その赤字は、危ない赤字ですか——減価償却の「3つの顔」と、銀行に強い社長
「今期は、赤字でした」。
この一言を聞いて、「あの会社、危ないな」と思う人は多い。銀行も、身構える。でも——赤字には、種類がある。 死に向かう赤字と、現金がちゃんと回っている、見かけだけの赤字。この二つを、同じ「赤字」の一言で片付けてしまうと、判断を大きく誤る。
その見分けの、いちばんの鍵になるのが「減価償却」だ。今日は、この不思議な費用が持つ"3つの顔"をたどりながら、「赤字の、本当の意味」まで考えてみたい。会計を理解した経営者ほど、これは効く。
まず、減価償却とは何か
高いものを買ったとき、そのお金を、買った年に全部「経費」にするわけではない。使う年数で分割して、少しずつ経費にしていく。これが減価償却だ。
1000万円の機械を10年使うなら、毎年100万円ずつ、経費にしていく。なぜ、こんな面倒なことをするのか。「お金を払ったタイミング」と「経費にするタイミング」を、あえてズラすためだ。機械は10年間、利益を生むのだから、その費用も10年に分けて計上するのが、実態に合う——そういう考え方だ。
ここから、減価償却は、二つの決定的な性質を持つ。
ひとつ、もう払ってしまったお金の、後追いであること。現金は、買ったときに、とっくに出ていっている。毎年計上する減価償却費は、"帳簿上の費用"であって、その年に現金は、出ていかない。
ふたつ、今さら、減らせないこと。買った事実は変えられないから、償却は、決められた通りに進むだけだ。
この二つの性質が、これから話す"3つの顔"の、すべての土台になる。
顔①【平常時】採算と、返済原資を測る味方
会社が普通に回っているとき、減価償却は、頼れる味方だ。
たとえば、プロジェクトごとの損益に、使っている設備の減価償却を按分して乗せる。すると、「このプロジェクトは、設備の負担まで含めて、ちゃんと採算が取れているか」が見える。「減価償却の分も上乗せして稼がなければ」という意識は、健全だ。以前書いた「借入の返済原資」の話とも、つながっている。減価償却は現金が出ない費用だから、その分は、返済に回せる原資になる。
平常時は、迷わず、載せていい。
顔②【ピンチ】コスト削減の判断では、"外す"
ところが——会社が苦しくなり、「コストを削れ」となった瞬間、減価償却は、顔を変える。味方が、判断を狂わせる罠になる。
なぜか。減価償却は、削っても、1円も現金が浮かないからだ。もう払ってしまったお金の後追いなのだから、当然だ。
具体例で見よう。あるプロジェクトの損益が、こうなっているとする。
売上 100万円 削れるコスト(人件費・材料費など) 70万円 減価償却の按分 40万円 → 損益 ▲10万円(赤字)
これを見て、「このプロジェクトは赤字だ、やめよう」と判断すると——大きな間違いになる。プロジェクトをやめても、減価償却40万円は、消えない(もう買った設備だから、償却は続く)。やめて消えるのは、「売上100万円」と「削れるコスト70万円」だけだ。計算してみる。
続ける:100 − 70 − 40 = ▲10万円 やめる:0 − 0 − 40 = ▲40万円
やめたほうが、30万円も損をする。 このプロジェクトは、売上100万円で、削れるコスト70万円を上回る30万円を、ちゃんと生んでいた。その30万円が、消せない減価償却の穴を、部分的に埋めてくれていたのだ。なのに、見かけの赤字(▲10万円)に騙されて切ってしまうと、穴埋めが消えて、かえって傷が深くなる。
だから、続けるか・やめるか・どこを削るかを判断するときは、減価償却を外して考える。 「それをやめたら、実際に減る現金はいくらか」で見る。会計では、この"もう戻ってこない、判断に含めるべきでない費用"を、埋没費用(サンクコスト)と呼ぶ。減価償却は、その代表例だ。
(ちなみに、これから新しく設備を買うかどうか、という"未来"の判断なら、逆に減価償却を含めて考える。これから発生する費用だからだ。同じ減価償却でも、「過去の話か、未来の話か」で、含める・外すが逆になる。)
顔③【節税】意図的に、利益を圧縮する道具
