行が即座に別の形で自分に返ってくるシステムがあったとしたら、人は誰もが恐れを抱きながらもより賢く思いやり深く心優しい存在になっていたかもしれません。

たとえば、健康や寿命が削られる。
たとえば、財産が失われる。
たとえば、行いに見合った直接的な打撃を受ける。
  

あの世や来世での曖昧な裁きでなく、即座に償いの義務が生じるのなら、人は他者の痛みを真剣に考え自身の行動を繰り返し反芻し、想像力を大きく進化させていくでのでしょう。

・加害者叩きの罪悪感のなさ・

事件には必ず加害者被害者がいます。
被害者が受けた傷や苦しみを見るのは辛いものです。
被害者の心の傷を癒し、名誉を守り、失われた自信を取り戻すサポートをすること。それが社会や周囲の大人の役割なのかもしれません。
しかし、被害者を『ダシ』にして加害者を叩く行為は、決して被害者の救済にはなりません。むしろ、何度も被害者の傷をえぐり名誉と尊厳を踏みにじる結果をなるからです。

また、昨今横行する私刑の概念『加害者にならば何をしても許される』という考えは、極めて危険です。
それは自分自身の人格を貶める行為であり、叩く側が新たな加害者となっている可能性さえあります。

さらに、その様子を拡散することで、他者の判断力を鈍らせ社会全体に悪影響を及ぼす恐れもあります。

往々にして人間の記憶には偏りがあります。
自分に施された善行は意外にも忘れやすく自分が受けた悪行/被害は長く覚えているものです。
つまり、誰しも大なり小なり被害者意識を抱えていると言えます。
その被害者意識が、ある出来事を機ににフラッシュバックを起こすと、過去の加害者と、まったく関係のない事件の加害者を重ね合わせてしまうことがあります。
そして、一瞬の躊躇いや罪悪感もなく到底正義とは呼べない『正義感』で暴走してしまう。
こうした光景は、残念ながらネット上で頻繁に見られます

・配信者叩きに見る心の侘しさ・

加害者とは呼べないまでも、ネットで特別な活動をする人々
特に配信者に対する攻撃や誹謗中傷は、今や日常的な風景となりました。

配信者がミスを犯したり、個性的な性格、振る舞いを見せたりするほど、標的にされやすい傾向があります。

普通の人であれば、不快に感じたなら静かに離れれば済む話。わざわざ時間と労力をかけて攻撃するなどという余裕は、通常ありません

それでも粘着し、繰り返し誹謗中傷を行う人は、明らかに普通とは異なる雰囲気を持っています。

※ ※ ※

その動機は様々ですが、僕が知る限りでは主に3つです。

1つは、配信者に対する根深い嫉妬
もう1つは、皆が批判している人間だから攻撃しても良い、と、物事を短絡的に考えているケース。
そしてもう1つは、反転アンチ最初はファンだったのに、自分の思い通りに動かないことで攻撃する側に反転し、離れるという理性的な選択もできず、対象への依存が極端に強まっているケースです。

いずれも、配信者を『自分より下』と無意識に見下し
それゆえコントロールできないことに苛立ち、アンチへと転じる空気が感じられます。

攻撃は、上げ足取り意地悪なコメントから始まり、
悪意あるデマの拡散、さらには職場や実家の特定と嫌がらせ、ストーキング、無関係な周囲への迷惑行為にまでエスカレートします。

対象を玩具のように扱い、壊れるまで弄ぶ行為は、絶対に許されるべきものではありません

非情なことに、人間には、誰かを攻撃することで動物的な本能的欲求を満たす側面があるのかもしれません。

しかし、努力や工夫や忍耐をせずに、他者を叩くことでしかその欲求を満たせないとしたら、それは叩く側自身の深刻な問題心の闇であり、
何より、侘しく寂しい内面を自ら曝け出しているに過ぎないのです。

このような負の連鎖を断ち切るには、即時的な因果応報ではなくても、
一人ひとりが他者の痛みを想像し、自身の行動に責任を持つ意識を育てていくしかないのでしょう。

ささやかな祈りですが、今日も痛みを感じる誰かの心が平穏であるように願うばかりです。


ここまでお読んでいただき、誠にありがとうございます。それでは、皆様の今日と明日が素晴らしきものとなりますよう、心よりお祈り申し上げます。今後とも、どうぞ宜しくお願い申し上げます。



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