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会社と社員は、同じ船に乗っている——「内部留保」も「働かない社員」も、そこから見える

会社をめぐって、よく聞く二つの声がある。

ひとつは、社員や世間の側から。「会社は内部留保をため込んでばかりいる。もっと社員に還元しろ」。もうひとつは、経営者の側から。「うちの社員は、言われたことしかやらない。自発的に動かない」。

一見、正反対の立場からの、別々の不満に見える。でも私は、この二つは、同じ一つの勘違いから生まれていると思っている。会社と社員が、別々の船に乗っていると思い込んでいる、という勘違いだ。

今日は、この「同じ船」という視点から、内部留保と、働くということを、まとめて考えてみたい。少し長い話になる。

まず、「内部留保」は金庫の現金ではない

「内部留保をため込むな、社員に配れ」という声は、たいてい、ある誤解の上に立っている。内部留保を、社長室の金庫に積まれた札束のように思っている、という誤解だ。

内部留保(利益剰余金)とは、過去に稼いだ利益の、積み上げのことだ。でも、その利益は、現金のまま眠っているわけではない。多くは、工場や設備になり、商品の在庫になり、次の事業への投資になっている。決算書の上では「利益をこれだけ貯めてきました」と書いてあっても、その大半は、すでに何かに姿を変えて働いている。

だから、「内部留保を吐き出して給料に回せ」という主張は、しばしば、そもそも成り立たない。配ろうにも、それは金庫の中の現金ではないからだ。ここは、まず正確に押さえておきたい。

なぜ、ダムは厚くないといけないか

そのうえで、内部留保のうち、現金として持っている部分——これを厚く保つことには、はっきりした意味がある。

以前、ダム式経営の話を書いた。好況のときに使い切らず、余裕を貯めておく。日照り(不況)が来ても、そのダムの水で乗り切る、という考え方だ。厚い内部留保、潤沢な手元現金とは、まさにこのダムの水位そのものだ。

そして、ここが大事なところ。このダムは、経営者のためだけのものではない。 冬が来て、売上が半分になったとき。ダムが空っぽの会社は、すぐに給料が払えなくなり、人を切るしかなくなる。でも、ダムが厚い会社は、その水で、しばらく社員の給料を払い続けられる。

つまり、厚い内部留保とは、いざというとき、社員が明日も働ける場所を守るための、備えでもあるのだ。「ため込むな、全部配れ」というのは、裏を返せば「ダムを空にしろ」ということ。それは、冬が来た瞬間に、会社ごと——社員もろとも——沈む道を選べ、と言っているのに近い。資産を厚く持つことは、決して、それ自体が悪ではない。

ただし、「多ければ多いほどいい」でもない

公平のために、逆の側も置いておく。

では、内部留保は、厚ければ厚いほどいいのか。そうとも言い切れない。使う当てもないのに、投資もせず、還元もせず、ただ現金を積み上げるだけの会社は、「せっかくのお金を、遊ばせている」と批判される。お金は、動かしてこそ価値を生むからだ。

だから、本当のところは、こういうことになる。冬を越すために必要なダムの水位は、確かにある。でも、それを大きく超えて、意味なくため込むのは、また別の問題だ。「どこまでが健全な備えで、どこからがため込みすぎか」は、簡単には割り切れない。ここは、経営者が、事業の不安定さと相談しながら、決めていくしかない領域だ。

大事なのは、「厚い内部留保=悪」でも「厚ければ厚いほど正義」でもない、ということ。安全網としての水位は要る。その一点は、揺るがない。

経営者の仕事は、「働かなくても回る仕組み」を作ること

さて、もう一つの声——「社員が自発的に働かない」に移る。

これを愚痴る経営者は、正直に言うと、順番を間違えている。人が自発的に、情熱を持って動くことを"前提"にして、仕組みを組んでいる。だから、その前提が崩れると、「なんで動かないんだ」と嘆くことになる。

