理想の食卓を手放したら、暮らしが軽くなった話。
インスタで見かける、整った食卓や美しい献立。
「これが正解なんだ」
「みんなが求めているのはこういう食卓なんだ」
そう思った私は、誰かの参考になるようにと、
お盆にごはんと味噌汁、主菜に副菜、
小鉢にフルーツを並べて、“理想の一汁三菜”を
ストーリーズに投稿していた時期がありました。

あの頃はがんばりすぎていました。
反応があるのが嬉しくて、
だんだんと見栄えを意識するようになり、
それが達成感にもなっていって。
でもその裏で、
毎日の献立を考える大変さや、
買い物・野菜のやりくりの難しさ、
ごはん作りが生活の大部分を占めてしまう息苦しさを、強く感じるようになっていきました。
もともとめんどくさがりな私は、
同時調理にイライラして、怒りながら料理したり、洗い物の山にため息をついたりしていて。
気づけば体もしんどく、
いつもどこかイライラして疲れていて──
もしかして、このスタイルは今の暮らしには合っていないのかもしれない。
そう感じたのは、この頃からです。
暮らしとのズレ
正直に言うと、
うちは昔から“一汁三菜”なんてほど遠くて。
その日によっては一汁二菜だったり、
おかず一品で済ませる日もありました。
でも、体調を崩したり、
家族の変化を経験するうちに、
今は「一汁一菜」に落ち着きました。

そして、ずっと悩んでいたのが、
長年続けてきた「ラクうま」という看板をおろすかどうか、ということ。
10年間、「簡単・時短・がっつり!」をテーマに発信してきて、
そのレシピを見たくてフォローしてくださった方もたくさんいる。
だからこそ、このままイメージを守り続けるべきなのか、何度も迷いました。
でも、発信するレシピと、
自分の生活がズレていくのが、
だんだんと苦しくなっていきました。

"そのあいだ”の料理
いろんな経験を通して感じたのは、
みんな、少し頑張りすぎているということ。
私もそうでした。
ズボラでめんどくさがりなのに、
どこかで“ちゃんとしたい”と思ってしまう。
お惣菜や外食に頼ると罪悪感があって、
でも頑張る気力はもう残っていない。
だからこそ、もっと“そのあいだ”に寄り添えるレシピがあったらいいのに。
ズボラでも、手抜きでもない。
かといって、コトコト何時間も煮込むような
「ていねいなレシピ」でもない。
そんな、ちょうどいい料理。
そう思ったのが、このnoteや
メンバーシップを始めた大きな理由です。

誰かの「もう無理」を軽く
そして、“誰かの頑張りすぎ”を見つめ直すうちに、
自分の体も心も、同じように悲鳴を上げていたことに気づきました。
年齢を重ねる中で、体調を崩すことが増えて、
ごはんが食べられず、出血も止まらず、
病院で精密検査を受けたこともある。
そのとき、「食事を見直そう」と思いました。
それから薬膳を学び、実践していくうちに、
食べ物が心と体に与える影響を、
深く感じるようになりました。
とはいえ、ズボラでめんどくさがりな私にとって、
毎日のごはんを完璧に整えるのは、
やっぱり少ししんどくて。
だから今は、
“がんばらずに整える” “ゆるく整える”
を心がけています。
すると、不思議と暮らしが回るようになって、
気持ちもずっとラクになりました。
だからこそ、今の私の等身大のレシピや言葉が、
誰かの「もうがんばれない日」を、
少しでも軽くできるのではないか。
そんなふうに思うようになりました。

台所から、人生が変わる
これまでの私は、
日々のごはん作りを救うレシピを…
という思いで発信してきたけれど、
このnoteでは、
悩んでいる誰かの心を少しでも軽くしたり、
人生が、少しでもよい方向へ動き出すための
きっかけになれたらいいなと思っています。
おっくうな料理をする時間が、
自分を好きになれるような時間、
整うような時間に変えられる人が、
少しでも増えていったら嬉しいです。
同じように悩む誰かのために、
私にできることはなんだろう。
そんな問いを持ちながら、
今日も台所に立っています。
いつかあなたの台所にも、
「ちょっとラクで、ちょっと整う」
そんな余白がふっと生まれますように。

そっと置いておきます。
いいなと思ったら応援しよう!
今日を少しだけ軽くする言葉やレシピを、これからも届けていけたらと思っています。
いただいたチップは、新しいレシピの試作や、言葉の発信に大切に使わせていただきます。やさしい応援、本当にありがとうございます。