減価償却には、もう一つの顔がある。わざと利益を減らすための道具としての顔だ。
有名なのが、「4年落ちの中古車」を使った節税だ。仕組みはこうだ。新車の普通車は、法律で決められた耐用年数が6年。6年かけて償却する。ところが中古車は、経過した年数の分だけ、耐用年数が短くなる。**4年落ちの車は、耐用年数が「2年」**まで縮む。そして法人は、原則として初年度に多く償却する「定率法」で計算するため、耐用年数2年だと、買った年に、車両代のほぼ全額を経費にできる。
だから、「今年は利益が大きく出そうだ」という年に、期首に4年落ちの高級車を買うと、その代金を丸ごと経費にして、利益を圧縮できる。意図的に、利益を小さくする——場合によっては、赤字にする。これも、減価償却の一つの顔だ。
🔍 深掘りメモ:その節税は、「消える」のではなく「先送り」
だから、「赤字」は、一律ではない
ここまで来ると、冒頭の問いに戻れる。「赤字=危ない」は、本当だろうか。
減価償却は、現金が出ない費用だった。ということは——減価償却が大きい会社は、帳簿が赤字でも、現金はむしろ残っている、ということが、普通に起こる。設備型・不動産型の会社が、その典型だ。あるいは、③のように、意図的に利益を圧縮した赤字もある。
だから、同じ「当期純損失▲500万円」でも、中身はまったく違う。
危ない赤字:本業が回らず、現金が実際に出ていっている赤字。
危なくない赤字:減価償却(現金が出ない費用)や、意図的な投資で、帳簿上だけ赤字。現金は回っている。
赤字という言葉の見かけだけで、この二つを一緒くたにしてはいけない。
「赤字の中身」を説明できる社長は、銀行に強い
最後に、いちばん実務的な話をしよう。赤字になると、多くの社長が「銀行に、貸し剥がされるのでは」と怯える。でも、銀行が本当に見ているのは、黒字か赤字かではない。「返済原資(=現金を生む力)が、あるか」だ。
その返済原資は、こう計算される。
返済原資 = 税引後利益 + 減価償却費
そう、ここでも減価償却が足し戻される。だから、「減価償却で赤字だが、それを足し戻せば、返済原資はプラス」という会社を、まともな銀行は「返せる会社」と判断する。赤字でも、キャッシュを生んでいれば、簡単には貸し剥がさない。
だからこそ、経営者が、決算書を持って、こう説明できるかどうかが、命綱になる。「今期の赤字は、減価償却▲800万円を計上したためで、それを除けば実質は黒字です。営業キャッシュフローはプラスで、返済原資は確保できています」——理論的に、会計の言葉で説明できれば、銀行は「赤字だから返せ」とは言わない。 むしろ、「この社長は、数字が分かっている」と、信用が上がる。
逆に、同じ健全な赤字でも、「いやぁ、今期は赤字で…」としか言えないと、銀行は不安になる。中身は健全でも、説明できないだけで、疑われる。 赤字の"中身"を、自分の言葉で語れるかどうか。それが、資金繰りを、静かに左右する。
まとめ:今日持ち帰る3つ
減価償却は「現金が出ない・削れない」費用。だから3つの顔を持つ。 平常時は採算と返済原資を測る味方。ピンチのコスト削減では、外すべき埋没費用。節税では、利益を圧縮する道具(ただし繰延にすぎない)。
「赤字」は一律ではない。 現金が出ていく危ない赤字と、減価償却や投資による危なくない赤字がある。見かけの損益だけで判断しない。
銀行が見るのは、黒字赤字でなく「返済原資(利益+減価償却)」。 赤字の中身を会計の言葉で説明できる社長は、銀行を味方にできる。だから、経営者は会計を学ぶ。
減価償却は、味方にも、罠にも、道具にもなる。同じ一つの数字を、場面に応じて、どう扱うか。それを見分けられることを、「会計が分かる」と言うのだと思う。
赤字か、黒字か。その一言の向こうにある"中身"を、自分の言葉で語れるように。決めるのは——そして、説明するのは、あなただ。
▼あわせて読みたい
この記事は一般的な考え方の解説であり、個別の会計・税務の助言や、特定の節税手法を推奨するものではありません。耐用年数・税率などの扱いは条件により異なります。具体的な判断は、必ず顧問税理士など専門家にご相談ください。