でも、経営者の本当の仕事は、逆だ。誰も自発的に動かなくても、ちゃんと回る仕組みを、先に作ること。これが土台になる。

考えてみてほしい。人の善意や情熱をアテにした仕組みは、ダム式で言えば「毎日、雨が降る前提のダム」だ。晴れが続いたら、干上がる。とても脆い。「誰も特別に頑張らなくても回る」を土台にしておけば、日照りでも沈まない。人への依存を減らすのは、固定的なリスクを絞るのと、同じ思想なのだ。

だから、はっきり言ってしまう。社員が自発的に動かないのは、社員が悪いのではない。動かなくても回る仕組みを、先に作らなかった側の、設計ミスだ。ここを、人のせいにしている限り、経営は、いつまでも天気任せのままになる。

その仕組みを、誰と回すのか

「働かなくても回る仕組み」と書くと、冷たく聞こえるかもしれない。でも、実際に会社を動かすのは、やはり人だ。そして経営者は、役割の違う、三種類の人を必要とする。

ひとつは、右腕。社長とほとんど同じ判断ができ、同じように動ける人だ。いれば、これほど心強い存在はない。

ふたつめは、あいだをつなぐ人(マネージャー)。経営の意図を現場に伝え、現場の声を経営に返す。上下ではなく、役割の違うもの同士——仕組みを作る側と、それを回す側——を、翻訳しながらつなぐ役だ。

みっつめは、作った仕組みを、着実に回してくれる人。決められた流れを、確実に前に進める。会社という機械が動くには、この役割が、絶対に欠かせない。

ここで、誤解のないように、はっきり書いておきたい。これは、人間の格の話ではまったくない。組織の中での「機能」「役割」の名前にすぎない。どの役割が偉い、という話でもない。そこに、上も下もない。社員は、自分の限りある時間を切り売りして、その役割を担ってくれているプロなのだ。経営者が「稼ぐ仕組みを作る」仕事である以上、その仕組みを回してくれるプロがいなければ、会社は一歩も動かない。全員が右腕である必要はないし、そもそも、そうであるべきでもないのだ。

ちなみに、右腕は、よほどのことがない限り、長くは残らない。当然だ。社長と同じことができる人は、いずれ「自分でやったほうが早い」と気づいてしまう。だから、去っていく。右腕がずっと隣にいてくれるのは、給料や肩書きではなく、「この船に一緒に乗りたい」と思う、何かがあるときだけだ。

抜け出てくる人を、見極める

では、「働かなくても回る仕組み」を作ったうえで、経営者とマネージャーが、本当に見るべきものは何か。

それは、「働かない人」を責めることではない。仕組みの中から、自分の意思で、決められた枠の外へ抜け出て動く人を、見つけることだ。

誰も頑張らなくても回る——そう設計した土台の上で、それでも自分から動く人が現れたら、それは、得がたい才能だ。ラッキーだ、と言ってもいい。その人を、ちゃんと見つけて、報いる。ここに、経営者とマネージャーの、目利きの仕事がある。

特に、あいだをつなぐマネージャーは、これを肝に銘じてほしい。マネージャーがいちばん陥りやすいのが、一緒に働く人たちに「なんで自発的にやらないんだ」と、情熱を督促してしまうことだからだ。でも、それは経営者と同じ間違いを、現場で繰り返しているにすぎない。マネージャーの仕事も、情熱の催促ではない。情熱がなくても回る段取りを作り、そのうえで、抜け出てきた人を見つけて、経営へつなぐこと。それが、あいだに立つ人の、本当の役割だ。

この設計は、冷たいようで、実はいちばん人を壊さない。「全員、自発的で情熱的であれ」と求める職場は、それに応えられない人を、静かに追い詰めていく。でも「動かなくても回る」を前提にすれば、過剰な精神論で人を縛らずにすむ。抜け出る人には報い、そうでない人も、追い詰めない。両方を、同時に成り立たせられるのだ。

