無職教限界集落合宿
2026年7月23日。
その日はやってきた、そう無職教限界集落合宿、その当日。
メンバーシップの合宿と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるだろうか?
メンシプオーナーのトークタイム?
勉強会や、交流会や、食事会、それから飲み、そんな感じなのかな。
でも無職教の合宿は何もかもが違った。
メンバーシップ一周年を記念した無職教の合宿が開催されることになった。
場所は無職教における原点みたいな場所(と私は思っている)、限界集落。
日程としては23(木)24(金)
そう、普通なら絶対にない「W平日」というチョイス。
せめて、24(金)25(土)だろ、というツッコミをしたいところだが、それこそが無職教。
あえての平日にぶち込んでいくスタイル、だって無職に平日という概念はない。
人生ずっと祝日なのである。
さすがすぎる。
そしてイベントって普通、ある程度のタイムスケジュールがあるものだと思うのだが、
タイムスケジュールというものが一切なかった。
直前まで「誰が何時に来るか」すら分からなかった。
フワッとした
釣りしたいよね~
魚つかみ取りできるらしいよ~
いいな~行きたい~
あとBBQするよ~
くらいしかなかった。
割としっかり旅行日程を立ててしまう私にとって、これはすごい予想外のものだった。
「やったことないことを楽しんでみよう…!」
不安な心を押しのけて、私は、郷に入れば郷に従うことにした。
私は社畜でさすがに両日の参加が難しく、23日だけ参加することにした。
7月23日は暑かった。
当時の天気予報はずっと38度以上の酷暑日で、なんなら夜でも30度以上が続くほどの厳しい暑さだった。
恐ろしい程の日差しが容赦なく限界集落へ向かう私の腕を焼いた。
限界集落とはどういう場所かを差すのか調べてみた。
限界集落とは、過疎化と少子高齢化が進み、65歳以上の高齢者が人口の50%を超えた集落を指します。冠婚葬祭や農作業、生活道路の管理など、地域コミュニティとしての共同生活を維持することが「限界」に近づいている状態を意味します。
「限界」そう聞くと、なんだか「終わり」の気配が漂っているような、そういうニュアンスが言葉の中に含まれている気がした。
でも私が限界集落に着いたときに感じたのは「はじまり」だった。
高い空、広がる田んぼ、連なる山々。
そのすべてが非日常で美しかった。
合宿に対して不安が無かった、と言えばウソになる。
私はnoteメンバーシップに入ったのも無職教が初めてで、discordで交流するのも今回が初めて、メンシプのこういったイベントに参加するのも、もちろん初めて。
ひとりだって顔を知っている人はいない。
もちろん、YouTube等の活動をされている方は一方的に認識しているが、
何の活動もしていない私のことをリアルで知っている人は、一人もいない。
なんなら教祖様だって、顔出しはしていないのだ。
あの黄色い仮面の下について、私が知っていることは一ミリも無かった。
現地に到着すると誰もいなくて、不安はどんどんと大きくなった。
どうしよう、大丈夫かな、誰ともろくにお話しできなくて、くたくたになって帰るだけだったらどうしよう――そう思った。
それでも勇気を出して、車を止めた。
変な音を立てている心臓を抑えるようにこぶしを胸の前に置いた。
ドアを開けて、コテージの中に入る。
知らない人が、いっぱいいた。
この時点で、かなり動揺していた。
どうしよう、誰だろう。
――分からない、どうしよう…!
その中に見慣れた黄色いイラストを見つけた。
すぐに分かった。
(あ、この人は…!)
教祖様は、あの黄色いアイコンのTシャツを来ていた。

ありがたすぎた。
あの時ほど、この黄色いアイコンにホッとしたことはない。
「無職さんですね…?!」
私は嬉しくなって話しかけた、無職さんは少しも照れずに「どうも無職です」と挨拶を返してくれた。
暑いっすね、と当たり前のように呟いた。
あぁ、本物だ!
何度もスペースで聞いた声が、自分の耳に直接届いたとき、本当に嬉しくなった。
教祖様はあんまりにも当たり前に、そこにいた。
BBQの準備が始まった。
買い出しに行っていた人が帰ってきて、午前中に行っていた魚のつかみ取りの話をしてくれる。
最初とにかく緊張していて、誰と、どうお話していいのか、どう振舞っていいのか分からなくて、しばらく挙動が不審だった。おろおろしていたと思う。
肉を焼き始めたあたりで、ようやく落ち着いてきて、やっと周囲を見渡す余裕ができてきた頃、私はじーんと感動していた。
話していた人たちが、目の前にいる!!!!
