地図と朝飯と、鹿港へ北上する
2012/8/18 鹿港
切符に印字された番号の席に座ると、「キュルルゥ」と申し訳なさそうな音をたてて、窓の向こうのホームが、次第に、そしてゆっくりと動きはじめた。
その土地の観光ルートやおすすめの店などをかき集めた「鹿港の歩き方」とでもいうような印刷紙を、クリアファイルの上からぼんやり眺めていると、朝の別れ際に見た友人の、残念そうな顔がよみがえってきた。その表情が、笑えるとも哀しいともつかないクリアファイルに描かれたマスコットキャラクターの顔の輪郭に重なっては、また消えていくのであった。
僕は、朝の高雄のホテルを出発し、予定通り友人と合流するつもりでいた。ところが、その日の朝、思いがけない社会的な事情で、友人は鹿港への同行を断念せざるを得なくなってしまった。
本来なら自分が案内するはずだった場所へ行けないことを、なにかとんでもない過ちでも犯してしまったかのように悔いているようだった。
朝早くからホテルまでやって来て、僕をピックアップするやいなや、バイクで国道をすっ飛ばし、駅の窓口で彰化行きの切符を──しかも僕では真似できないほど流暢な言葉で──手際よく買ってくれた。
僕が乗る列車は始発のようで、広いホームの一角に、すでに扉を開けたまま停まっていた。
友人は、指定された席まで僕を案内すると、「ハイよ」と言って、鹿港の観光地や美味しい店を紹介した印刷物の束を手渡してきた。ネットで探してきたものらしく、しっかり鹿港の地図も添えられていた。それはまるで、「自分がいたら絶対に案内したかった鹿港のイチオシを、想いを込めてぎゅっと凝縮しました」とでも言わんばかりの、熱のこもった仕上がりだった。いっしょに渡された台湾の朝めしも、まだまだ熱かった。
ここまでされると、もはや申し訳ないやら、ありがたいやら、やるせないやら、せつないやら……。いろんな感情が入り混じって、自分でもなんだかよくわからない気持ちになってきて、いつもがいつもそういうわけじゃないんだけれど、台湾にいると、僕はやっぱりこうして、心地よい幻想的な錯乱状態に陥ってしまうのであった。
その日は友人の運転する車に頼るつもりだっただけに、列車とバスを乗り継ぐ旅、という方向転換がとてつもなく心細く心配あるものに思えた――はずだった。けれど、なにかそれ以上に、「これから始まる何が起こるかよくわからない旅」――その予感が、かえって僕の野生本能をふるわせ、胸の内側から、冒険心がむくむくと膨らんでくるのであった。
※このとき列車の中では、ひとつの小さな出来事が起こっていました。
「すれ違い」と「気まずさ」と、「ほんのすこしの後悔」の記録👇
📖 座席は奇数の13番──トイレとザックの国境線
莒光号は台湾でいうところの急行列車にあたる。その莒光号で、南部の高雄から中部の彰化まで、およそ3時間と20分の移動となる。その挑戦的な移動時間に、ややココロくじけそうになりながらも、僕は「鹿港予習タイム」「ひる寝タイム」「ぼんやり窓眺めタイム」……と、大まかな時間割を3つほど、心のなかで組んでみた。それから、「鹿港ってどんな場所なんだろう」と思い、まずはGoogleで「鹿港」と検索してみた。
そのむかし、台湾には「一府」、「二鹿」、「三艦舺」という三つのりっぱな港がありました。
そのうちの「二鹿」と呼ばれていたのが鹿港です。
台湾中部に位置し、多くの文化人を輩出してきました。今でも文化遺産が数多く保存されていて、歴史のある古都です。

1時間もたたないうちに、列車は台南駅に到着した。降りる人と乗る人が、まるで帳尻を合わせるように入れ替わっていく。
じつはここで、もうひとりの友人と合流することになっている。この、なんとも気の利いた段取りも──今日来られなくなった友人が、急いで僕のために整えてくれていたのだ。
もしかしたら、この車両に乗ってくるかもしれない。できれば隣の空いている席に座ってくれたら——と、僕は半立ち状態で車両の前方と後方のドアを交互に見張っていた。しかし、友人の姿を見つけることはできなかった。
列車は1分たりとも遅れることなく、定刻通りの11時40分ぴったりに彰化駅に到着した。

じつは、同じ車両に友人が乗っていた事実。
ホームに降りると、ばったり友人と出くわした。屈託のない友人のその笑顔から、僕たちはじつは台南駅からずっと同じ車両に乗っていたことに、このときはじめて気づくのであった。駅の構内は人でごった返していて、人々は、とつぜん降り出した雨をしのぐため、しばらく身を寄せ合っていた。
僕と友人は、雨から逃げるようにバス乗り場までいっきに走り、鹿港行きの乗車券を購入した。53元は、およそ150円くらいである。(2012年当時の感覚)

バスの中で、友人は近くにいたおじさんに、下車する場所をたずねていた。台湾人も観光で来たときには、僕と同じように、地元の人に道を聞くんだなあ──そんな当たり前のことに、なぜかヘンに感心していると、友人が押したブザーの音とともに、バスは静かに停車した。

降りたすぐそばには、観光案内の標識が立っていた。茶色の板に白い文字で、いくつもの観光名所の名前が、矢印といっしょに記されていた。

📍鹿港老街のあたり。
無数の路地と矢印に導かれて、この町の時間を歩いていく。
✨この旅のつづきは「ルーガンの迷い方」へ👇
ルーガンの迷い方|風がとまる路地で――ふたりで迷えば、旅になる
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