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世界一美しい本を作る男②

「世界一美しい本を作る男」というドキュメンタリー映画で一躍世界に知られることになったアートブック出版者、ゲルハルト・シュタイデル。
彼は、印刷工を営む両親のもと、輪転機の音を子守唄のように育ちました。

少年時代の夢はカメラマン。撮影した劇場のポスターやカタログを自作するうちに、幼いころから親しんできた印刷の魅力にとらわれます。

印刷とアート
2つのバックグランドを持つ彼がアートブック制作へと向かっうことは、ごく自然な流れでした。

ボイスとの出会い

1972年。ヨゼフ・ボイスとの出会いが、彼の人生のページを大きくめくります。
まだ22歳、名もない印刷工だった彼は、当時ドイツで最も知られた現代アーティストのもとへ赴き「あなたの作品を印刷させてください」と直談判します。

ボイスの構想をスケッチし、翌日には刷り上げた紙を手に再びボイスのもとを訪れた時、今度はボイスがシュタイデルの才能を見いだしたのです。
ふたりのコラボレーションは長く続き、やがて彼に「世界中の最高のアーティストと仕事をし、最高のアートブックをつくり続けたい」という決心をもたらします。

ラガーフェルドとの邂逅

1992年。シャネルのクリエイティブディレクターだったカール・ラガーフェルドへのアプローチもまた、愚直なまでの直球勝負でした。
どうしても写真集を手がけたいと手紙を書きますが、返事はNO。それでも諦めずに門を叩き続け、「テストプリントだけでも」と願い出たことで、数枚のモノクロ写真が送られてきます。
それを印刷して返送すると、すぐに手紙が届きました。

「あなたは私と同じ“ペーパーフリーク”だと分かりました。パリに来てください。一緒に写真集をつくりましょう」

倉庫と化していたシュタイデル社の階段にて

こうして始まったふたりの仕事は、20冊を超える写真集へと広がり、シャネルのカタログやポスター制作にもつながっていきました。

ボイスへ、ラガーフェルドへ。
自ら歩み寄り、扉を叩いた彼の姿は、「アートには人を自由にする力がある」という揺るぎないアートへの信念のあらわれです。

そして、尊敬するアーティストの作品を、ショーケースに収まった高尚なオブジェクトとしてではなく、手に触れられる身近な形で所有したいという、(誰もが一度は感じる)ピュアな衝動、これこそが彼の仕事の大きなモチベーションであるはずです。

職人然とした鋭い眼光が、時々子どものような無垢な笑いに変わる。その切り替わりは、使命に自身を捧げる修道者の純粋さを彷彿させるものがありました。

いいアートブックとは

アートブック・パブリッシャーとして世界的成功を収めた彼に、良い本とは何かと尋ねると、ふと微笑んで答えてくれました。

「豪華な装丁で大判のアートブックは人目を引き、売れ行きも伸びます。でも私は、ソファで眺めたりベッドに持ち込んだりできる大きさの本が好きです。日々の生活に馴染み、長く愛される──そんな本を作り続けたいのです」

名誉のためでも、お金のためでもない。
人々の生活に静かに寄り添うアートブックを、できるだけ多くの人が手に取れる形で届けたい。
そのシンプルな願いの奥に、彼が生まれ育った場所、質素さや実用性を大切にするドイツ人気質が息づいているのをみる思いがしました。


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