Youは何しに大学医局へ?──残れる医師、残らない構造

要旨

病院の赤字、医師の給与カット、新専門医制度、IT革命による情報の民主化──若手医師の大学医局離れは加速している。

医局に残れる人材の条件:
・大学病院の給与に依存しない経済基盤を持つ
・医局でしかできない研究・診療に強い動機を持つ

医局に人が残らない悪循環的二重らせん構造:
・離脱スパイラル
・パワハラスパイラル

その対抗策:
・ヨイショスパイラル(若手を尊重し厚遇する好循環)
・教授・上層部のマネジメント力とリーダーシップ
これらを欠けば、医局の崩壊は不可避である。



はじめに

全国の病院で赤字が叫ばれる中、大学病院も例外ではない。研究費をクラウドファンディングで募る大学病院も、もはや珍しくない。新専門医制度の中、苦しい経営事情や大学病院勤務の低い給与を見越してか、医局を経由せず専門医を取得するキャリアは、既に市民権を得た感がある。

本稿では、医局の関連病院で受けた不遇を契機に適応障害となり、医局を脱した筆者が、大学医局に残れる人材の条件と、残れない構造について考察する。

※あくまで筆者個人の観察と経験に基づく見解である。例外はいくらでもあることにも、ご留意いただきたい。


大学医局に残れる人材の条件

大学医局に残れる人材の条件:
(1)「人間扱いされていない」と感じない
(2)奨学金や地域枠制度などの利用に伴い、大学病院勤務が制限されていない
(3)大学病院の給与以外の経済基盤があるか、大学病院からの給与のみで生活が成り立つ
(4)大学病院でしかできない経験、キャリア構築に強い動機がある

(1)「人間扱いされていない」と感じない

言うまでもなく、あらゆる職場に共通する条件だ。
極端な業務負荷、指導の不足、パワハラ、嫌がらせなど、「自分は大事にされていないな」と思う職場に、人は居つかない。先のことをよく考える人ほど、自分が壊れる前に去っていく。

30年前の「我慢が美徳」の価値観は、Z世代には通用しない。彼らは「我慢に見合うリターンがあるか」を極めて冷静に見抜く。この変化は、IT革命で情報が民主化された影響が大きい。20世紀とは、情報も価値観も何もかも違う。それすら理解していない医局は、必然的に崩壊へ向かう。

(2)奨学金や地域枠制度などの利用に伴い、大学病院勤務が制限されていない

医学部を卒業した時点で、義務年限消化のため、大学に残る選択肢が初めからない人たちがいる。ただし、義務年限の消化後に学位取得などを目指して医局に入ることも不可能ではない。

(3)大学病院の給与以外の経済基盤があるか、大学病院からの給与のみで生活が成り立つ

大学病院の給与だけでは、卒後15年の中堅医師でも「家族持ち、一馬力では厳しい」水準だ。医学部入学から20年以上経ってもこの給与なら、割に合わないと思うのも当然である。特に教育熱心な医師は、住宅ローン、習い事、学費まで、大学病院の給与だけでは到底賄えない。

「今の若手はワークライフバランスを大事にするから…」という認識は甘い。

「ライフがそもそも成立しない」のだ。

この問題をクリアできる典型的なパターンは、以下の通りである。

・実家が極太
・夫婦で医師
・土日、夜間もバイトで稼ぎ、家庭の時間を犠牲にできる
・独身で、生活・趣味にお金をかけない、またはお金に興味がない
・早期の資産形成に成功し、健全に運用できている

(4)大学病院でしかできない経験、キャリア構築に強い動機がある

研究志向型と臨床志向型、またはその両方に大別される。

研究志向型──研究至上主義、アカデミアでの強い昇進志向
研究に命を捧げる覚悟がある稀有な人材。アカデミアでの昇進志向が強い。家庭や収入を犠牲にしてでも、人生を研究に捧げて没頭する人もいる。後述するが、このタイプのPI(Principal Investigator:研究責任者)は、パワハラ的な研究指導を招くことがある。

臨床志向型──専門性・希少度の高い診療手技への動機
大学病院でしか診療できない難病・希少疾患の管理や、CAR-T療法などの高度治療、臓器移植など、専門性が高い診療領域・治療法を学ぼうとする高い志の人たち。日本の高度医療を支える柱である。日本の未来は、彼らのような優秀な人材をどれだけ確保できるかにかかっている。


