脱・医局──「スキルで生きる」医師が見る景色

医局には感謝している。
私と医局の関係を一言で表すなら、こうだ。

「一時の貢献と、永続的な学びの享受」

医局を辞めるべきか、残るべきか──
そんな問いに、今まさに向き合っている医師も多いだろう。
キャリアの岐路に立ったとき、「自分は何を得てきたのか」を見つめ直すことは、進むべき方向を見出す手がかりになる。


はじめに

この記事では、大学医局を離れた医師15年目の内科医が、医局で得た学びをどのように自らのキャリアに活かしているかを綴る。

研修医制度、専攻医制度、働き方改革──
医局という存在は、制度の変遷とともに常に変化してきた。
この1〜2年でも、医師の働き方改革により、医局の立ち位置は大きく様変わりしている。

だからこそ、巷にあふれる「医局のメリット・デメリット」の議論からは距離を置きたい。それらは時代と制度で変わる相対的なものだ。

本記事ではむしろ、「医局で得られた普遍的な学び」に焦点を当てたい。

なお、「医局をどうやって辞めたか」については、以下の記事で詳述している。

▶︎リンク:「無償オンコール」「給与カット」──ある内科医が退職を決断するまでの6ヶ月

医局で得たもの

私が医局で得たものは、以下の4つに集約される:

(1) 学位(医学博士)
(2) 大学病院・関連病院での臨床経験
(3) 専門医・指導医資格
(4) 医局の人脈

このうち、現在の私にとって最も大きな意味を持つのは、学位(医学博士)の取得経験である。この記事では、学位取得のプロセスが、いかにして「今の私」を形作っているのかを掘り下げていきたい。

学位取得の経験

博士号とは「足の裏の米粒」──取らないと気持ち悪いが、取っても食えない。
よくそう言われる。
だが、私にとっての博士号は、全く異なる意味を持つ。
学位取得の過程で得たものは、私のキャリアを支える「ハムストリングスのような存在」だ。

それは、目立ちはしないが、着実に歩む力を支え続けている。
以下に、その本質を述べたい。

論理的思考とプレゼンテーション:
学位取得の過程では、何度となく問われた。
「なぜこの仮説なのか」「その条件と結果は、説明として成立するのか?」
また、「もっとも合理的な説明順序とは何か?」という、構造的な問いも突きつけられた。
この経験から、私は「感覚ではなく、論理と構造で語る」習慣を身につけた。
それは今も、カルテの記載、検査や治療の計画立案、病状説明、論文執筆──
そしてこのnoteの執筆にすら、活きている。

科学的・批判的分析:
先行研究の調査、実験データの解析、そのたびに、自らの思考の甘さや無意識のバイアスに気づかされた。
現実を慎重に、しかし正確に解釈する作業の繰り返しは、臨床だけではなく、医療制度や職場環境の構造理解、日常の意思決定にまで影響している。

仮説と問いの構築:
研究とは、既知の事実をつなぎ合わせるだけの作業ではない。
「何を問い、どう仮説を立てるか」こそが、その核心である。
この姿勢は、診療にも、キャリア設計にも応用されている。
私は今、「何を問うか」から始める習慣を持てている。

出口の見えない困難への耐性:
研究中、何度も「この実験は終わるのか?」と自問した。
結果が保証されているわけでもない。
それでも何十回、何百回と手を動かし続ける──
「どれだけ困難でも、私は容易には折れない」
この確信は、今なお私を支えている。

医学進歩の稀有さへの尊敬:
たった一つの新知見を「断定」するために、どれほどの検証が求められるか。
私たちが日常的に使用している薬の一つ一つも、無数の動物実験、莫大なデータ、長年の検証の上にある。
私が経験したのは、その営みのごく一端にすぎない。
だが、机上で知ることと、実験で体感することでは、理解の深さがまったく異なる。
この経験は、医学の進歩に対する深い敬意と謙虚さを、私に与え続けている。

医局から離れた今、見える景色

医局を離れ、今私は「スキルで生きる」世界にいる。
ここで言う「スキル」とは、単なる手技や知識の暗記だけではない。
私にとっての「スキル」とは、「考え、生き抜くための知性の集合体」である。
それは、診療の現場だけでなく、人生の岐路に立った時、組織を離れた後の世界でも、確実に機能している。

臨床戦略構築力:
目の前の症例に対し、「いつ、どこまで検査し、どこで止め、誰に紹介するか」。それを最小限の医療資源と最短の時間で判断する──
これは、知性によって支えられる戦略設計の力だ。

構造的プレゼンテーション力:
医局での発表、症例報告、カンファレンス──
「限られた時間で本質を伝える」訓練を通じて磨かれたスキルは、臨床だけでなく多職種連携や運営改善の提案にも活きている。

意思決定のための仮説思考:
治療の選択肢が複数あるとき、私は必ず問う。
「この人にとって、最も合理的なゴールは何か?」
そのうえで、「どの仮説が最も確からしいか」を検証しながら進める。
──これは、研究で培った姿勢そのものである。

困難を乗り越えるレジリエンス:
COVID-19の最前線でも、医学研究の出口の見えない日々でも、私を支えたのは、「少しずつ、しかし着実に積み上げていく」という実践的な営みだった。

医療外の文脈で応用可能な普遍知:
学会発表の構成、患者説明の順序、情報の咀嚼の仕方──
これらは、SNSでの発信、メディア対応、あるいは家族との意思疎通にすら応用されている。

終わりに

医局で得られるものは数あれど、その多くは代替可能な時代になった。
だが、学位取得の経験だけは、いまだ医局という仕組みを通さなければ得難い。

私はそこに、キャリアの「称号」ではなく、「生きた知性」を見出している。

構造を見て、問いを立て、粘り強く考える力──
それが、今の私を形作っている。

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