18兆円が、カレンダー通りに解き放たれる——スペースXの「ロックアップ解除」を、需給で読む
「スペースX、ロックアップ解除へ」。
そんな見出しが並びはじめた。解説はたいてい、こう続く。「売り圧力が高まる」「株価の重しになる」。——それは、間違いではない。でも、あまりに雑だ。
今日は、この「ロックアップ解除」というできごとを、少し丁寧に見てみたい。これは、需要の話ではなく、"供給"の話だ。そして、供給の話であるがゆえに、いま世界の株式市場で起きていることは、少し前にこの研究所でビットコインを扱ったときの話と、ちょうど鏡合わせになっている。
ロックアップとは、何か
まず、言葉から。ロックアップとは、上場前から株を持っていた人たち——創業者、従業員、初期の投資家——に対して、「上場してから一定期間は、株を売ってはいけません」と約束させる取り決めのことだ。期間は、90日から180日が一般的とされる。
なぜ、そんな縛りが要るのか。もし上場した初日に、彼らが一斉に売ったら、どうなるか。市場に株があふれて、株価は暴落する。買った人は、いきなり損をする。それを防ぐための、いわば"安全装置"だ。
裏を返せば——ロックアップが解けるということは、その安全装置が、外れるということでもある。
前提を、まず押さえる——「浮動株が、4%しかない」
スペースXは、2026年6月12日にナスダックに上場した。公募価格135ドル、調達額は750億ドルという、史上最大規模のIPOだった。
ここで、いちばん大事な数字を、ひとつ。上場時点で、市場に出回っていた株(浮動株)は、完全希薄化ベースの発行済株式約131億株に対して、わずか約4%(約5.6億株)にすぎない。 残りの95%超は、創業者や従業員、初期投資家が持ったまま、ロックアップで縛られていた。
この「4%」が、すべての出発点だ。
以前、低位株の話で書いたことを思い出してほしい。市場に出回る株が少ない銘柄は、"軽い"。少ない資金で、大きく上下する。大型タンカーではなく、手漕ぎボートだ。——時価総額こそ巨大でも、実際に売り買いされている株が全体の4%しかないなら、その値動きは、驚くほど"軽い"。上場直後の株価が激しく動いたのは、事業への評価だけでなく、この構造的な軽さも効いていた。
そして、いま起きようとしているのは——その軽い船に、荷が積まれていくという話だ。
異例の設計——「崖」ではなく「階段」
スペースXのロックアップは、教科書通りではなかった。
通常は「180日後に、一括で解除」が多い。ある日を境に、いきなり大量の株が売れるようになる。市場ではこれを、"ロックアップの崖"と呼ぶ。崖の前後で、株価が大きく動きやすい。
スペースXは、その崖を避けた。四半期決算のタイミングや、上場から70日、90日、105日、120日、135日といった時点で、段階的に、少しずつ売却を認める。標準的な180日の期限は12月9日に満了し、さらにイーロン・マスク氏個人には366日という別枠が適用され、そちらは2027年6月13日まで解けない。
つまり——一度の崖ではなく、年末まで続く、長い階段。 供給を小刻みに分けて流すことで、株価の急落を防ぐ狙いだと報じられている。設計としては、合理的だ。
それでも、最初の一段が、あまりに大きい
ただ、その"階段の一段目"が、桁外れだった。
8月6日、最大9億1150万株の売却制限が外れる。時価にして、最大1160億ドル——日本円で、およそ18兆9000億円。 資本市場の歴史でも最大級のロックアップ解除だと言われている。
そして、これは始まりにすぎない。年末までに、さらに数十億株が新たに取引可能になる見通しだ。ある試算では、今後90日間で解除対象となる株は最大およそ24億株、時価にして約3,235億ドル相当。これは、いま市場に出回っている浮動株の、約4.3倍にあたる。
4%しかなかった出口に、その4倍を超える人が、順番に向かってくる。——もちろん、解除されたからといって、全員が売るわけではない。「売れるようになる」ことと、「売る」ことは、別だ。 それでも、供給の側だけが、あらかじめ決められた日程どおりに、確実に増えていく。この事実は動かない。
さらに、もうひとつ日程が重なっている。この8月6日の2日前に、同社は上場後はじめての四半期決算を発表する。 中身がどうであれ、その直後に、巨額の解除が来る。
🔍 深掘りメモ:予定されているのに、なぜ織り込まれきらないのか
供給の話をしたら、中身の話もしておきたい
需給は、価格の一面にすぎない。この研究所の物差しでは、必ずもう一方——中身を見る。
スペースXは、2025年通期にGAAPベースで49億3700万ドルの純損失を計上し、2026年第1四半期だけでも純損失は42億8000万ドルに拡大した。創業以来の累積赤字は413億ドルにのぼる。一方で、2026年第1四半期の設備投資は101億ドルにも達している。
ここで問うべきは、以前この研究所で書いたことと、まったく同じだ。その赤字は、危ない赤字ですか。 将来の稼ぐ力に変わっていく"掘った赤字"なのか、それとも構造的に抜け出しにくい赤字なのか。1兆円を超える設備投資が、いずれ収益を生む資産になるのかどうか。——そこは、これから公表されていく決算で、ひとつずつ確かめていくしかない。
ちなみに、"ねだん"の評価も、真っ二つに割れている。予想売上を基準にしても2026年で約67倍、2027年で約36倍という高い水準で、ある調査会社は公正価値を現在の半分以下と見積もり、著名な評価の専門家も現値より低い数字を示している。一方で、アナリストの目標株価は強気の傾向がある。同じ会社を見て、正反対の値札がついている。 キオクシアのときと、同じ構図だ。
まとめ:今日持ち帰る3つ
ロックアップ解除は、需要ではなく"供給"の話。 8月6日に最大18兆9000億円分。今後90日で、いまの浮動株の4倍を超える株が、解除の対象になる。ただし「売れる」と「売る」は別だ。
前提は「浮動株が4%しかなかった」こと。 出回る株が少ない市場は、軽い。その軽い船に、荷が積まれていく——それが、いま起きている構造変化だ。
予定されているのに、市場は動く。 日程は確定でも、誰がいくら売るかは分からない。株価が上がれば供給が増える条項もある。そして人は、日付が近づいてから身構える。
「解除だから下がる」でも、「織り込み済みだから関係ない」でもない。供給が、どれだけ、いつ、どういう条件で増えるのか。 そして、その供給を受け止めるだけの中身が、その会社にあるのか。——見出しの一言ではなく、その二つを、自分の目で確かめる。
18兆円が動くかもしれない夏に、あなたはどんな物差しを持って、それを眺めるでしょうか。決めるのは、あなただ。
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この記事は、公開情報に基づく一般的な解説であり、特定の銘柄の売買を推奨するものではありません。株価・日程・数値は執筆時点のもので、変更される可能性があります。投資の判断は、ご自身の責任で行ってください。

