一汁三菜に疲れた料理家が、たどりついた答え
⸻ がんばらなくても整う、新しいごはんのかたち。
「副菜をつけなきゃ」
「品数が足りない」
「バランスよく食べさせなきゃ」
そんなふうに、
“ごはんの正解”に追われていませんか?
私も、ずっとそうでした。
一汁三菜ができなかった日、
自分を責めてしまう。
副菜が思いつかないだけで、
夕飯作りすべてがイヤになる。
「あと一品……」のプレッシャーに、
心が折れそうになる。
でも今は、「ちゃんと生きのびられるごはん」があれば、それで十分だと思えるようになりました。
🌿 はじめまして。Yuuです。
料理家として、10年以上レシピを届けてきましたが、実は私、料理が得意なタイプではありません。
• レシピを覚えられない。
作るたびに「何だったっけ?」と、何度も確認してしまう。
• 包丁さばきが遅すぎる。
テレビの“トントントン”なんて夢のまた夢。人前で切るなんて絶対ムリ。
• 同時調理がとにかく苦手。
「このスキにあれやって…」と考えただけで疲れる。キッチンが戦場化して、イライラもマックス。
• 食材はしょっちゅう余る。
野菜室は“罪悪感の集合体”。在庫があるのに、うっかり買ってしまうほどの大雑把さ。
• そもそも胃腸が弱い。
濃い味や脂っこいものはすぐにダメージ(料理家としては致命的!)
いわば、“不器用でめんどくさがりな料理家”です。
それでも、整えたい気持ちはある。
家族の健康のため、そして自分の心を守るために。
だからこそ私は、「がんばらなくても整うごはん」を探し続けてきました。
🌿 副菜は、足したくなったときだけでいい
副菜をやめたのは、手を抜きたかったからではなく、“続けられなかったから”です。

野菜は4〜5種類あれば、なんとかなる◎
使い切りや買い方の話も、また今度noteで。
副菜まで考えると、
冷蔵庫の中が半端な食材でいっぱいに。
「あと一品」が浮かばず、すべてがイヤになる。
一汁三菜を目指していた頃の私は、
「食卓を整える」より「ちゃんとしてるように見せる」ことに追われていたのかもしれません。
でも、主菜と汁とごはん。
たったそれだけでも、十分に“整う”。
そう気づいてからは、副菜は“足したくなったときだけでいい”と思えるようになりました。
🌿 食べたもので、身体と心は変わる
レシピをつくるとき、私は「映えるか」よりも
「食べてどう感じるか」を大切にしています。
胃腸にやさしいこと。あとに残らないこと。もう一口食べたくなること。
食べたあと、心と身体がふっと軽くなること。
数字で測れなくても、
そういう“体感”こそが、毎日のごはんには必要だと思っています。

胃腸にやさしく、食べたあとふっと身体が軽くなる。
実は、料理を仕事にしようと決めたとき、私は一度、栄養士の専門学校に通いました(初告白。笑)
でもすぐに気づいたんです。
あ、わたしが知りたいのって、ここじゃないかも。
カロリーや栄養素ももちろん大切。
でも私が本当に興味があったのは、
「食べたもので、身体と心がどう変わるか」でした。
食材の巡り、気のめぐり、内臓の冷えや疲れ──
見えないけれど、たしかにある「整う」ためのしくみ。
そこから薬膳を学び、今は薬膳アドバイザーとして、季節や体調に合わせた“整えるごはん”を日々の中で実践しています。

たどり着いたのは、薬膳の世界でした。
🌿 味つけは、塩・油・酒で十分
いろんな料理を作ってきたけれど、
最近ようやくたどりついたのは、ここでした。
私のレシピは、「塩」と「油」と「酒」、そして“弱火”で整う。

塩も、油も、酒も──
だしのように“旨味”があるから、これさえベースにあれば、
しょうゆや味噌を少し足すだけで、十分おいしくなるんです。
「黄金比率」なんて覚えなくても大丈夫。
味見をしながら調整すれば、応用もきくし、大きく失敗もしない(笑)
「でも、全部同じ味にならない?」
── それが、ならないんです……!
素材には、それぞれ“個性”があります。
塩だけでも、トマトは甘く、キャベツはやさしく、さつまいもやかぼちゃは自然な甘みがふわっと引き立つ。
むしろシンプルにすることで、素材の味がちゃんと立ち上がってくるんです。
だから私は、その個性を邪魔しないように、できるだけ調味料を絞るようになりました。
もちろん、たくさんの調味料を使う料理も素敵です。でも、味のバランスが崩れたり、修正がききにくいこともある。
だからこのnoteでは、
ご家庭でアレンジしやすく、整いやすい
そんなシンプルな味つけを大切にしています。
🌿 一汁一菜でも、ちゃんと整う

一汁三菜じゃなくていい。
副菜がなくてもいい。
映えなくても、ちゃんと整う。
私はそう信じています。
ごはん・汁・主菜。
この3つがあれば、野菜もたんぱく質もちゃんと摂れる。
なにより「食べた」という満足感がある。
🌿 だから私は、映えなくても整うごはんを届けたい
料理が得意じゃない私にも、「整えたい気持ち」だけは、ずっとあった。
だからこそ、同じように──
「料理に苦手意識がある」
「でも、ちゃんとしたい気持ちはある」
そんな人たちに向けて、レシピを届けています。
品数ではなく、気持ちと身体が整うごはんを。
“正しさ”ではなく、“やさしさ”で続けられるごはんを。
10年かけてたどり着いたのは、
「ちゃんとしたごはん」じゃなくて、
「ちゃんと生きのびられるごはん」でした。
SNSではどうしても、濃い味・派手な見た目が注目されがち。
でも、私が届けたいのは、“映えなくても整うごはん”です。
このnoteでは、そんな日常の静かなごはんを、
言葉とレシピで、そっと手渡すように綴っていきます。
あなたにとっての「整うごはん」のかたちも、
焦らず、無理なく、一緒に見つけていけたらうれしいです。
🌿この記事へ共感してくれた方へ
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今日を少しだけ軽くする言葉やレシピを、これからも届けていけたらと思っています。
いただいたチップは、新しいレシピの試作や、言葉の発信に大切に使わせていただきます。やさしい応援、本当にありがとうございます。