私は、無職教のラウンジにそんなには出没しない。
たまにしか参加しないけれど、何度かお話して、何度も聞いていた声が、目の前で、実体を持ち、歩き、喋り、肉を焼き、食べている。
その喜びは計り知れなかった。
無職さんが人と話せ、人と会え、と言っている意味が少し分かった気がした。
−−−
私はいつも大人数の集まりに行くと、だいたい消耗して帰宅する。
気を使い、間が開かないように会話をして、笑って、とにかくそこに馴染もうと常に必死だった。
会場を出た瞬間に楽しかった、と感じていても、帰りの帰路中には脳内反省会が始まる。
そうして結局、ぐったりして帰る。
あれで良かったんだろうか、もっとこうすればよかった、どう思われただろうか、そんなことをグルグル考えて、しばらく沈み込む。
それが私にとっての「大人数の集まり」だった。
−−−
でも合宿は終わって一日経つのに、私はまだ「楽しかった」って思っている。
終わってから今日までずっと、まだ楽しい。
ワクワクする。
こんなことあるんだ、心が嬉しそうにまだ揺れている。
この心がなんなのかを、最近の私はよく知っている。
これは、ゴキゲン、だ。
本当に今までいろんなコミュニティにいたが、ここまで安心して、ここまで何もなく、ここまで自然に、いられたことがあっただろうか。
でも全ては無職さんの作り出す「場」の空気なんだと思った。
ここでは「何者かになる必要がない」
私はそう思った。
何者かになる必要がなかった。
自分を良く見せる必要もなく、誰かを楽しませる必要もなく、面白くなくても良く、きちんとする必要もなく、ただただ自分が好きなように振舞えばよかった。
ある人はサルサを振舞ってくれた。
ある人はいぶりがっこクリームチーズを作ってくれた。
ある人はご両親が作った桃を、剥いて振舞ってくれた。
ある人は持ってきてくれた立派な野菜をおいしく焼いてくれた。
ある人はとても良いお肉を差し入れしてくれた。
ある人はコップに可愛い自画像を描いていた。
ある人はひたすらに肉を焼いてくれた。
ある人はお子さんの用事もある中でたくさんみんなを支えてくれた。
ある人はいるだけで場を和ませてくれた。
ある人はまだ小さなお子さんと一緒に楽しんでいた、子供たちは子供たちで好きに遊びまわっていた。
無職さんはマネタイズのことなんて一ミリも口にせず、子どもになつかれて、子どもに振り回されて、一緒に滑り台を滑って、足にやけどしていた。笑
遅くなっても来てくれる人がいた。
好きな時間に、好きなように人が集まっていた。
タイムスケジュールなんてなくても、好きなように好きな時間を楽しんでいた。
私は、無職教にお部屋がある。
詳しくはこのnoteを読んでほしい。
私は、このお部屋でポジティブなことばかりを呟いている訳ではない。
どちらかというとネガティブなことが多かった。
誰も見たくないような、自分の内臓を曝け出していた。きっと誰かから見たら、馬鹿馬鹿しくて、しょーもなくて、見苦しいものだっただろう。
でも、そういう私の中身を知ってなお、こうしてさらに外見を知ってなお、
ここにいた人たちは私のことを馬鹿にもしない、後ろ指をさしたりもしない、嘲笑ったりしない。
良い意味で、誰も私のことを気にしていなかった。
みんながそれぞれ、自分が楽しいと思うことだけをしていた。
日が落ちてきて、真っ暗になった。
そしたら無職さんが、円になっている広場の真ん中に立った。
そしてみんなに順番に座るように言った。
え?いま肉焼いてるから。そう言ってなかなか集まらない。
教祖の言うこと、全然聞く気ない。
めちゃくちゃおもろい。
ようやくみんなが座って、おぉ、こんなメンシプらしいこともするんだと思ってみていたら、無職さんが喋りだした。
「特に話すことないんすよね、なんか質問してください笑」
そう言って、ぽつぽつと質問が飛んできて、それに無職さんが答えていた。
私は思った…
これ、無職教のラウンジで見たことあるやつ…!
無職教ラウンジを、リアルで体感できる日が来るとは…笑
非日常なのに「いつもの無職教」が目の前にあった。
月夜に照らされて、夜風を感じながら、私はただただ穏やかに、その様子を見ていた。


同じバンガローに、他の宿泊客が1組いたのだが、きっとおかしな団体だと思われているだろうな…と思った。
それもめちゃくちゃおもろいな…そう思った。
時間はあっという間に過ぎて、帰る時間になって、ひとりひとりと帰っていき、私も帰る時間になった。
帰宅途中、運転している私に子供が「今日、ものすごく楽しかったね!」と言った。
私も笑顔で「本当に、本当に、楽しかったね」と言った。
7月23日、限界集落で、無職教の合宿があった。
「限界」だったのは電波くらいだった。
それ以外の人生に大切なものが、そこにギュッと詰まっていた。
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