人が残らない医局を支配する構造

続いて、人が残らない医局を支配する二重らせん構造として、「離脱スパイラル」と「パワハラスパイラル」について解説する。

(1)離脱スパイラル──逆チキンレースの温床

現在医局にいる教授陣・上層部は、医局を経由しないキャリア選択肢が乏しかった時代の勝者である。彼らが若手であった30年前はスマホもなく、今よりも情報が閉ざされていた。スマホの普及とIT革命により情報が民主化され、ブラック医局の情報はすぐに広まり、避けられる。

それに気づかない医局は、「俺らもできたから若手もできる」精神で、「ついてこれないやつは要らない」というスタイルを貫いてくる。すると、本当に人が集まらない。今は、医局を経由しなくても専門医になれるからだ。

さらに、このような医局では、医局員が辞めてもその理由を顧みない。「あいつは変な奴だった」ぐらいに処理するだけだ。結果、人を大事にしない文化は改善せず、どんどん医局員が辞める「離脱スパイラル」を招く。学位を取得するまで耐えていた人たちも、大学院を卒業したら数年以内に辞めてしまう。

医局員が減り、一人一人の負担が増す。後に辞めるほど、残る医局員への負担が増えやすくなる。早く辞めた者勝ちの「逆チキンレース」状態だ。

(2)パワハラスパイラル

離脱スパイラルでは、出世欲が強い人ほど動機を保って残留しやすい。彼らは、自分の臨床・研究への没頭姿勢を、後輩の医局員にも投影し、無茶な要求をするパワハラを生むことがある。優秀だが、自分にも他人にも厳し過ぎるタイプだ。残るのは、鈍感な人か、同気質で自分もパワハラに走る人たちになりがちだ。これが「パワハラスパイラル」である。もちろん、パワハラスパイラルは離脱スパイラルを加速させる。

他に、仏のような慈悲深さと強靭な心身を併せ持つ精鋭が残留することもあるが、彼らも加齢には抗えない。どこかで無理が祟る。それに気づかないまま健康を損なえば、寿命を縮め、最悪の事態を招くリスクすらある。

この2つのスパイラルは、相互に絡み合い補完し合う、医局崩壊の核心構造である。この二重らせんは、医局の崩壊という形で終焉する。ある臨界点を超えてから、急激にスパイラルが加速し、教授陣の交代なしには改善困難な構造に陥りやすい。次世代にはつながらない負の遺伝子である。


医局繁栄のための対抗策

(1)ヨイショスパイラル

上記の二重らせん構造を防ぐためには、まず医局員を人間扱いし、丁重に扱い、居心地良く感じてもらうことが第一だ。今は、「お願いです、来てください」と言ってヨイショ(若手の厚遇と尊重)しなければ大学に人が来ないし、残らない時代なのだ。もちろん、必要以上にヨイショする必要はないし、そんな人手も時間も、どの医局にもないだろう。ただし、パワハラを許さない自浄作用は必要である。

若手を「人間として」尊重したうえ、臨床指導、研究指導、論文作成を屋根瓦式に教え合う文化が根付けば、医局員が増える好循環につなげられる。これを「ヨイショスパイラル」と呼びたい。医局員が増えて長期に繁栄する医局は、ほぼ例外なくこの好循環に乗っているはずだ。

先ほども述べた通り、「ヨイショしなきゃ残らないやつは要らない」という態度を、若手はすぐ見抜く。傲慢な医局は、水面に波紋が広がるように情報が拡散し、避けられてしまう。

問題は、今の労働環境がヨイショを維持しにくい構造にある。指導の時間も決して馬鹿にならない。昨今の働き方改革や、時間外手当の削減も逆風になっている。そして、ヨイショには「基盤となる人員数」が前提として必要だ。人員がヨイショを保つための閾値(臨界点)を割ると、ヨイショができなくなり、離脱スパイラルが始まってしまう。

(2)教授・上層部の求心力

最終的には、教授陣と上層部の求心力がものをいう。これは、短期的指導と長期目線のマネジメント力と、「ついていきたい」と若手に思わせるリーダーシップの合わせ技である。

「素晴らしい人たちに尊重されている」という自覚が、若手の帰属意識を強く保つのだ。


おわりに

一度入局した貴重な人材を手放さないためには、理不尽な環境に放り投げて捨て駒扱いしないことが、何よりも肝要である。

繰り返すが、令和の研修医・専攻医たちは、キャリアのリスクを冷静に俯瞰している。情報は民主化されており、彼らの情報収集能力を侮ってはいけない。

病院が赤字で給与が下がる時代なら、なおさらだ。


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