ルーガンの迷い方|風がとまる路地で――ふたりで迷えば、旅になる
🛤この話は、鹿港を目指して列車を乗り継いだ朝の記録のつづきです👇
「地図と朝飯と、鹿港へ北上する」
2012/8/18 鹿港
クレちゃんと台南から台鐵に乗り込んで、しこたま3時間半かけてやってきた小さな旅は、こきざみに降りつける雨の中からはじまりました。
停車を知らせるベルの音からしばらく間をあけてから、あっ、いけね!いま気がつきました。とばかりに、バスはわたしたちの体をはげしくゆさぶりながら、道路わきにぎくしゃくと停まりました。バスを降りたところはルーガンという街でした。

道路をへだてた先に、細い通りが入り口をあけているのがみえました。両端には小さなお店がいくつもならんで、さまざまな色の服を着たおおぜいの人たちが、ざわめき行きかっていました。

レンガ造りの茶色い通りで、同じように茶色くて古いレンガの建物が、通りの奥に向かって細長く続いていました。わたしたちは鹿港老街とかかれた標識をくぐって、空のあかりを受けて光っている、湿り気のある小さな通りに入っていきました。

ちょうどお昼ごはんの時間でしたので、八角の鼻につくような臭いが、いつもの時間よりも、あたり一面に色濃く漂っていました。
クレちゃんとわたしは、路地の一角にある、間口二間足らずの小さな麵線屋に入りました。ややとろみのついたスープは深くなるほど舌に熱くさわりましたが、細くてやわらかな麵線は、ここちよくぽろぽろと口の奥に流れていきました。

「ルーガンに来るのははじめてだから、うまく案内できないかもしれない」と、クレちゃんは麵線をうごかす箸をとめてから、いささか困ったような顔つきでわたしに言いました。わたしにとってもルーガンは今日がはじめての旅行でありましたが、「それはむしろ、いいことだと思うよ。おたがい初めて同士だからこそ、知らない街を迷いながら歩けるんじゃないかな」と、ドンブリの底にあつまった最後の汁をすすりながら、わたしはとっさに思いついた言葉で返しました。
その日は夏の季節にしては、いやに湿ってなまあたたかい風が吹いていました。そのなまあたたかい風の中で、わたしはふと思いました。
台湾人の友だちが、自分の国のなかで知らない土地を旅行する気持ちと、まったくの外国人で、言葉も土地もわからないわたしが台湾を旅する気持ち。
それぞれの旅から見える風景には、きっと違いがあって、でもどちらも同じように、みずみずしくて、どこか魅力的な景色が映っている。そんなふうな、ひとりひとりがもっている「旅の事情」というものを、わたしは密かに、垣間みた気がしたのです。
ルーガンは台湾文化史に燦然と輝く由緒正しい歴史の街、ということになっていますが、その土地に住む人々の、よそゆきでない普段どおりの生活が、いたるところからにじみ出ていました。

ガイドブックに載っている歴史的建造物の軒先には、まだ洗ったばかりの洗濯ものがぶら下がっていたり、また、厳しく立派な門の前には、個人仕様のバイクがむきだしになってころがっていたりしていました。

夕方に近づいた晩夏の、なんだかぼやけたような薄闇があたりに広がりはじめたころでした。それまで歩いていた路地の幅が、いくぶん狭まってきていて、手を伸ばせばすぐに触れるくらいのところにまで、茶色いレンガの壁が迫っておりました。それから、いままで吹いていたなまあたたかい風も、電気のスイッチを切ったかのように、ぷつりと途絶えました。
ここに来るほんの少し前に、わたしたちは九曲巷とかかれた標識をみかけていましたが、迷い込んだのはどうやら九曲巷らしいということが、ようやく分かってきました。

その路地は、東北の風の吹き込みを防ぐ目的のために造られたということですから、風が止まって感じられた理由も、なんとなくわかる気がしました。九曲巷はまるでヘビのようにくねりながら、迷い込んできた旅行者にからみついて離さない、出口のみえない迷路のように果てしなく続いているようにみえました。そしていままで降りつけていた雨も、いつの間にか止んでいました。

鹿港での迷い方を、いまもふと、ときどき思い出します。あのときの風と路地と、ふたりの足音とともに。
🗺鹿港老街と九曲巷──ふたりが迷い歩いたのは、このあたり


すれちがうのもやっとの、もうひとつの“迷い道”──摸乳巷にて

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遠く過ぎた旅の風景を、いま言葉にしています。
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