社員へ——あなたの武器は、時間ではなく価値だ

ここまで、雇う側の話をしてきた。最後に、働く側にも、一つだけ伝えたいことがある。

大前提として、給料は、労働の対価であり、法律でしっかり守られた、当然の権利だ。会社が苦しいからと、簡単に減らしていいものではない。それは、揺るがない。

そのうえで——一度、考えてみてほしいことがある。自分の生産性を、考えたことがあるだろうか。

よくある勘違いに、「忙しいから、給料が上がるはずだ」というものがある。でも、忙しさは、価値ではない。長い時間、汗をかいたことと、会社に価値を生んだことは、まったく別のことだ。

少し過激に聞こえるかもしれないが、本音を言えば——暇でも、いいのだ。短い時間で、大きな売上や価値を生めるなら、そのほうがずっといい。会社が本当に見ているのは、あなたが何時間いたかではなく、あなたが何を生んだか、だ。

そして、これは、あなたを追い詰める話ではない。むしろ逆だ。「時間」で勝負すると、人は消耗して、いつか続かなくなる。でも「価値」で勝負できるようになれば、長い時間に縛られず、もっと自由に働ける。武器を、時間から価値へ持ち替えること。それは、会社のためである以上に、あなた自身が、長く、楽に働き続けるための道でもある。

会社と社員は、同じ船の乗組員だ

ここまで来ると、冒頭の二つの声が、同じ場所につながる。

「内部留保を全部配れ」も、「雇ってやっている」も、「給料はもらって当然、だから会社の懐は関係ない」も——どれも、会社と社員が、別々の船に乗っているという、あの勘違いから来ている。

でも、本当は、同じ船だ。船が沈めば、経営者も、社員も、一緒に沈む。厚いダム(内部留保)は、経営者が独り占めするための宝ではなく、嵐が来たとき、乗組員全員が生き延びるための、水の備えだ。そして、社員が価値を生むことは、経営者を儲けさせるためだけではなく、自分たちの乗る船を、少しでも遠くまで進めることだ。

会社と社員は、対立する相手ではない。同じダムを守り、同じ船を進める、乗組員なのだ。

以前、役員報酬の話で、「利益を残す」という一点で、国と社長は同じ方向を向いている、と書いた。会社と社員も、まったく同じだ。「この船を、長く、沈めずに進める」という一点で、両者のベクトルは、本当は、きれいに揃っている。

🔍 深掘りメモ:数字で見る「船の状態」

内部留保は、決算書では純資産の部の「利益剰余金」に積み上がる。ただし本文のとおり、それは現金の残高とは別物だ。会社が実際にいくら現金を持っているかは、貸借対照表の「現金及び預金」を見る。この二つを混同しないことが、内部留保論争の入り口になる。 「どれだけ社員に配っているか」を見る指標には、労働分配率(生み出した付加価値のうち、人件費に回した割合)がある。低すぎれば「ため込みすぎ」、高すぎれば「ダムが薄く、冬に弱い」——どちらにも振れすぎない水準を探る手がかりになる。 資本効率を見るROE(自己資本利益率)は、内部留保をため込むほど分母が膨らんで下がりやすい。だから「安全のための厚いダム」と「資本効率」は、しばしばトレードオフになる。両者のどこで折り合うかに、その会社の性格が出る。

まとめ:今日持ち帰る3つ

  1. 内部留保は金庫の現金ではなく、利益の蓄積=ダムの水。 厚く持つのは冬への備えで、社員が明日も働ける場所を守る備えでもある(ただし、ため込みすぎは別の問題)。

  2. 社員が動かないのは、動かなくても回る仕組みを作らなかった側の設計ミス。 経営者とマネージャーの仕事は、情熱の督促ではなく、仕組みを作り、そこから抜け出てくる人を見極めて報いること。

  3. 給料は当然の権利。そのうえで、武器は時間ではなく価値。 会社と社員は、同じ船を進める乗組員で、「船を沈めない」一点で、方向は揃っている。

「内部留保を配れ」と迫る前に、「働かない社員」に苛立つ前に、一度、同じ船の甲板から、海を見てみる。守るべきは、相手ではなく、この船が、明日も浮かんでいることのほうだ。

そのうえで、どう漕ぐかは——決めるのは、あなただ。

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この記事は一般的な考え方の解説であり、個別の経営・労務・投資の助言を目的とするものではありません。

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